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アメリカ合衆国からの「ジャブ」——国家安全保障会議(NSC)実務者協議における環境担当補佐官からの、「日本の先進的なバイオマス技術への関心」という名の探り。
その報告がもたらされた直後、永田町の首相官邸地下危機管理センターは、重苦しい沈黙に包まれていた。
大型モニターには、惑星テラ・ノヴァの前線基地(FOB)にいる工藤創一と、日下部駐在員の姿が映し出されている。
円卓を囲むのは、総理大臣、官房長官、外務大臣、経産大臣といった、いつもの「共犯者」たちだ。
「……やはり来ましたか」
総理が渋い顔でお茶を啜った。
予想はしていた。していたが、あまりにも早い。
新木場のプラントが稼働してから、まだ二ヶ月も経っていないのだ。
アメリカの情報収集能力(インテリジェンス)の高さに、改めて戦慄する。
「向こうの言い分は、こうです。
『東京湾岸で観測されている異常な木材生産量と、それに伴う環境負荷データについて共有したい』と。
あくまで『環境問題』の皮を被っていますが、目が笑っていませんでしたよ」
外務省の担当局長が、疲労困憊の体で報告する。
ジャブとはいえ、世界最強の同盟国からの牽制だ。
下手に打ち返せば、次はストレートが飛んでくる。
「それに、動きは会議室の中だけではありません。
昨日、在日アメリカ大使館から『環境科学の専門家による新木場施設の視察』を打診されました。
さらに警察庁からの報告によれば、新木場のフェンス周辺で、外交官ナンバーではない不審な車両……おそらくCIAのフィールドエージェントと思われる人物が、頻繁に目撃されています」
「……外堀を埋めに来ているな」
官房長官が天井を仰いだ。
「共同研究」という名目で内部に入り込み、実態を暴く。
断れば「何か隠している」と確信させる。
典型的な揺さぶりだ。
『あのー、素朴な疑問なんですけど』
モニターの向こうで創一が、呑気に手を挙げた。
彼は油田奪還作戦の興奮も冷めやらぬ様子で、手にはまだ黒い油のシミがついている。
『もう正直に言っちゃダメなんですか?
「実はゲートがあって、異星テクノロジーで木材育ててます」って。
どうせバレるなら、こっちからオープンにした方が、変に勘ぐられなくて済むんじゃないですか?』
その言葉に会議室の全員が、「何を言っているんだ」という目で創一を見た。
外務大臣が、諭すように口を開く。
「工藤さん。
貴方は技術者だから、そう思うのでしょうが、外交の世界はそう単純ではありません。
もし『異星へのゲート』の存在を公表したら、どうなると思いますか?」
『うーん。
アメリカが「俺たちも混ぜろ」って言ってくるくらいですかね?
まあ同盟国だし、技術共有するくらいなら、別にいいですけど』
「それだけで済めば御の字です。
ですが世界は、アメリカだけではありません」
外務大臣は世界地図を指差した。
「中国、ロシア、EU……。
彼らが黙っているはずがない。
『宇宙条約』や『月協定』を持ち出し、こう主張するでしょう。
『宇宙および天体は全人類の共有財産であり、一国が独占することは許されない』と」
『ああ……「人類の共有資産」理論ですか』
「そうです。
彼らは国連を通じて、テラ・ノヴァの『国際管理』を要求してきます。
ゲートの管理権を国連平和維持軍(PKF)に委ねろ。
資源は公平に分配しろ。
調査団を受け入れろ……とね。
そうなれば日本は主権を失います。
貴方の工場も各国の監視下に置かれ、自由な建設などできなくなりますよ」
『うげっ。それは困ります』
創一は露骨に嫌な顔をした。
自分の作った工場に、国連の査察団だの、中国の技術者だのが入り込んで、「あれはダメだ」「これは規格違反だ」と口出ししてくる未来。
想像するだけでストレスで胃に穴が開きそうだ。
『俺の工場は俺のものです。他人に指図されたくない』
「でしょう?
