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「閣下は前回の戦《いくさ》についてどうお考えですか? 」
「―――――⁉ 」
「優位に立てる策があるとしたら…… 閣下はどうなさいますか? 」
「優位だと? それと私が改革派で有る事が関係すると? 」
女将軍はその端正な眉根《まゆね》の片側にだけ器用に感情を託すと、続く言葉の真相を求め、前のめりにガチャリと右足に続く金属音を床に落とした。
「はい、その為には改革派でなければ反発は強く、現実は難しいと思われます。保守派である他の将軍達は聞く耳も持たないでしょう。然し、これが可能となれば兵士の士気も上がり戦も優位に立てます」
各地域に散らばる貴族《諸侯》達はセルジュイスラール国に於いて六将軍達《アミール》により統治されその配下とされていた。六将軍の中には広大な土地と大きな兵力を持つ者も有れば、諸外国との外交により富と権力を誇示している者も居《お》り、勿論それは大半が氏族達により占められていた。
「聞こうではないか」
「簡単な事ではありませんが、私は閣下に異国人部隊の編制を提唱致します。他宗教に多少寛容《かんよう》なこの国の利を利用し、異国連合軍を創るのです。このイスラールと言う国で」
「本気か⁉ だが然し傭兵が居るでは無いか、同じ事だろう? 」
「いいえ閣下。表向きに見れば傭兵と何ら変わりの無い、搔き集めの兵と同じですが、抑々《そもそも》の目的が違います。傭兵は金と諸侯《しょこう》と己の欲の為に力を発揮します。然し異国人部隊は宗教弾圧によって祖国を奪われた者達により編成されます。彼らの原動力は内に秘めたその怨《うら》みです」
「…… 」
「仇を取らせてやる舞台と機会だけを用意してやれば良いのです。個の怨み一つでは強大な力には勝てませんが、行き場の無いの恨みを持つ者は大勢他国に埋もれて居ます。その者達を集める事が出来れば、最強の部隊と成りましょう。何故なら彼等は守るべき者達を殺害され、もう既に失う物すら無いのですから」
「仮に集められたとして、そのような者達が役に立つとは思えんが? 」
女将軍は訝《いぶか》し気にグランドを然《さ》も嘲《あざけ》て見せると、結果が想像出来ない狂言を突き放す。
「彼らには武器を支援し、戦闘指南をします。そして後ろ盾になってやれば、野盗《やとう》では無くもう立派な義勇兵の出来上がりです。そして大事なのは彼等には宗教の弊害も無く断食も必要ありません。所謂《いわゆる》、体力不足に陥《おちい》らないと言う事です」
「成程な…… 」
「失礼ですが、今、閣下の抱える正規の親衛隊は如何程《いかほど》ですか? 私の憶測ですと他の諸侯達の兵には言うに及ばずだと思われますが違いますか? そして、もし、その味方だと思っていた諸侯達に裏切られたら? 」
「―――――⁉ 」
「氏族達が独立を宣言しているそうですね? 改革派のスルタン《アルスラーン国王》に目を掛けて頂いて居る将軍閣下が狙われるのは時間の問題かと…… 閣下は氏族では無いのですから。彼等にとってみれば氏族では無い者が力を持つ事自体面白くは無いでしょう。気付いた時には直ぐ傍にまで敵は迫ってきています。兵力増強の面を鑑みても必要で有ると思われますが? 」
「どこでその情報を集めた? 口外は禁じてあるはずだが」
数々の戦績を掲《かが》げると共に、スルタン《国王》にその功績を顕彰《けんしょう》され、鳴り物入りで女性初のアミール《将軍》と云う地位まで昇り詰めた女騎士。一氏族の二男に嫁ぐも僅《わず》か数日で激しい戦火に見舞われ夫と死別。ニカーフ《結婚式》も挙《あ》げられずにその身を戦《いくさ》に投じた。失った夫を弔《とむら》う為、返り血で深紅に染まった花嫁衣装を身に纏い戦った戦場の花嫁《アルース》。
その名を―――
ウッディーン・アルマイール・サハリア
国民は、その呪われた悲劇の花嫁を深く憐《あわ》れみ心を痛めた。夫を失っても尚、逃げる事無く国の為に運命を背負い、戦場へと起つ彼女の志に多くの人々が支持を表明した。
「閣下の敵は外にも内にも潜んで居ります。この計画の布石には時間が掛かる故《ゆえ》、早目のご決断が急務と心得ますが…… 」
