この感覚は、初めて演劇部の体験をした記憶と重なった。一年前、僕は文化祭が盛んな私立高校を検索していた。周りに音瀬私立高校と代官私立文化高校が掛かった。僕は最初に音瀬の方に行った。結果は部活動が盛んで文武両道でなければならないことを身をもって知った。次に代官の方に行った。僕は駅近という神の文化を知らなかった。代官高校に行くと丁度、部活動見学があった。できた部活動は「料理、芸術、服飾、演劇、動画」などがあった。僕は演劇を見るのが元々好きなので体験したいと思って選んだ。部室に行こうとしたら髪の綺麗なストレートショートカットヘアの女の子が僕を呼んで「あ!体験の子だよね!体育館に集まるよ!」と言ってきた。僕はどうしたらいいのか分からず固まって何も言わずについて行った。僕は体育館に着いて辺りを見渡した。すごく綺麗なコンサートホールの様に感じた。だが、段差が違かったら階段が沢山あった。まさに幼い頃、両親と行った”舞台”そのものだった。僕は指定された位置で待っていた。空気感はオーディション会場だった。僕は何度か唾を飲み込んで、妙な緊張を失わせていた。すると、今まで降りていた赤い幕が上がった。そこには黒髪ロングヘアーの女性が両手を広げ立っていた。その女性は来ている制服のスカートをヒラヒラさせて口を開いた。「ようこそ!代官演劇部へ部活動見学ありがとうございます!私は、部長の加々美星螺と言います!今日は、この台本を渡します。それでナレーション体験をしてもらいます。漢字に関しては、読めない場合は聞いてください!」僕は台本を貰ってじっと見た。この台本は俗に言う王宮物と呼ばれるものだ。小さな文字で今の先輩の名前が書かれてあった。しばらく経って、加々美さんが僕の方に手招きして「じゃあ、天宮?さん、そこの赤い台に立ってミツル君のナレーション部分を読んで貰ってもいい?」と聞かれ、僕は小さく頷いた。台に立つと分かった。さっきまでの緊張とは比べ物にならないくらい息が詰まって言葉が出なかった。どのように言えば理想のミツルさんを演じれるのだろう。会ったことも聞いたことも無い人物をちゃんとトレース出来るか不安だった。だが、この場で固まってしまうのも印象が悪くなる。一息置いて、自分に言いかけた。「大丈夫だから…」と。僕は息を吸いすぎて吐息を多く漏らして手を口で覆った。その口の中が胃酸で巡った味がした。今の状況と酷似している。僕は顔を上げて加々美先輩に向かって頭を下げた。本当に不甲斐なくて申し訳なく感じていた。こんな誰にでも出来そうな演技が全くできなくて自分を出してしまうことが恥ずかしく思う。目に涙を貯めている僕に加々美先輩は「無理しなくていいよ。大丈夫、”わかる”から。天宮さん、思ったこと言っていいのよ。」と語り掛けてくれた。僕はその優しさに甘えようと口を開いた。だが、過去の同級生の言葉のナイフを思い出し思わず蒸せてしまった。この人が言っている”わかる”は僕の欲しい解るなのだろうか。もしかしたら、クラスメイトの千晶梓の様に共感してくれたのに結局僕の欲しい言葉は一つも耳に届くことなく嫌いになる事象と似ている。そもそも、僕は共感して欲しいんじゃない。僕が最も欲しい言葉は「成瀬は成瀬らしく、生きていればそれでいい」たったこれだけの言葉で僕は救われるというのに誰も僕の事を本当の意味で解ってくれやしない。僕はこの冷たい教室が嫌になって「あ、加々美先輩。私は少し御手洗に行ってきます。」といった。僕は加々美先輩の返事も聞かずに階段の隅に体育座りして感情を無くして静止していた。僕って最低なヤツだ。結局、誰かがいなかったら何もできやしない。自分の理想像を見るためにダンスルームがちょうど空いていた為、そこにある大きな姿見の前に立った。そこには制服が雨に濡れて透けている傷跡が見えた。過去のいじめの傷だが、まだ赤く腫れている。昔、階段で落とされて何度b右腕を床にうちつけたことだろう。だが、階段は大きな窓がありそこで雨音が聞こえていたのもあってトラウマにはならなかった。さほど、行きにくくはなったがからといって学校を休んでいい理由にはならなかった。僕は咄嗟に姿見から離れて体育館に向かった。近づくに連れて物音が騒がしくなって話し声も聞こえてきた。「って!めぐみんがさぁ(笑)」「はいはい。てか、あともう少しで作業終わんね。」「めぐみん、渋滞抜けったってさ!」「あ、星螺先輩と千晶先輩に連絡飛ばさないとね!」「え?姉さんはいいよ…」「梓?恵先生と舞先生にお叱りを受けるよ?」「はーい、んでもう部室に戻ろうか!」