テラーノベル
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その頃、目黒は起きて、シャワーを浴びていた。
雪之江荘の朝は静かだ。
まだ誰も起きていない時間、坪庭には薄い光が落ちている。
たまに鳥がやってきて、枝から枝へ飛び移ったり、地面をつついたりする。
目黒はその様子を見るのが好きだった。
何か特別なことが起きるわけではない。
ただ、誰にも邪魔されず、庭を眺めている。それだけで、気持ちがすうっと落ち着くのだった。
雪之江荘の坪庭には、四季折々の木々が植えられている。
深澤の祖父が大切に手入れしていた庭で、今も季節ごとに職人がやってきて、木々の様子を見ながら整えてくれる。
手をかけられた庭には、手をかけられた庭にしかない静けさがあった。
今はアセビの花が見頃だった。
小さな鈴のような花が、いくつも連なって咲いている。
白くて、ちょっと控えめで、それなのに、よく見ると驚くほどかわいい。
そろそろ運河沿いの桜も咲き始めるだろう。
目黒は好きな紅茶飲料を片手に、縁側から庭を眺めていた。
今日もいい朝だ。
そう思っていたところに、玄関の戸を叩く音がした。
コン、コン。
目黒は首を傾げた。
この時間にやってくる人間なんて、そう何人もいない。
早朝ランニングが日課の岩本か、外で飲んで朝帰りの深澤か。
まあ、十中八九、そのどちらかだろう。
それにしても。
自分で鍵を持っているはずなのに、どうしてわざわざ戸を叩くのだろう。
目黒は紅茶を置き、玄関へ向かった。
戸を開ける。
「あれ?岩本くん、どうしたの?」
そこには、大きな段ボール箱を抱えた岩本が立っていた。
困っている。
というより、困り果てている。
いつもならランニングの後でさっぱりした顔をしているはずなのに、今日はなんだか様子がおかしい。
段ボールを抱える腕にも、妙に力が入っている。
「……うん」
岩本はそう答えた。
いや、何がうん、なのだろう。
「とりあえず、入っていい?」
「え、あ、うん。どうぞ」
岩本は土間に入ると、壊れものでも扱うように、段ボールをそっと床に置いた。
それから目黒を見た。
「これ、見て」
「これ?」
目黒はしゃがみ込み、箱のふたを開けた。
そして。
「……えっ」
思わず声が出た。
箱の中には、小さな生き物が三頭、仲よく身を寄せ合っていた。
灰色の子猫。白くて毛の長い子猫。そして、茶色くて、ふさふさした尻尾の子犬。
三頭とも、まだ眠そうな顔をしている。
「猫? と、こっちの子は犬……?」
「たぶん……」
「たぶん?」
「観音舎に捨てられてた」
岩本が言った。
その声が、なんだかひどく沈んでいた。
目黒はもう一度、箱の中を見た。
小さい。
とにかく小さい。
どうしてこんなに小さな生き物たちが、こんなところに捨てられていたのだろう。
「……こんなにかわいいのに」
岩本がぽつりと言った。
目黒は激しく頷いた。
「ほんとに!」
そう言いながら、もう目が離せなくなっている。
もともと目黒は生き物が好きだった。
好きというより、弱い。小さくて、ふわふわしていて、こちらを信じきったような顔をしている生き物に、目黒はとことん弱いのだ。
「名前は何がいいかな。何歳くらいだろう。まだ赤ちゃんだよね。あ、でも、今は寝かせておいた方がいいのかな。触ったら起きちゃうかな……」
言いながら、箱の周りをぐるぐると移動する。
普段の目黒を知っている人が見たら、驚くかもしれない。
けれど、目黒本人はそれどころではなかった。
かわいい。
三頭とも、ものすごくかわいい。
それぞれ顔も違うし、毛並みも違う。
なのに、どういうわけか、ぴったりくっついて眠っている。
そのことが、たまらなくかわいかった。
「目黒、ちょっと様子見ててくれる?」
岩本が言った。
「うん、もちろん。」
目黒は即答した。
その返事を聞くと、岩本は少し安心したような顔をして、奥へ向かった。
行き先は、深澤の部屋だった。
この問題は、自分一人でどうにかできるものではない。
雪之江荘の持ち主にして、住人たちのまとめ役。深澤に話を通さなければ、何も始まらない。
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