テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
季節が、ひとつ巡る頃には もう、子どもではなかった。
最初に気づいたのは、老婆だった。
朝、いつものように声をかけようとして――
言葉を失う。
「……あら。」
布団の中にいるはずの小さな体は、そこになかった。
代わりに、見知らぬ影がある。
細く、長く伸びた手足。
乱れた黒髪が、枕の上に広がっている。
「……誰、」
思わず零れた声。
その影が、ゆっくりと目を開ける。
淡い光を含んだ瞳。
見慣れているはずなのに、まるで別のもののように見える。
「……おはようございます。」
声も、変わっていた。
落ち着いた、静かな響き。
老婆はしばらく動けなかった。
それから、ようやく息を吐く。
「……そう。」
ただ、それだけを言う。
問い詰めることも、恐れることもせずに。
「大きくなったのね。」
少年は、少しだけ首を傾げる。
「はい。」
それがどういうことなのか、やはり分かっていない顔で。
外に出ると、風が変わる。
竹がざわめく。
その音が、以前よりはっきりと聞こえた。
呼ばれているような気がする。
前より、ずっと強く。
老爺は、遠くからその姿を見ていた。
思わず、足を止める。
「……立派になったなあ。」
ぽつりと呟く。
それ以上の言葉が出てこない。
嬉しいのか、恐ろしいのか、自分でも分からなかった。
ただ、あまりにも整いすぎていて。
山の景色の中に、ひとつだけ異物が混じっているみたいに。
「何か、変わりましたか?」
少年が尋ねる。
老爺は笑う。 少し無理に。
「いやあ……少しな。」
「そうですか。」
それだけで納得する。
自分の変化に、何の感慨も持たない。
風が吹く。
長くなった髪が揺れる。
その様子を見て、老人はふと目を伏せた。
―いずれ、ここには留まらない。
理由は分からない。
けれど、そんな気がした。
その日の夜。
老婆が、少し長く髪を梳く。
指に絡む感触が、前とは違う。
「……綺麗ね。」
前と同じ言葉。
けれど、どこか祈るように。
少年は、鏡を見る。
そこに映る顔を、じっと見つめる。
「これは、良いことですか」
問いかける。
老婆は一瞬だけ迷って、それから頷く。
「ええ…とても。」
少年はまた、少し考える。
「……そうですか。」
納得はしていない。
ただ、受け入れただけだ。
胸の奥は 相変わらず静かなまま。
けれど。
竹の音だけが、やけに近く感じられた。