テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
見つけた。
段ボール箱だった。
なんだ、段ボールか。
いや、段ボールが勝手に音を立てるわけがない。
箱は境内の隅に、ぽつんと置かれていた。ふたの片側が少し浮いている。近づくと、また小さく音がした。
がさ。
岩本は固まった。
箱の中に、何かがいる。
捨て猫だろうか?
いや、捨て猫にしては箱が妙に大きい。
そもそも、猫が一匹とは限らない。もし何匹もいたらどうする。いや、猫ならまだいい。猫なら。猫じゃなかったら?
岩本は近くに立てかけてあった箒を手に取った。
何をするつもりなのか、自分でもよくわからなかった。
箒で箱をつついて、何かが飛び出してきたらどうするのだ。けれど、素手でふたを開ける勇気もない。
箒の柄で、そっと箱の端を押した。
かた、と段ボールが鳴る。
中の何かが、もぞりと動いた。
岩本は息を止めた。
もう一度、そっと押す。
ふたが、わずかに開いた。
その隙間から、ふわふわした灰色の毛が見えた。
……毛?
岩本は箒を持ったまま、首を伸ばした。
灰色の毛の向こうに、小さな耳がある。丸まった身体がある。さらにその奥に、白いものが見えた。
生き物だ。
しかも、どうやら一匹ではない。
岩本は箒を置き、今度は自分の手で、慎重にふたを開いた。
「……えっ」
思わず声が出た。
箱の中には、三頭の小さな生き物がいた。
一頭は、グレーがかった短い毛並みの子猫。小さな前足を顔の下にしまい込み、気持ちよさそうに眠っている。
その隣には、白くて長い毛をした子猫がいた。毛のあいだから、耳や鼻の淡いピンク色が透けて見える。まるで、白い綿毛に包まれて眠っているみたいだった。
そして、もう一頭。
茶色い毛並み。ふさふさした尻尾。丸い身体。
……犬?
岩本は瞬きをした。
子犬。
子猫二匹と、子犬一匹。
どうして?
いや、どうしてと言われても困る。
岩本にだってわからない。わからないけれど、目の前には実際に三頭がいる。
しかも、三頭は仲よく身を寄せ合って眠っていた。
灰色の子猫が白い子猫の背中に前足を乗せ、子犬はその二匹を抱え込むように丸くなっている。
段ボールの中はずいぶん狭そうなのに、誰も窮屈そうではない。
なんだ、これ。
岩本はしゃがみ込んだ。
かわいい。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
いや、待て。かわいいとか言っている場合ではない。
なぜこんなところにいるのか。誰が置いていったのか。親はどうしたのか。そもそも、この子犬は何という犬種なのか。
考えることは山ほどある。
けれど、三頭は眠っていた。
何も知らない顔で、すうすうと眠っていた。
岩本はそのまま動けなくなった。
一分。二分。五分。
気がつけば、ずいぶん時間が経っていた。
やがて、灰色の子猫が小さく身じろぎした。前足がぴくりと動き、薄く目が開く。
目が合った。
岩本は息をのんだ。
子猫は、じっと岩本を見ていた。
それから、小さく口を開けた。
「……にゃあ」
あまりにも小さな声だった。
けれど、その声は、朝の境内に思いのほかよく響いた。
岩本は、もう駄目だと思った。
何が駄目なのかはわからない。けれど、もう駄目だった。
このまま置いて帰るなんて、できるわけがない。
問題は、ここからだ。
雪之江荘はペット可だっただろうか。
いや、そもそも三頭も連れて帰っていいのか。深澤は何と言うだろう。目黒は。ラウールは。
そして何より、岩本は今まで一度もペットを飼ったことがない。
餌は何を食べるのか。水はどうするのか。猫と犬は一緒に暮らせるのか。そもそも、この三頭は本当に猫と犬なのか。
わからないことだらけだった。
それでも、目の前の三頭を置いていくという選択肢だけは、いつの間にか消えていた。
「……よし」
岩本は小さくつぶやいた。
とりあえず、連れて帰ろう。
その先のことは、帰ってから考えればいい。
箒を片づけ、段ボール箱を両手で抱え上げる。
思ったより軽かった。箱の中で三頭がもぞもぞと動き、また身を寄せ合う。
「大丈夫だからな」
誰に言ったのか、自分でもよくわからなかった。
岩本は箱を抱え直し、雪之江荘へ向かって歩き出した。
春は朝がいい。
何かいいことがあるかもしれない。
朝、そんなことを考えたのは、ほんの少し前のことだった。
まさか、猫二匹と犬一匹を抱えて帰ることになるとは。
岩本は段ボールの中を覗き込んだ。
三頭は、もう一度眠っていた。
……さて。
どうしよう?
コメント
1件