テラーノベル
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目の前が真っ暗だ。
当然だ、目を閉じているのだから。
そうしていると、家の前で麻がらを炊く火の匂いが鼻によく通る。そして、昼間の蝉が次に役を渡したように、遠くの森からヒグラシの声がいくつもずれて耳に入ってきた。西陽の柔らかな暖かさが、まだ汗を搾り取ろうと背中に当たる。
ああ、今年も、帰ってきた。ここへ、帰って来られた。
ゆっくりと眼を開けて、石造りの門を確認する。『藤澤』と書かれたその門柱の上に、茄子と胡瓜で、簡単に牛と馬が形造られていた。今年もちゃんと造ってくれたんだ、と笑みが溢れる。
カラララ…と軽快な音を立てて、玄関扉をそっと開く。暗い家の中から、お線香の香りが漂ってきた。
「…ただいま…。」
身体を家の中へ進めながら、小さな声で、探るように、言った。声が、家の中へ溶けて行く。
ひたひたと、畳を歩く落ち着いた足音が聞こえたかと思うと、さらにその奥からドタバタと廊下を走る音がする。
「元貴!?」
「…元貴、おかえり。」
玄関に、ほぼ同時に顔を出した涼ちゃんと滉斗が、俺を出迎えてくれた。
「…ただいま。ごめんね、遅くなって。」
「…ううん、僕らも今来たところ、ね。」
「デートの待ち合わせかよ。」
涼ちゃんの言葉に滉斗がツッコミ、みんなでクスクスと笑う。
「…涼ちゃん、これまたすごい髪色だね。」
玄関をあがりながら、涼ちゃんのピンクと赤のグラデーションになった髪をそっと撫でる。
「いやいや、元貴のせいでしょ。」
涼ちゃんが眼尻を垂れさせて笑う。そうか、俺のせいか。俺は少し、悲しげに笑った。
『涼ちゃんてさ、茶髪とか金髪とか、派手な色が似合いそうだよね。』
『えー?そうかな。こんな素朴な顔、なかなかないと思うけど。』
『絶対似合うって。大人になったらやってみてよ。』
『えー、恥ずかしいなぁ〜。』
まだ俺たちが小学生の頃、よく涼ちゃんにそんな事を言っていたな。
俺たちは、近所に住む幼馴染だった。俺と滉斗が同い年で、涼ちゃんは3つ上。だけど、全然年上っぽくなくて、俺たちは3人でいつも遊んでいた。
「あ、おばさんがご飯用意してくれてるよ、ありがたい〜。」
キッチンに作業台として置かれているダイニングテーブルに、『みんなで食べてね。』とメモ書きされているタッパーに入れられたお惣菜が、いくつか置いてあった。俺の母親がこうして準備してくれるのも、毎年恒例の事だ。
「俺ら、今年で何歳になるんだっけ?」
温め直した夜ご飯を、縁側に面した居間にある円座卓で食べながら、滉斗が尋ねる。
「元貴と滉斗が19になる年で、僕が今22だね。」
「そうだ、一昨年涼ちゃんの成人を俺らでお祝いしたんだよね。」
「やってくれたね、2人で。真夏の成人式。もう懐かしいなぁ。」
あはは、と笑ってお酒を煽る。前はそうも思わなかったが、お酒を飲む涼ちゃんが、なんだかすごく大人に見えて、俺は少し見つめてしまった。
「…元貴は、まだダメだよ?」
涼ちゃんが、意地悪な笑顔でお酒を掲げる。
「違うよ…。」
俺は、向けていた視線がバレた事に頬を染めて、別に喉も乾いていないのに焦ってお茶を飲む。
ご飯を食べ終えて片付けをちゃちゃっと済ませた。
それからは、俺たちはずっとしゃべっていた。離れていた時間を埋めるように、夜を唄う庭の虫と、俺たちと、どちらが夜更けまで声を出していられるか、競うように、ずっと、ずっと。
流石に夜中と呼ばれる時間帯になると、明日に響いてしまう為、そろそろ寝ようという段になった。
簡単にシャワーを浴びて、それぞれの寝室へ行く前に、名残惜しむように居間で少し談笑する。
「明日、何するー?」
「滉斗、なんかやりたい事ないの?」
「んー、スイカ割り?」
「結局普通に切って食った方がうまいって、いつか言ってただろ。」
「えー。じゃあいいよ、でもスイカ食べたい。」
「じゃあ、明日おばさんにスイカ持って来てもらおうか。」
「あとはー、花火とー、虫捕りとー、川遊びとー、釣りとー 」
「どんだけやるの、小学生のスケジュールじゃない。」
涼ちゃんと滉斗が笑っているのを、俺は少し困った笑顔で見ていた。
「…あ…。元貴は…嫌かな、まだ…。」
「…ううん、2人がいいなら、俺は大丈夫。」
「あ…ごめん。俺、つい。」
「やめてよ、なんで俺に気遣ってんのさ…。」
少し気不味い空気が漂って、俺は、じゃあまた明日、おやすみ、と言ってその場を切り上げた。
寝室に入り、部屋に敷かれた布団に身体を放り出す。
スイカ割り、虫捕り、花火、そして、川遊び。どれも、小さい頃から何度も3人でやっていた、懐かしいもの。
だけど、まだ心が騒つくのは、きっと俺だけではないはず。あの2人は、辛くないのだろうか。
俺は、腕を眼元に乗せたまま、これ以上涙腺を涙が昇ってこないように、ゆっくりと呼吸を繰り返して、意識を夜へと沈めていった。
コメント
9件
久しぶりのコメントすいません (*_ _) 前回もとっても最高の作品だったので今回も最高の作品を楽しみにしています (*^^*) 続き待ってます( *´꒳`* )
Mステめっちゃ良かったですよね!結構最初の方に来ちゃってびっくりしました笑 裏ステも可愛かったですよね〜 夏の影だ!!これからのストーリーが気になる⭐️
あとがき いやぁ、急いでお風呂から上がったけど、ギリッギリ一曲目間に合いましたね、Mステ! まさか一曲目だと思わんじゃん!もう! 夏の影、最高でした! というわけで、宣言通り『夏の影』の一話目、公開です🎐 一話目っていうか、プロローグ並みの短さ。 散々引っ張っておいて、一話目こんなんでごめんなさいね💦