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第2章:北の離れと「お節介」
学園の北端、鬱蒼と茂る森の先に、その建物はあった。
蔦の絡まった石造りの洋館。かつては特別棟として使われていたらしいが、今は「エテルノ兄妹」のためだけに用意された、隔離された寮だ。
「……ふぅ。まだ右腕がジリジリするよ。ゼシア、今日の風は少し機嫌が悪かったみたいだ」
ゼイルはリビングのソファに深く腰掛け、制服の右袖を捲り上げた。
そこには、エメラルド色の正方形が4つ。肌の下で、まるで回路が熱を放つように淡く明滅している。
「ゼルが加減を知らなすぎるのです。……私の左手も、ほら、まだ痛みが止まりません」
ゼシアが隣に座り、自分の左手首を見せる。そこにはネオンパープルのグリッド線が走り、時折チリチリと青白い火花を散らしていた。
二人がそっと手を重ねる。
風と雷。二つの魔力が触れ合い、中和されていく。幾何学的な紋様がゆっくりと肌の奥へと沈み込むのを見届けて、二人は同時に短いため息をついた。
「……静かですね。人間たちの喧騒がないのは、助かります」
「そうだね。でも、あんなに派手に壊しちゃったから、明日の授業が思いやられるよ」
ゼイルが苦笑いした、その時だった。
――ドンドンドンドンドンドン!
静寂を切り裂くように、乱暴なノックの音が玄関から響いた。
「おーい! 転校生! 生きてるかー!?」
二人は顔を見合わせた。
この「隔離された寮」に、許可なく近づく生徒などいるはずがない。教師たちでさえ、二人の魔力の威圧感を恐れて遠巻きにしているというのに。
「……ゼル。不法侵入者でしょうか。少しだけ、雷を落としてきても?」
「待って、ゼシア。言葉が聞こえるよ。……悪い人じゃなさそうだ」
ゼイルが立ち上がり、玄関の重い扉を開ける。
そこには、山盛りのピザの箱を抱えた、見覚えのある少年が立っていた。クラスで一番の声の大きさを誇る、ノアだ。
「よお! 突然ごめんな! 俺、隣のクラスのノア。昼間のアレ、見たぜ! 凄かったな、あの風!」
ノアはゼイルの王子様オーラに気圧されることもなく、ガバッと笑って中を覗き込んできた。
「お前ら、こんなボロい寮に閉じ込められて可哀想に。お近づきの印に、購買部特製のピザ持ってきたんだ。これ、限定品でさ、争奪戦なんだぜ?」
「……ピザ?」
ゼイルが呆然と繰り返す。
世界を創った際、食文化の基礎は設計したが、実際に熱々の箱を手渡される経験は初めてだった。
「中、入っていいか? 玄関先で冷めるのも勿体ねえし」
「え、あ、うん……どうぞ」
ゼイルが戸惑いながら道を開けると、ノアは「お邪魔しまーす!」と元気よくリビングへ上がり込んだ。
「うわ、外見に似合わず中めちゃくちゃ綺麗じゃん! ゼシアちゃんも、そんな冷たい顔すんなよ。ほら、食おうぜ!」
ゼシアは、ソファの隅でノアを警戒するように見つめていた。
彼女にとって、人間は「観察の対象」であっても「同じテーブルを囲む相手」ではなかった。
「……失礼な人。ゼル、毒見は必要ですか?」
「いや、美味しそうな匂いがするよ。……ノアくん、だったかな。ありがとう。せっかくだから頂こうか」
ゼイルが促すと、ノアは手際よくピザの箱を開けた。
とろりと溶けたチーズ、香ばしい生地。その強烈な匂いに、二人の鼻腔がくすぐられる。
「はい、ゼシアちゃんの分! 遠慮すんなって!」
差し出された一切れ。
ゼシアは迷いながらも、細い指先でそれを手に取った。
一口、かじる。
「…………っ」
「どうだ? うめえだろ?」
「……悪く、ありません。温度が、少し高すぎますが」
ゼシアは平静を装っているが、その瞳が微かに輝いているのを、ゼイルは見逃さなかった。
「だろう? 魔法もいいけどさ、やっぱり人間は食い物だよな! お前ら、魔法が凄すぎてみんなビビってるけど、こうしてると普通だよなあ」
ノアはガツガツと食べながら、屈託なく話し続ける。
普通。
その言葉が、二人の胸に不思議な響きで残った。
「……ねえ、ノアくん。僕たちのことが、怖くないのかい?」
ゼイルが尋ねる。
右腕には、まだ消えきっていないエメラルドのラインが微かに光っている。それを見たノアは、少しだけ目を丸くした。
「ああ、その光る模様な! それ、最新のタトゥーシールか何かだろ? 直線と四角とか、めちゃくちゃセンスいいじゃん! 俺もどこの店か教えてほしいくらいだぜ」
ゼイルとゼシアは、思わず視線を交わした。
世界を創った際の「魂の断面」を、タトゥーシール。
あまりにも的外れで、あまりにも「人間らしい」解釈に、ゼイルはついに声を上げて笑い出してしまった。
「ははは! そうか、タトゥーシールか……。うん、これは秘密の店で手に入れた特注品なんだ」
「やっぱりな! さすがエリート様だぜ。……よし、食い終わったら、今度は学校の裏にある美味いお菓子屋の話もしてやるよ!」
ノアの賑やかな声が、古い寮を埋めていく。
世界を創り上げた時には決して得られなかった、賑やかで、少しだけ面倒な「熱」が、二人の間に流れ込んでいた。
ゼシアは、手首の紫のブロックを指先で撫でる。
ピリピリとした不快な刺激が、ノアが持ってきた「ピザの熱さ」に少しだけ上書きされたような気がした。
「……ゼル。明日は、そのお菓子屋とやらについて詳しく聞く必要がありますね」
「そうだね。……お節介な友達ができるのも、悪くないかもしれない」
窓の外、夜空に浮かぶ月は、いつか彼らが創った時のまま静かに輝いていた。
けれど、二人の「普通」を目指す学園生活は、このお節介な少年によって、予想もしない方向へと動き始めようとしていた。
第2章でした。
ピザ…たべたくなりました。ちなみに私はピッツァよりもピザ派です。そんなどうでもいい私の好みはさておき、次回予告です。食べ物のお話になってます。おたのしみに。🍕