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「フリッツ!?」
アロイスが叫ぶ。
憮然とした顔の男が、ズカズカと部屋に入ってきた。ベッドの前、レジーナとアロイスの前に立ち塞がる。胸の前で両腕を組み、睨みつけた。
「逃亡は許さん」
「……聞いていたのか」
射殺さんばかりの目がレジーナを見下ろす。
「アロイスを悪の道に引き込むな」
「違う。レジーナではなく、私が逃げろと言ったのだ」
アロイスが、レジーナの前に手を伸ばして庇う。
フリッツの眉がピクリと動いた。不機嫌そうに告げる。
「フン。どちらだろうと同じだ。……アロイスは行かせない」
フリッツの鋭い視線。
レジーナの口元に、場違いな苦笑が浮かぶ。
彼の瞳にあるのがただの憎しみなら、話は簡単なのだが。
「……殿下。この先なにがあろうと、私がアロイスを巻き込むことはありません」
引き結ばれた唇がピクリと動く。
彼はフイと顔を逸らした。
「あいつは、……クロードは何と言っている?」
「何も話しておりません。……そもそも、ここから出た後、彼と共にいられるかどうか」
フリッツは難しい顔で逡巡し、再び口を開く。
「もしも、クロードがお前を攫って逃げるというなら、仕方ない。追いはせん」
「え……」
レジーナは驚いた。
態々、逃亡を許すような発言をするなんて。
「なぜです? 英雄も、読心のスキル保持者も、逃亡を許すには大きすぎる存在ではありませんか?」
それに、レジーナには傷害の疑いがかけられている。ここでみすみす見逃す理由が見当たらない。
「俺たちでは、あの男を止められん」
「でも、それでは殿下の立場が……」
せめて形だけでも、何らかの抵抗、逃亡の阻止を図るべきではないのか。
脱出した後、追っ手を差し向けることも可能。このままでは、第二王子としての面目が潰される。
「フン。その辺は何とでもなる。……いや、してみせるさ」
フリッツが小さく息を吸った。言いづらそうに、ガシガシと前髪をかき上げてから口を開く。
「お前は、アロイスの命を救った」
彼の視線が真っ直ぐにアロイスに向けられる。
「惚れた女を救われた、恩義がある」
「っ!?」
アロイスが鋭く息を呑む。
レジーナがチラリと隣を窺うと、絶句した彼女がフリッツを見上げていた。
本気の驚愕。
どうやら、本当にフリッツの想いに気づいていなかったらしい。
フリッツが苦笑した。
「……俺も惚れていると気付くのが遅すぎた。危うく、気付く前に喪うところだった」
「待て! フリッツ、君は一体何を言っているんだ!?」
アロイスが焦る。
フリッツを止めようとするが、彼は続けた。
「お前が好きだ。ずっと、お前という人間を気に入っていた。だが、今は一人の男としてお前に惚れている」
「そ、んな馬鹿なことがあるわけ――」
「馬鹿ではない」
唖然とするアロイス。
彼女の言葉を、フリッツが否定する。
「俺は本気だ。……まぁ、思っていた形とは違うが、これから先の未来、やはりお前にはずっと傍にいてほしい」
「無理だ! その話は既に断った。私は辺境に帰らねばならない。君も納得しただろう?」
「……あの時とは事情が変わった」
「事情? 何があるにしろ、私は――」
「はっきり言わねば分からんのか?」
フリッツの眉間に深い皺が刻まれる。
不機嫌な男が告げようとするのは。
「『傍に』と言っているだろう。俺は、お前を俺の――」
「殿下」
レジーナが遮る。
恐らく、一世一代の告白。
邪魔されたフリッツが、不機嫌を増す。忌々しそうに「何だ?」と吐き捨てた。
レジーナは首を横に振る。
「時と場所をお考えください」
沈黙するフリッツ。
「このような場で、おざなりに口にされていいお話ではないでしょう?」
アロイスを真に想うのであれば、きちんと場を整えてから告げてほしい。
レジーナの思いに、フリッツは沈黙したまま。
だが、やがて口を開き、ポツリと呟いた。
「……一理、あるな」
納得した様子に、レジーナはホッとする。
(……良くも悪くも直情的ね)
その場の状況も相手の抵抗もお構いなしに、自らの望みを叶えようとする。
そうしたフリッツの傲慢さが、レジーナは苦手だった。だが、ことアロイスに対してだけは、彼を認めている。
(多分、それくらいの強引さがないと、アロイスには届かないから)
抱える秘密ゆえ、アロイスは身を引くことしか考えていない。自らの想いに蓋をしてでも、「正しい」と思う選択をする。
彼女の胸の内を明かすつもりはないが、応援はしたい。
それに――
「ありがとうございます、殿下」
「……俺はまだ、お前に礼を言われるようなことはしていないと思うが?」
「いえ。殿下のおかげで決心がつきました」
「なに?」
訝しげな眼差しに、レジーナは笑った。
「殿下を見ていて、私も見習おうと思いました」
手強い相手。
考えているだけでは埒が明かない。
自分から動かなければ、きっと溝は埋まらない。
それでも、「欲しい」と思うから――
自分の望みを伝えたい。伝えるくらいは許されるだろう。
レジーナは決意した。
自分なりの精一杯で、手を伸ばしてみようと。