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令嬢が着替えを終えて食堂へ向かうと、黒チョッキを着た若い双子がドアの前に立っている。身長の高さがぴたりと同じで、不思議な美しさを感じた。
「そっくり同じ」
「フットマンです。双子は珍しいですか?」
ジーナの言葉にこくこくと頷くと双子は薄く笑って会釈をし、食堂のドアを開けた。
練習しているのだろう、動作が完全に同じだった。
目に飛び込んできたのは長テーブルだ。それなりに大きな縦長の食堂の真ん中にどっしりと設えられている。壁には大きな絵画が掛けられ、額縁の中には神話時代の大自然が広がっていた。
(たくさんの人と食べるところだ)
部屋の奥の方に目を向けると、すでにアベルは席に座っていた。
令嬢からはまだよく見えない距離だが、アベルが軽く会釈したことがわかる。
こんな場違いなところに居ていいのかしらと思ったが、自分の服を見ればどうみてもお姫様である。お姫様なら大丈夫だ。
壁には先ほどの片眼鏡の執事が立っていて僅かに頷くと、ジーナが席を案内してくれた。
長いテーブルの横を歩きながら、令嬢は不安になってきた。
実家のヴィドール家でも、義妹のアンナと共にテーブルマナーを披露することはあった。テーブルの上にはお皿の左、右、そして上にもずらっと銀食器(シルバー)が並んでいて、料理に合わせて正しいものを使わないと叱られる。
使った銀食器(シルバー)は皿ごと回収されるので、間違えるとシャーベットをフォークで食べることになったりする。
それを利用して、よく意地悪もされた。使用人達がわざと令嬢の銀食器(シルバー)を多く置いてみたり、少なくしてみたり、同じフォークでも肉料理が出るのに魚料理用のものにすり替えられたりする。
かといって、間違いを指摘してしまうと。せっかくの食事の席なのに角を立たせたと言って怒られる。どうやってもダメな子として扱われるのは変わらなかった。
(で、でも。ここのみんなは優しいし。きっとうまくやれるはず)
そう思い直して案内された席に着こうとすると、アベルの隣だった。
陽だまりのように微笑むアベルを見ると右手の甲が甘く疼く、さっきキスされたところだった。
距離が近い、手を伸ばしたら届いてしまいそうだ。
令嬢の心がきゅうと鳴く。鳴くが、今はそれどころではなかった。
ジーナが椅子を引いている。早く、座らないと。
慌てて、でも。慌てていることがわからないように椅子に座る。
次は銀食器(シルバー)の確認だ。使用人が置き間違えていなければ銀食器(シルバー)の種類から料理の品目が、数から料理の量が推察できる。
品数が多いコース料理で最初からたくさん食べると、後半に辿り着く前にお腹がいっぱいになってしまう。わざと前菜をたくさん盛られて、食べ残すと悪いからと全部食べた結果、メインディッシュの肉料理を残すハメになってしまったことがある。
メインディッシュは料理人の自信作であることが多いのでこれを残すのはきまりが悪い、料理全体の量から逆算して、もったいなくても料理を残す必要がある。
残したら残したで後でイヤミを言われるのだけど。もう何も食べられなくなったところに指をさされて無様と笑われるよりはマシだった。
ここにはきっとそんな悪い使用人はいないはずだけど。それでも、みんなに迷惑をかけたくない。絶対の絶対の絶対にうまくやる。
(銀食器、銀食器は)
右端にナイフとフォーク、だけ?
フォークが右側にあるのなんて初めて見た。
アベルのテーブルにあるのもナイフとフォークだけだ。
素直に見れば料理は一品だけということになる。
一品豪華主義かもしれない。お肉かお魚が出るのかも。
そう令嬢が納得していると、すっと綺麗な手が伸びて、銀食器の奥に置かれたグラスにジュースが注がれた。先ほど扉の前にいたフットマンがアームタオルを下げて給仕をしている。この香りは、リンゴジュースだ。
「じゃ、乾杯しようか」
アベルのグラスにも、すでに飲み物が注がれている。黄金色でかすかに発砲しているからリンゴ酒かもしれない。
王子様のグラスとお姫様のグラスが控えめなキスをした。
小気味よい音の後、グラスを傾ける。
少し甘酸っぱい。
食欲をそそる味だ。
しばらくして、フットマンが皿を運んできた。サラダだ。
え、サラダだけ? そんなわけないわよね。と令嬢は困惑する。
アベルの方を見ると、これが普段通りなのか平然としていた。
え、これどうしたらいいの?