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宿屋に着いたのは18時過ぎ。
その宿屋は昨晩泊まったところよりも少し小さかったけど、それでも十分な大きさをしていた。
「エミリアさん、この宿屋のことはご存知でしたか?」
「宿屋自体は知ってましたが、泊まったことはありません。
だから、ここではごく普通に泊めてくれると思いますよ」
ごく普通に……というのは、過剰なサービスは無しで、普通のお客さんとして扱ってもらえる……ということだろう。
それについてはまったく問題なしだ。
「昨晩は凄くサービスしてもらっちゃいましたからね。
大丈夫です、今日は普通に泊まりましょう」
「はーい。毎日あんな良い部屋に泊まっていたら、感覚がマヒしちゃいますしね」
私も以前、クレントスで1泊金貨1枚の部屋に泊まっていたときは、正直マヒしちゃっていたからね。
今にして思えば、豪勢なことこの上なかったかな。
宿屋に入って受付カウンターで空室を確認すると、並んで空いている部屋があったので、そこを確保することにした。
受付の人も愛想が良く、これぞプロ……という感じだ。
でも私としては、クレントスのルイサさんくらいの距離感の方が嬉しかったりして――
「……はぁ、クレントスが懐かしい」
「アイナ様、急にどうしたんですか?」
「王都の人と話してると、何だかクレントスの距離の近さが懐かしくなってね……」
「ああ、田舎町ですからね……」
「いやいや。心温まるものがあそこにはあったよ、うん……」
何となく昔を懐かしく思い返してしまう。
もしかしたら旅に出なかったかもしれないくらいに居心地は良かったんだけど――
……本当に、ヴィクトリアさえいなければ良かったのになぁ。
ああ、でもそうしたらガルーナ村以降の出会いは全て無かったことになるのか。
それならここは、いっそ感謝するべき? いや、直接は関係ないから、感謝はしないでおこう。
「一瞬、アイナさんがホームシックになったのかと思っちゃいました。
クレントスはホーム……とは、少し違うのかもしれませんが」
「今までの街には、それぞれ違いが結構ありましたけど……振り返ってみれば、私はクレントスが好きですね」
「王都はまだ2日目ですし、これから良さが分かりますよ!
とは言っても、温かみという点では地方都市の方があるかもしれませんね」
「そうですね。
……さて、とりあえず食堂にでも行きますか。
そのうちジェラードさんが合流してくるかもしれないですし」
ジェラードについては、宿屋に戻ってきたら食堂かルークの部屋を案内するように受付の人に頼んでおいた。
戻ってくる時間は分からないけど、早く会えると嬉しいな。
ちなみに何でルークの部屋を案内するようにしたかと言えば、ルークがそう主張したからである。
私の部屋には直接行って欲しくないんだって。……保護者かな、君は。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――来ませんね」
「来ませんねぇ……」
「夜も遅いですし、今日は戻って来ないのでは?」
夕食を済ませたあと、私たちはずっと雑談をしていた。
それなりに追加注文を頼みながら粘ってはみたものの、22時になってもジェラードは現れなかった。
「ジェラードさんは、夜が本番なときがありますからね」
「大人な方ですからね……。
はぁ、今日はガルルンは諦めますか」
エミリアさんのつぶやきに、ルークが反応した。
「ガルルン……がどうかしたんですか?」
……ルーク君。
君はまだガルルンと言うのにためらいがあるようだね。主として嘆かわしい限りだよ。
「アイナさんが今日、冒険者ギルドで置物を受け取ってきたじゃないですか。
全員揃ったらみんなで見ようね、っていう話になっていたんです」
「なるほど……」
アドルフさんは仲間だけど、一緒に旅をしているわけじゃないからね。
ここでの『全員』からは、一旦外させてもらおう。
「あ、そうだ。それなら1つは確認のために見ちゃいましたから、それだけはお披露目しちゃいましょう」
「おー、良いですね。見せてください!」
エミリアさんの言葉を受けて、私はアイテムボックスからその1つを取り出した。
「これです!」
テーブルに置いたガルルンは、最初にセシリアちゃんからもらったものと大体同じ形をしていた。
素材の木が少し暗い色をしているので、雰囲気は少し違うように見えてしまうけど。
「メルタテオスに置いてきたものより、渋い感じがしますね」
「色が渋いですからね。
形はあまり変わっていないんですが、これがいわゆるスタンダードタイプ……ということです。
これぞガルルン、って感じですね」
「確かにガルルン、って感じがしますね!