だからこそ今は、まだ『異星』というカードを切るわけにはいかないのです。
少なくとも、日本が既成事実を積み上げ、アメリカと密約を結んで、日米主導の体制を固めるまでは」
官房長官が引き取った。
彼は手元のメモを見ながら、淡々と今後の方針(答弁の型)を読み上げた。
「アメリカに共有するのは最後の手段です。
まずは、以下のカバーストーリーで徹底抗戦します。
1.技術の根幹は『ナノマシンによる次世代促成栽培』である。
2.詳細なデータについては『特許申請中、および安全保障上の理由により非公開』とする。
3.環境データは『第三者機関を通じて限定的に共有する』が、施設の立ち入りは『知財保護のためお断りする』。
4.国際共同研究については『時期尚早であり、まずは国内での検証を優先する』」
「……鉄壁ですね」
「ええ。のらりくらりと躱す。日本のお家芸です。
『嘘はついていないが、真実は語らない』。
実際に新木場の温室ではナノマシンを使っていますから、あながち嘘ではありません。
『異星の植物』ではなく、『遺伝子改良した地球の植物』を、『特殊な触媒(ナノマシン)』で育てている。
これなら、ただの技術革新の範疇です」
『分かりました。
じゃあ俺は今まで通り、現地で工場長をやっていればいいんですね?』
「はい。
ただし、トップシークレット扱いは厳格化します。
工藤さん、貴方の顔写真や個人データが流出しないよう、イヴさんにも情報セキュリティの強化をお願いしてください」
『了解です。
イヴ、頼んだぞ』
『承知しました、マスター。
ネットワーク上のあらゆる痕跡を監視・消去(キル)します』
とりあえず、外交方針は決まった。
時間を稼ぐ。
その間に日本側は、既成事実を積み上げる。
「さて、嫌な話はこれくらいにして」
経産大臣が、パッと明るい顔で話題を変えた。
彼は手元のタブレットを操作し、一枚の分析レポートを表示させた。
「明るいニュースに行きましょう。
工藤さん、先日の作戦で確保した『原油』のサンプル分析結果が出ましたよ」
会議室の空気が、一気に華やぐ。
黒い黄金。日本の悲願。
『お、どうでした? 品質は』
「極上(スイート)です」
経産大臣の声が弾む。
「硫黄分が極めて少なく、軽質で流動性が高い。
中東の軽質油をも凌駕する最高品質の原油です。
これなら精製も容易ですし、ガソリンやナフサ(プラスチック原料)の収率も非常に高いでしょう」
「素晴らしい……!」
総理が感嘆の声を漏らす。
資源のない日本にとって、これほど嬉しい報告はない。
「すでに石油連盟や元売り各社には、極秘に打診を始めています。
新木場に陸揚げされた原油を、京葉工業地帯の製油所へ運ぶルートを確保中です。
……そこで工藤さんに相談なのですが」
経産大臣が身を乗り出した。
「テラ・ノヴァ側での『精製』についてです。
原油のまま運ぶのも良いですが、ある程度、現地で精製して製品として持ち込むことは可能ですか?
例えば、ガソリンや軽油、重油に分けていただければ、そのまま自衛隊の車両や艦船に使えますし、備蓄もしやすい」
期待に満ちた視線が集まる。
工藤創一なら、あの魔法のような工場で、あっという間に巨大コンビナートを作ってくれるのではないか。
そんな期待があった。
だが、モニターの中の創一は、困ったように頭をかいていた。
『あー……。
それがですね、ちょっと問題がありまして』
「問題? 技術的な障害ですか?」
『いえ、技術というか……仕様(スペック)の問題ですね。
イヴ、現状の技術ツリー(Tech Tree)を表示してくれ』
創一の横に、複雑な分岐図のようなホログラムが表示された。
彼は、その一部、液滴のマークが描かれたアイコンを指差した。
『俺が今使える石油精製技術は、この『基礎石油精製(Basic Oil Processing)』だけなんです』
「基礎……ですか?」
『はい。
これは原油を100%、『石油ガス(Petroleum Gas)』に変換する技術です』
経産大臣が首を傾げた。
「石油ガス……? LPガス(プロパン)のようなものですか?」
『似ていますが、もっと広義の「軽い留分」ですね。
俺の工場の規格では、ここからプラスチックや硫黄を作ります。
ですが……この技術だと、重油(Heavy Oil)や軽油(Light Oil)は抽出できないんです』
「えっ!?」
専門知識のある経産官僚たちがざわめく。
通常の原油精製(常圧蒸留)では、沸点の違いによって、LPガス、ガソリン、ナフサ、灯油、軽油、重油、アスファルトなどが分離される。
それがガスしか出ないとは、どういうことか。
『ナノマシンによる強制分解みたいなものです。
原油の成分を、すべて一番使い勝手のいいガス状の炭化水素に、バラしてしまうんです。
工場運営には、それが一番効率的なので』
「そ、それは困ります!」
防衛大臣が悲鳴を上げた。
「我々が欲しいのは、戦車やトラックを動かす軽油(ディーゼル)や、ジェット燃料(灯油)、護衛艦の燃料(重油)なんです!
