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令嬢の前にサラダが置かれる。
葉物野菜と何か、赤い果実のような、粒状の野菜のようなものが入っていた。
見たことがないくらい赤い、そして丸い。
話に聞くトマトのような特徴だけれど、こんなに小さくはなかったはずだ。
「こちらはミニトマトです」
双子の片割れ、フットマンがそう言った。
ミニ、道理で小さいわけだ。
そんなものがあるのかと令嬢は感心する。
令嬢が小さいので、それに合わせて小さいトマトを用意したのかもしれなかった。
サラダ自体は義姉と比べられる時にいつも食べていた。そう難しいことではない。普通にフォークで刺せばいい。問題はミニトマトだった。
小さい上に軽くて、表面がつるつるしているので、フォークで刺そうとしても逃げるのだ。どうにかしてフォークで抑え込んでナイフで切ろうとしてみても、ころんと逃げ出してしまう。
周囲の目が気になる、三回くらいチャレンジしてアベルの方を見ると綺麗に食べ終えていた。こっそり見ておけばよかったと後悔する。
いくらお姫様の姿をしてみても、お姫様のように振る舞ってみても、それでいきなり自分が変わることなんて、ないのだ。
諦めてミニトマトを残し、フォークとナイフを皿の端に重ねると、見かねたのかアベルが椅子から立って令嬢に近づいてきた。
「ご、ごごごごめんなさいっ。た、食べ方が、わからなくて」
「そうだね。こちらの説明不足だった」
視界の端で誰かがびくっと動く。先ほど給仕をしたフットマンは何かを伝え忘れていたらしい。アベルと視線が合ったのか、汗がダラダラしている。
「これはね、こうやって食べるんだよ」
アベルがナイフとフォークを手に取れるように令嬢が空間をあけると。しかし、アベルは銀食器を使わなかった。
そのまま手でミニトマトをつまんだ。
「はい、あーん」
「あ、ああああ……」
差し出されるミニトマトに令嬢が慌てる。もうこうなるとトマトとどっちが赤いかわからない。
確かに同じサイズの葡萄なら手で食べるし、芯付きのトウモロコシも手で食べるのがマナー。銀食器を使うことに固執しすぎてたわ。という言葉が、素早く脳裏を過る。王子様にあーんされているという現実から心が逃げようとしているのだ。
ここで逃げてどうするのよ。
令嬢は勇気を振り絞って口を開けるとミニトマトが入ってきた。咀嚼すると甘塩っぱくて、少し酸味もした。
「あ、ありがとう。ございます」
「その、すみませんでした。わたし、次はちゃんとできるようになるまで練習してから」
アベルはにっこり笑うと、二つ目のミニトマトをつまみ、令嬢に与える。
今度は口ではなく、手に。
「それは困るな」
やっぱり、完璧でないといけないんだわ。
そうでないと、わたしは愛されない。完璧でないと。
わかりきっていたことが、すとんと令嬢の中に落ちていく。
「そうなると、僕はずっと一人で食事をとることになる」
ここで令嬢は気づいた。
この食堂、こんなに広いのにわたしたち以外誰もいない。
数え切れないほどの椅子があっても、どんなにたくさんの料理を並べられるテーブルがあっても、使われているのは二つだけ。
原則として、使用人と雇用主が一緒に食事をとることはない。意地悪ではなく、それが貴族と王族のルールなのだ。そして貴族や王族が一人しかいないのなら、当然、食事は一人でとることになる。
この段階の令嬢はまだ知りえないことだったが、この城に勤める使用人の半数はかつてアベルと戦場を共にした戦友だった。
かつては気軽に食事を共にした仲だったが、それも今では許されない行為、王子となったことでアベルは孤独になった。
内実のすべてを知らずとも、令嬢はアベルの中に潜む冬の物語の冷たさを容易に感じ取ることができた。
「います、一緒にいます」
へたかもしれないけど。という言葉は飲み込んだ。
自分を卑下する言葉は、時に相手を傷つけることもあるのだと、令嬢は学びつつあった。