それに、丁寧に作られている感じが伝わってきます。
わたしも1つ欲しいなぁ。お部屋に飾りたいです!」
「――あ!
そういえば、大聖堂のエミリアさんのお部屋を見るのを忘れてました!」
「え? い、いくらアイナさんでもお見せしませんよ!?」
「えぇー……?」
それはがっかりだ。心底がっかりだ。
「そ、そんなに落ち込まないでください……。
……分かりました、それでは片付けをしたあとにご招待します!」
「む、やった! いつになるか分かりませんが、それでお願いします!」
「あんまり期待しないでくださいよ!?
……さて、ジェラードさんは戻って来ないようですし、明日の予定でも決めませんか?」
「そうですね、明日……ですか。
うーん。やることが多い割に、優先順位もあまり無いですからね……。
とりあえず明日は街を案内して頂けませんか? それを参考に、予定を組んでいきたいです」
「分かりました、案内ならお任せください!
最初に行ってみたいところはありますか?」
「とりあえず、錬金術師ギルドは場所を知っておきたいですね。
それ以外はお任せ……って感じです」
「ふむふむ。ルークさんはどこかありますか?」
「私は武器屋を覘いてみたいです。王都の品揃えはどんなものかな、と」
「おお、良いですね。ここはミラエルツとはまた違った品揃えがありますよ!
ところでわたしは、早々に装飾魔法を覚えてしまいたいです!
教えてくれる場所も、ちょっと探してみて良いですか?」
「もちろん!
……やっぱり話してみると、色々と出てきますね」
「そうですね。
ここまでだけでも、明日は終わってしまいそう?」
「それでは明日に備えて、今日はそろそろ解散することにしますか」
「はーい」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻って、一休み。今回取った部屋の宿泊費は銀貨9枚だ。
豪華な部屋も良いけど、分相応の部屋もまた良いもので……。
他の宿屋よりは銀貨2枚ほど高いものの、この部屋は何と、簡易的なお風呂付き!
お湯の出が少し悪いけど、そこは錬金術でズルをさせて頂いた。いや、錬金術師で良かった良かった。
ちなみにこのお風呂のお湯は、どこか別のところで沸かしているようだ。
今まで入ってきたお風呂は、その風呂桶のところで沸かしている感じだったんだけど――
「……あ、もしかして火の魔導石を使っていたのかな?」
今さらながらに、そんなことを思う。
魔導石というのは宝石みたいな見た目をしているけど、今までのお風呂にはそういうのが見えなかったからね。
仮に見えてしまっていたら、心無い人が外して持っていってしまう可能性もあるわけだけど……。
……ファンタジーな世界とは言っても、色々な技術の上に、その生活が成り立っているところは元の世界と変わらない。
そういうひとつひとつのことを知っていけるのは面白いよね。
大人になるほど、そういう好奇心は減っていってしまうものだけど……。
さて、知っていける……と言えば、ついに私も錬金術師ギルドに行くことになるわけだ。
今まで会った錬金術師なんて、クレントスのヴィクトリアくらいだったから……これは正直、素直に楽しみだ。
でも、錬金術師ギルドは私ひとりで行ってみたいんだよね。
やっぱり専門的な場所は、それを専門としていない人には入り込めない部分があるだろうし――
……明日はみんなでいろいろ見るとして、明後日は自由行動にしてみようかな?
ルークも武器をじっくり見たいかもしれないし、エミリアさんは大聖堂の彼女の部屋をしっかりと片付けてもらわないといけないし。
「先は長いから、そんな日も必要だよね。
……ふわぁ? ……よし、そろそろ寝よう……」
結局、ジェラードは戻って来なかったのかな?
もう0時だし、今日のところは諦めることにしよう……。