ガスだけあっても、エンジンが動きません!」
「プラスチックの原料になるのはありがたいですが、産業界としてはナフサや重油も欲しいところです……」
『ですよねぇ。
俺としてもロボットの研究に必要な「潤滑油(Lubricant)」を作るには重油が必要だし、ロケット燃料を作るには軽油が要るんです。
だから精製技術をアップグレードしたいんですが……』
創一は技術ツリーのさらに先、赤くロックされたアイコンを指差した。
『次の段階、『応用石油精製(Advanced Oil Processing)』を解禁するには、まだ研究が足りないんです。
これを行うには『化学テクノロジーカード』——通称「青カード」の量産が必要です』
「青カード……」
『はい。
それを作るには、プラスチック、硫黄、赤基板、エンジンユニット……と、複雑な生産ラインを構築しなきゃいけません。
今の俺の設備と技術レベルじゃ、まだそこまで到達できていないんです』
創一は、「残念!」というジェスチャーをした。
『工場のシステム上、飛び級はできないようになってまして。
どんなに原油があっても、今の俺には「ガスを作る」ことしかできない。
重油や軽油を現地で精製できるようになるには、もう少し時間がかかります』
会議室に、微妙な空気が流れた。
万能に見えた「工藤創一の魔法」にも、明確な限界——手順(プロセス)の壁——が存在したのだ。
なんでもワンタッチでポンとはいかない。
「……なるほど。
ゲーム的テクノロジーで、ゴリ押しできない箇所もあるということですね」
日下部が納得したように頷いた。
「文明の再建には手順がある。
石器時代の次は、いきなり原子力時代にはならず、青銅器、鉄器と進むように」
『そういうことです。
今はまだ、石油化学の入り口に立ったばかりなんです』
創一は申し訳なさそうに言ったが、経産大臣は逆に目を輝かせた。
「いや、むしろ好都合かもしれません」
『え?』
「工藤さんが全て完結できないということは、日本側の技術(プラント)が役に立つ余地があるということです」
大臣は立ち上がり、力説した。
「工藤さんは、プラスチック原料となる『石油ガス』の確保に専念してください。
そのために必要な原油は現地で使い、残りの『余剰原油』は未精製のまま日本へ送ってください。
精製は我々がやります」
「おお、なるほど!」
「日本の石油精製技術は世界トップレベルです。
京葉工業地帯の製油所に運べば、一滴も無駄にすることなく、ガソリン、軽油、ジェット燃料、重油、アスファルトまで完璧に分留してみせます。
そして精製された燃料(軽油や重油)の一部をドラム缶に詰めて、テラ・ノヴァへ送り返しましょう。
工藤さんが『応用精製』を解禁するまでの間は、それで凌げるはずです」
『なるほど! 逆輸入ですか!
それなら助かります。俺も発電機や車両の燃料確保に困っていたところでした』
創一はポンと手を打った。
だが、ここで慎重派の官房長官が口を挟んだ。
「待ってください。
異星の原油を国内の製油所に流して、大丈夫なのですか?
成分が違うとか、未知のバクテリアが含まれているとか……もし検査でバレたら一大事です」
経産大臣は、自信たっぷりに答えた。
「そこは抜かりありません。
成分分析の結果、炭化水素の組成は地球のものと完全に一致しています。化学的に見分けるのは不可能です。
問題は『不純物(スラッジ)』ですが……流通ルートは『国家石油備蓄』の専用ラインを使います」
「備蓄ライン?」
「はい。
民間市場には流さず、一旦すべて国のタンクへ入れます。
そこで精製し、出てきた廃棄物(スラッジ)や廃液はすべて『特殊産業廃棄物』として隔離し、高温焼却処分します。
これなら、たとえ異星のDNAが混じっていても完全に消滅します。
現場の作業員には『深海油田の未精製サンプル』と説明しておけば、誰も疑いませんよ」
「……なるほど。
物理的にも、情報的にも、隔離するわけか」
総理が総括した。
「1.対外的には『木材の促成栽培』というカバーストーリーで誤魔化し、時間稼ぎをする。
2.原油は工藤さんの工場用を除き、日本へ輸送。国内の製油所で精製し、国家備蓄および産業用燃料として活用する。
3.現地で不足する重油・軽油製品は、日本から補給する。
……まさに二人三脚だな」
『ええ。頼りにしてますよ、日本(ジャパン)株式会社』
創一がサムズアップを見せる。
モニターの通信が切れた後、会議室には少しだけ安堵の空気が流れた。
アメリカの影は迫っている。
だが日本とテラ・ノヴァのパイプ(物理的にも、関係的にも)は、より太く、強固になりつつあった。
「……さて、忙しくなるぞ」
経産大臣が武者震いした。
「製油所の稼働率を上げろ。タンカーの手配もだ。
なにせ数十年ぶりに『国産原油』が市場に流れるんだ。
成分分析表を見た技術者たちが、腰を抜かす顔が目に浮かぶわ」
日本経済の血管に、新たな血液が流れ込もうとしていた。
だが、その血液の熱さが、眠れる怪物たち——国内外の利権屋や諜報機関——を呼び覚ますのも、また必然だった。
一方、テラ・ノヴァ。
通信を終えた創一は、ポンプジャックが唸りを上げる油田地帯を見上げていた。
「とりあえず、プラスチックだ」
彼は次なる目標を見据えた。
「原油をガスにして、石炭と混ぜてプラスチック棒を作る。
そうすれば『赤基板』が作れる。
赤基板ができれば……工場は劇的に進化する」
彼の手元で、イヴの画面が光る。
次の研究ターゲット。
『プラスチック(Plastics)』、そして 『硫黄処理(Sulfur Processing)』。
化学の力で工場は「物理」の領域から、「化学」の領域へと変貌を遂げようとしていた。
その先にある「青カード」の輝きを夢見て、工場長は再びヘルメットの緒を締めた。