テラーノベル
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文化祭が明け、学校には日常が戻ってきた。
けれど、ういにとっての日常は、以前とは決定的に違っていた。
「おはよ、綾瀬」
朝の教室。自分の席に座るういの横を、さとみが通り過ぎる。
その瞬間、彼の手が、一瞬だけういの肩に触れた。クラスの誰も気づかない、ほんの数センチの接触。それだけで、ういの体温は一気に跳ね上がる。
「……おはよう、三山くん」
俯いたまま、ういは小さく答える。さとみはそのまま仲間たちの輪に加わり、いつものように大声で笑い始めた。
(……やっぱり、夢じゃなかったんだ)
教室では、彼と私は「正反対」のままだ。彼は光の当たる中心にいて、私は窓際の端っこにいる。けれど、机の下で握りしめた自分の左手には、あの夜、彼が残した熱い体温がまだこびりついているような気がした。
放課後。私は、逃げるように図書室へ向かった。
図書委員の仕事である本の貸し出し作業を、指先を震わせながらこなした。
夕日が差し込み、古い紙の匂いが立ち込める室内。閉館まであと三十分。
ガラッ、と扉が開いた。
入ってきたのは、部活終わりのさとみだった。ユニフォーム姿ではなく、着崩した制服。彼は真っ直ぐに、いつもの「一番端の席」へと向かった。
私もまた、周囲に誰もいないことを確認してから、吸い寄せられるようにその隣へ座った。
「……遅かったね」
「わりぃ。監督に捕まってさ。……つーか、綾瀬、今日一日中、俺のこと避けてただろ」
彼が拗ねたように唇を尖らせる。
「避けてないよ。……ただ、教室だと、どうしていいか分からなくて」
「俺もだよ。本当はさ、朝一で抱きしめたかったんだけど。……無理じゃん、あんな場所」
彼が苦笑いして、机の上に置かれた紬の手を、そっと自分の手で覆った。
大きな、節くれだった、温かい手。
「……三山くん」
「『さとみ』、って呼んでよ。……ここでは、二人きりなんだから」
紬の心臓が、図書室の時計の音よりも大きく響く。
「……さ、とみ、くん\\\」
消え入りそうな声で呼ぶと、彼は嬉しそうに目を細め、そのまま私の指先を一つずつ絡めるようにして握りしめた。
「俺さ、練習中もずっと考えてた。……早く放課後になんねぇかなって。早くここに来て、お前の顔が見たいなって」
「私も。……本を読んでても、一行も頭に入ってこなかった」
窓の外では、運動部の掛け声と、遠くを走る電車の音が聞こえる。
けれど、この「一番端の席」だけは、二人だけの真空地帯だった。
「うい」
「好きだよ__」
図書室の「一番端の席」が、二人の逃避行の終着駅だった。
放課後の数十分、指を絡め合い、教科書の隅に二人だけの交換日記を綴る。そんな甘い沈黙を切り裂いたのは、鋭い視線だった。
「……やっぱり、ここだったんだ」
図書室の入り口に立っていたのは、サッカー部の女子マネージャー・清華だった。
彼女はさとみの幼馴染で、部内でも「さとみの隣に一番近い女子」と言われていた。清華は、真っ赤になって手を離した二人を、冷たい瞳で見据えた。
「さとみ、最近部活が終わるとすぐ消えるから変だと思ってた。……よりによって、こんな地味な子と?」
清華の言葉が、ういの胸に深く刺さる。図書室の静寂が、急に居心地の悪い檻のように感じられた。
さとみが立ち上がり、ういを庇うように一歩前へ出る。
「清華、言い過ぎだ。俺が綾瀬を誘ったんだ。文句があるなら俺に言えよ」
「文句なんてないよ。ただ……さとみは、太陽の下で笑ってるのが一番似合う。影の中に隠れてるなんて、さとみらしくないよ」
清華はそれだけ言い残して去っていった。
家に帰って、そのことを思い出した。ういは、自分の握りしめた手が震えていることに気づく。
(……清華さんの言う通りかもしれない。私は、さとみ君の光を奪っているんじゃないか)
その夜、ういのスマホにさとみからメッセージが届いた。
『明日、修学旅行だね。新幹線、隣じゃないけど……京都の夜、二人で抜け出そう。約束だよ』
私はその画面を見つめながら、返せぬまま夜を明かした。
《修学旅行にて》
修学旅行二日目の夜。京都の旅館は、消灯時間を過ぎてなお、生徒たちの興奮で浮き足立っていた。
ういは約束通り、非常階段からこっそりと抜け出した。外はひんやりとした秋の風が吹き、鴨川の水面が月光を跳ね返している。
「……ういっ!」
暗闇の中から、パーカーを羽織った彼が現れた。
彼は私の手を引いて、川沿いのベンチへと走った。クラスメイトに見つかれば大問題になる「深夜の密会」。心臓の音が、歩道を行き交うタクシーの音よりも大きく聞こえた。