「ふん、このような手土産を持参し、私の元に現れた本当の目的は何だ? 貴様は確か高く買えと言ったな? 要求は何だ言ってみろ、地位か?名誉か?金か? 」
「願わくば神聖カルマ帝国の滅亡…… 」
「成程な。自らの敵討《かたきう》ちの為に我が国を利用するか」
女将軍の声色《こわいろ》が明らかに変わると語尾に緊張が宿る。
「恐れながら閣下」
漂う気配を察し、部下が深い厚みの有る幕の向こう側から声を掛けると身を案じた。
「あぁ無事だ問題ない、短刀さえも突き付けられてはおらぬ。安心しろ」
「はっ! 」
「利用と言うのは聊《いささ》か語弊が生じるかもしれませんが、我々はカルマに祖国を追われ全てを失いました。討つべき相手が同じであるのであれば、お力添えを頂きたい、その一心であります。兵士達の士気を高める精神的支柱と言う、英雄たる者の刷り込みも僭越《せんえつ》ながら既に完遂しております」
女将軍は溜息を含み立ち上がると、広く放たれた露台《ろだい》に身を進め、その視線を行き交う人々に落す。
「貴様が恐ろしい人物だと言う事は分かった。初めから掌の上で踊らされて居たとはな」
「恐れ入ります」
「我が国の英雄とはな、聖戦士《ムジャーヒド》の事を言う。戦場に聖戦士が居るだけで軍の士気が跳ね上がる。聖戦士とは英雄であり、勇気を与え希望を齎《もたら》す。そして鼓舞する者であり、それらを先導する者でなければならないのだ。ヴェイン殿にはそれが務まるか? 」
「閣下も何処かでそれを期待していたのではないのですか? 為人《ひととなり》はあのような者ですが、きっと私が務めさせて御覧に入れましょう」
「ははは、正に畢竟《ひっきょう》。仕組まれた邂逅《わくらば》は天の配剤か…… 他に要求は? 」
「はい、異国人部隊は、時に風当たりの強い立場になると覚悟はしておりますが、他の圧力により行動が制限されては、本来の力を発揮することが適《かな》いません。可能で有れば閣下の親衛隊の別動隊としての位置付けを願いたいのですが」
「造作無い。端《はな》からそのつもりだ」
グランドは静かに立ち上がると、片膝を落とし胸に手を当て、その場で首《こうべ》を垂れ、忠誠の意を誓った。
「貴様、どう言うつもりだ? この国に於《お》いてその所作の意味を辨《わきま》えて私に膝を着いているのか? 」
「我が命と忠誠を此処に」
「臣従儀礼《しんじゅうぎれい》とは、全く下らん駆け引きだ。貴様は抑々ケルト神教徒であろうイスラー教に転宗《てんしゅう》するつもりか? 」
「いいえ閣下、我が宗教は多神教の神話から成るもの。神は個人の心の中にだけ存在し、生きている限り同じ肉体に共に宿っております。故に転宗は出来ませんが一神教徒では無い為、他宗教に信仰を寄せる事は何ら問題ではありません」
ケルト神教とは多神教の神話であり、祖霊崇拝、精霊崇拝が基本となる。魂は不滅とされ、死後は輪廻転生によりまた人間に生まれ変わるとされている。神々や妖精の住む異界と現実世界が区別され、永らくケルト人に受け継がれ古くは生贄文化も存在した。
「覚悟の上で火中に飛び込むか…… 沈みかかった船かもしれんぞ? 逃げる事、鼠の如しに成らなければ良いがな」
「我が神は、死の女神モリガン。戦場の女神です。敗退は在り得ません」
女将軍は呆れた様に両手を広げて見せると、露台《ろだい》の手摺《てすり》に背を預け暫く慮《おもんばか》る……
「ならば私からも条件を出そう。当然今後は風当たりが強く成るのは目に見えている。願わくば貴様の失墜《しっつい》さえも望む者も出てこよう。貴様の身も案じなければならぬ。貴様は地位も名誉も要らんと管《くだ》を巻いたが、其《そ》れこそ現実的では無い。力無き者の前に人は従わぬ」
「では、私は閣下の目の届く範囲でお役に付ければと…… 」
すると何かに気が付いたように女騎士の瞼《まぶた》が眉根《まゆね》を上げて見せた。
「家族はどうした? 今どこだ? 」
「いいえ、閣下。残念ながら家族は既に…… 」
「そうか、ならばこれから言う事を良く聞け。貴様を直属の相談役とし、異国人部隊結成の際は総司令官とする。器用な貴様なら問題無いであろう? だがこれは継続的では無く臨時扱いとする。そして…… 」
「貴様を私の伴侶とする」
光煌《こうこう》の彼方から舞い降りる、幾重なる運命の幕開けは、別離の時を惜別す。想いは胸を満たし、永遠の果てに広がる夢幻を語り続ける。