「はいはい…ガチャッ」僕は咄嗟に曲がり角に隠れた。それと同時に加々美先輩に「もう、体育館練習できるので準備してもらえると助かります。」とメールした途端に廊下から、話し声が聞こえてきた。よく聞いてみると僕について話しているようだ。僕の心配や、にわか雨の影響、些細な愚痴。僕は雨のせいで遅れたことになって欲しくない。何故ならば、僕が雨に救われているから。だが、恵先生は抜けてて遅れるのはわかる。舞先生は普段から厳しくて怖い先生なのに遅れている。雨の中の運転ほど危ないものは無いと両親から教えこまれたぐらいだ。ふと、僕は今更ながら急いで教室に向かった。扉を開けると瞬きもせず加々美先輩が近づいて耳元で「おかえり、さっきの練習は秘密ね?」と囁かれた僕は頬を赤くして反射的に右手が頬に触れた。「加々美先輩ぃ!今から舞台に練習しに行きますか?」と訊いた梓(あずさ)は台本用ファイルを二つほど持って近づいて来た。この仕草は、僕に意見して欲しい時に出る彼女の癖というものだ。僕は恐れながら口を開いた。「梓さんがそう言うってことは、もう作業が済んでいるってことですよね。加々美先輩、顧問の先生方が来ないうちに練習しましょう。」すると、加々美先輩は梓に耳打ちした。耳打ちされた梓は僕の袖を引っ張って、階段の隅に連れてった。僕は横暴な性格が出ないように怒りを殺して離れてくれるよう頼みつつ話していると梓が袖をぐいっと壁の方に寄せた。ドンッという大きな音が背中に響いている。痛みよりも勝手に心臓が鳴った。この状況で起こることは大抵、カツアゲか説教だ。これが中学の時は当たり前だった。まともな先輩は誰もいなかった。だから、人一倍頑張る僕は何故か目立ってしまった。僕は震えた身体を抑えるために腕を掴んで落ち着いた。急に梓が口を開いた。「成瀬ってさぁ?本当の意味で笑ってないでしょ?」いきなりなんなんだ、と思った矢先僕の心臓は大きく動いて音高く鳴った。僕は驚いた。今まで誰かに気づかれたり、指摘されたりしなかった。僕の猫被りに気づかれたらきっと全てが台無しになるだろう。気づく人、気づかない人にも、共通点がある。それはコミュニケーション能力が高いか低いかだ。比較的、梓はノリのいい陽キャとたくさん話す方だが、僕とも話してくれる。同じ部活動に所属しているのもある。だが、こんなどこにでも居そうな感じを装って接しているのに一切、僕のことを質問しないで梓は自分語りしてくれる。そんな梓が、僕の人生の核を攻撃してきた。つまり、僕に敵意をむきだしたということだ。どうにかして誤魔化して核を治療しないといけない。僕は作った笑顔で「ん?どうしてそう思うんですか?私は今からの練習、すっごく楽しみでわくわくしています。」と言ったが、梓は全く表情を変えずに「質問に答えて貰えない?」と険しい顔で訊かれた。僕は満面の笑みかは分からないがとりあいず「笑っています。これがデフォルトです。」と言った。梓はいきなり引っ張ってた袖を離して持っていたファイルを開いて台本を取り出した。僕は台本の中身を見て動きが固くなって動かなくなった。それは僕が部活動の練習で書いた、初めての台本だった。題名は、”傘を持って私は”だ。だが、内容はとても人間が書いたとは思えないほどの欠点があった。それは主人公の感情だ。感情はデフォルトで勝手に実装されるものそれを演じる意味が僕にはきっと分からなかったのだろう。だが、今は感情のインストールをデフォルトで行っている。学んでまた新しい感情をインストールして分かった感情をアンインストールしてアップデートするようにしている。容量悪い所が僕の可愛いところだ。「あんたの作品はどれも筋が通ってて一見、演じがいがあるように感じるのよ。でも、あんたの書いた台本は生きていないのよ!私よりもいい台本を書ける癖に!誰にも批判されないからっていい気になって…!成瀬、あんたの笑顔が見たい。嘘なんてついて欲しくない!だって、あんたは私に欲しいものを持ってる!」と梓に捲し立てられた僕は階段の一段目に尻もちをついた。僕は勝手に才能を持ってると思われていることに腹が立った。僕の脳の血管がプツリと切れ、その勢いで階段から立ち上がって「梓なんかに何がわかるの?バカな事してても、皆が梓を見て!僕の何を知って言ってるの?僕と君はまだ、三ヶ月の付き合いだよね。」と話したが、梓は背筋が凍って動かなくなっていた。予想はしていたが、この状況は恐怖を感じた。ただ怖さもあった。僕の本性が晒される危険性があることを今更ながら理解した。梓は友達が多いだけでなく、人との関わりを持てるいい子だ。