「さとみ君、私……清華さんに言われたこと、考えてたの」
私は勇気を出して切り出した。
「私といると、さとみ君は『陽キャ』の輪から外れちゃう。私が、さとみ君を狭い場所に閉じ込めてるんじゃないかって」
彼は、しばらく黙って夜の川を見つめていた。
それから、ふっと笑って私を自分の方へ引き寄せた。
「あのさ、うい。俺、みんなと一緒にいる時の自分も好きだよ。でも、それは『役割』を演じてる自分なんだ」
彼は、私の冷たい手を自分のポケットの中に引き入れた。
「お前といる時だけ、俺はただの『俺』でいられる。太陽の下が似合うとか、影がどうとか、そんなの関係ない。俺が俺でいられる場所は、お前の隣だけなんだよ」
さとみはポケットの中で、ういの指を強く、折れそうなほど強く握りしめた。
「閉じ込めてるんじゃなくて、お前が俺を『見つけてくれた』んだ。……だから、もう迷うなよ。俺はどこにも行かない」
私の視界が、涙で潤んだ。
清華の言葉に揺らいでいた不安が、彼の熱い掌を通じて溶けていく。
夜の鴨川。数え切れないほどの観光客や生徒が眠る街の中で、今この瞬間、二人の世界だけが静かに、そして確かに重なり合っていた。
「……私も、さとみ君が見つけてくれた。……ありがとう」
その夜は、図書室の埃っぽい匂いではなく、秋の夜の、少し冷たくて清らかな香りがした。
修学旅行から戻った二人の周りには、少しずつ変化が訪れていた。
清華はあの日以来、紬うい睨みつけるのをやめた。部室の裏でさとみと話し終えた彼女が、図書室へ向かうういとすれ違いざま、小さく呟いた。
「……あんた、意外と芯が強いのね。……さとみのこと、よろしく」
それは、彼女なりの降参と、親愛の証だった。
冬が来ると、図書室の空気はピンと張り詰めた受験勉強の色に染まった。
サッカー部を引退した彼は、以前よりも真剣な眼差しで机に向かっていた。
「俺、ういと同じ街の大学に行きたいんだ。離れたくないから」
その言葉通り、さとみは泥だらけのユニフォームを、ボロボロになった参考書に持ち替えた。
放課後。暖房の微かな音だけが響く図書室。
ういの白い指と、陽向の少し荒れた大きな手。
「……卒業しちゃったら、ここに来られなくなるね」
ういが寂しげに呟くと、さとみはその手をギュッと握り締めた。
「場所がなくなっても、俺たちの居場所は変わらねぇよ。……約束だ」
三月。校庭の桜が、まだ硬い蕾のまま春を待っている。
卒業式。体育館は厳かな空気と、旅立ちの寂しさに包まれていた。
式が終わり、教室で最後のホームルームが済むと、さとみはすぐに仲間の輪から抜け出した。向かう先は、一つしかない。
ガラッ、と扉を開ける。
放課後の、夕暮れが差し込む図書室。
窓際の一番端の席には、もう制服を着たういが座っていた。
「……待たせたな」
「ううん。……卒業おめでとう、さとみ君」
ういが振り返る。その瞳には、少しだけ涙が溜まっていた。
さとみはういの隣に座り、カバンの中から一冊のノートを取り出した。それは、あの夏から二人が机の下で回し続けてきた「交換日記」の最後の一冊だった。
さとみは最後の一頁(一ページ)に、マジックで大きく文字を書き込んだ。
『これからも、ずっと隣で』
ういもまた、その下に震える手で自分の名前を並べて書いた。
図書室の机には、三年間で刻まれた無数の傷がある。けれど、この一番端の席にだけは、二人の三年間という、目に見えないけれど確かな光が刻まれていた。
「うい。……行こうか」
さとみが立ち上がり、手を差し出す。
ういはその手を、迷わずに取った。
二人は図書室を出て、夕闇が迫る長い廊下を歩いていく。
背後で扉が閉まる。
静まり返った室内、一番端の席には、二人が忘れていったような一輪のガーベラが置かれていた。
花言葉は――「常に前進」「希望」。
校門を出ると、冷たい風の中に、微かな春の匂いがした。
正反対の二人が、偶然の赤点から始めたこの物語は、今、新しい「白紙のページ」へと続いていく。
「……大好きだよ、さとみ君」
「俺も。……世界で一番、愛してる」
二人の影は、夕日に溶けて一つになった。
それは、一生忘れることのない、最高の青春の終わり。
そして、終わることのない、二人の物語の始まりだった。
何か、見てて恥ずかしくなってくるような王道、青春ラブストーリーを書いてしまった ハズカシイ\\\
いや、私もねw めっっっっっちゃ恥ずかしくなりながら書いてましたからっ!!!!
自分の物語に多方面、刺されてる感じがする、、、w
というわけで、、、
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