授業を終えてカフェテリアに直行すると、ミンとマチコが給水機近くのテーブルにいた。ツヨシの姿はなかったが、午後の宿題がまだ終わってなくて、ここに一旦立ち寄ると急いで図書室に消えたという。
健太はミンの隣、マチコの正面に腰をおろした。
「ねえね、聞いて」マチコがテーブルを指先で小突く「ケンタ君が仕事に行った後のこと。ツヨシ君にメキシコ料理屋、連れてってもらったんだぁ、ダウンタウンの。そこのブリトーはね、足の大きさくらいもあって、食べきれなかったよ。
それから、日本の友達にお土産を買いたいっていうと、ツヨシ君が知ってるショッピング・モールに連れてってくれたわけ。バスで。最初十分で着くっていう話だったけど、実際は一時間くらいかかったかな。天気のせいで」
「そこで、ウチに電話が来たんだ」とミンが言った「叔父さんが女の子からだぞって、ニヤつきながら受話器渡してきた」
マチコは後頭部あたりをひとなでした。
「ミンとはモールの入り口で合流したのね。それからおみやげ選びを二人に手伝ってもらったのよ。街の名前が入ったトレーナー捜して」
「そしたらさ、傑作なんだよ」ミンはそこで恣意的なまでに一拍置いた「マッチャンは、XLサイズ持ってレジに並んでたんだ。信じられる? だから『誰に着せるの? 熊?』って」
「もうイジワルなんだから」マチコはミンを睨んだ。彼は腹を抱えている「それでね、ミンが同じデザインのLサイズを持ってきて『日本人や韓国人ならこれで充分だよ』って」
「誰へのおみやげって聞くと、お父さんってことになってるけど、疑わしいよね」とミンは言った。
ところで夜のミュージカルはどうだったのかと健太は聞いた。
「あれにはミエちゃんも来たよ。ケンタ君に会いたかったぁって言ってた。残念だったね」
ミンが健太の顔を覗き込んできた。マチコまでもが同じ動作をした。
彼が無反応なのをみて、ミンは続けた。
「席は三階だったんだ。叔父さんが知り合いからもらったものだから、あまりぜいたくは言えないね」
「でも、それがかえってよかったのよ」マチコは目を輝かせた「一階席と舞台の間にあるオーケストラ席まで見えたし。特にツヨシ君、感動してたねぇ」
「そうそう。こんな席、初めてだって」
「それは確かだね」健太が口を挟んだ「あの人はミュージカルそのものが初めてだから」
マチコとミンは吹き出した。「君らだって、どうせ初めてだろ?」健太は続けた「言っとくけど、俺は初めてじゃないよ」
彼らの視線が健太に一点集中した。
「まだ初めてもないだけ」
ミンに頭を叩かれた。マチコにはついに意味が通じなかった。
健太はカフェテリアの南側一面に広がる窓を見た。今日の空は、霧めいた空と好対照なまでに透明で青く遠い。
「これからどっか、車で行かないか」と彼は提案した「知っているいい場所がある」
マチコはうなずいた。
ミンは渋った。
「今日の午後は、ダウンタウンにブリトー食いに行きたいんだ」
「じゃ、そのあとに行こう」
「悪いけど、そのあとは叔父さんに部屋の整理を言いつけられてるんだ」とミンは下を向いた。
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