テラーノベル
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次の日も、嫌になるほどの快晴だった。
ゆっくり目の朝ご飯を、適当に冷蔵庫にあるもので済ませ、2人がいそいそと出かける準備を始める。
「ほら、元貴、行くよ。」
「うーん…天気が良い…。」
「だから良いんじゃん!行こーぜ!」
「…はぁーい…。」
渋々とサンダルを履いて、玄関を出る。眼を開けられないほどの陽射しが飛び込んできて、眼の奥が痛い。
「おおー!夏だー!」
2人は、両手を挙げて、声高に叫ぶ。俺は、その後ろを元気のない足取りで着いて歩く。出来るだけ、日影の部分を選んで歩くが、足元を暗くするだけの影に、俺を涼めてくれる力は無かった。
「元貴、大丈夫?」
涼ちゃんが少し止まって、俺の様子を窺ってくれる。
「ん…平気、ありがと。」
「元貴、まだ陽射しに弱いの?帽子とか日傘とか持ってきたらよかったのに!」
滉斗も、俺を気遣う。これだから、夏の外出は嫌いなんだ。
俺は、小さな頃から肌が白く、陽に当たり過ぎるとすぐに火傷のようになってしまう。また、一日中陽射しの中で眼を開けると、夜には涙が止まらないほど沁みる。俺の身体と、夏の季節は、悲しい程に相性が悪かった。
「あ、あそこに大きな木があるよ、あそこで少し涼もう。」
涼ちゃんが、俺の手を引いて、道の脇にある大きな木影へと誘ってくれた。
「あー、あっつ…。」
「ほんと、少し歩いただけなのにね。」
「あっちにさ、確かトンネルなかったっけ?そこなら涼しいかも。」
「そうだね、そっち通って行こうか。」
涼ちゃんと滉斗が、俺にとって少しでもマシな道を考えてくれる。頭上から、けたたましく蝉の鳴き声が降り注いだ。
「どこだ?」
「んー…、あ、あれじゃない?あ、違う…。」
「…あそこだ。」
俺が指を差すと、2人が顔を近づけて同じ方を見上げる。幹の上の方に、小さな体で目一杯に騒ぎ立てる蝉がいた。
「元貴、昔から見つけるのは得意だよな。」
「そうだね。でも届かないから、すぐ『抱っこ』って言ってた、可愛かったなぁ。」
涼ちゃんが、俺を見ながら、懐かしむように頭を撫でる。夏の暑さではない、頬の火照りが、俺の心をまた騒がしくする。
「あ、元貴照れてる。」
滉斗がすかさず突っ込んでくる。
「ちがうよ、暑いから。」
「ほんとかな〜。」
俺は、誤魔化すように木の根元に腰掛けて、少し休んだ。
2人が、蝉を見上げて、捕れないかな?と画策している。
『涼ちゃん、抱っこして!あそこに蝉いる!』
『どこ?』
『あそこ!』
涼ちゃんが顔を近付けて、同じ方を見上げた。俺は、その横顔を盗み見る。
『あー、あそこか!元貴すごいなぁ。よく見つけるね。』
『ねー、抱っこ!』
『はいはい。』
後ろから、涼ちゃんの細い腕が、俺の腰を巻き取る。グッと力を入れ、涼ちゃんの身体が俺に密着して、ふわりと視線が高くなる。
『全然届かない!』
『えー!じゃあちょっと待って。』
一度俺を地面に降ろして、急に俺の脚の間に涼ちゃんの頭が入って来た。
『わ、なに!』
『うわ、動かないで、肩車!』
『わー!』
『いけ、元貴!』
横から、滉斗も囃し立て、俺は目一杯に手を伸ばして虫捕り網を木に打ち付ける。
ジジッ!と短く鳴いて、黒い丸は彼方の方へ飛んで行ってしまった。
『捕れた?!』
『ダメだった〜。あ、でもあそこにもいる!』
『ホント?届く?』
頭上からまた、けたたましく鳴く蝉の声が降り注ぐ。
『…涼ちゃん。』
涼ちゃん、好き。
『え?なに?元貴なんか言った?』
『んーん、蝉がうるさいね。』
俺の心の声は、涼ちゃんへの恋心は、蝉の声に掻き消された。
『あ、あそこ、届くかも!涼ちゃん!』
『うそ〜、キツイってー!』
『元貴がんばれー、涼ちゃんもがんばれー!』
俺は、蝉を探すフリをして、ずっと涼ちゃんの肩に留まっていた。
「あら、2人とも、久しぶり。」
3人で木影で休んでいると、通りがかりに涼ちゃん家の向かいの婆ちゃんが、立って涼む2人に話しかけてきた。
「あ、お久しぶりです。」
「婆ちゃん、元気?」
「元気って、やあねえ。あんたらも、やっぱりずっと2人でいるのねぇ。」
「まあ、うん。」
「あの子も一緒なら良かったけど…でもそんなこと言っちゃあダメよね。」
「…そうだよ。」
「ごめんなさいね、またね。」
「うん、バイバイ。」
婆ちゃんがゆっくりと歩いて行くのを見届けて、2人が気不味そうに俺を見た。
「…相変わらずだな、あの婆ちゃん。」
「こら、元貴。」
「年寄りは、配慮とかできないからな。」
「滉斗も!」
涼ちゃんが困ったように笑って、俺たちを嗜める。 滉斗が、胸元をパタパタとして、空を見上げた。
「やっぱあっちぃな…元貴もしんどそうだし、また夕方出直さない?」
「さんせい…。」
「もう2人とも…。」
そうは言っても、俺がこれ以上は進めなさそうだったので、涼ちゃんも諦めて家路に着いた。
家に帰ると、胡瓜やトマトと一緒に、スイカが外の水道で冷やされていた。
中に入ってキッチンのテーブルを見ると、またメモと一緒に食材が置かれていた。
「『お昼は素麺でも茹でなさい。外にスイカとお野菜冷やしときます。』だって、おばちゃん優しいな〜。」
「ありがとうおばちゃん!」
「いつの間に来てんだか、忍者みたいだな…。」
3人で、なん束茹でるとか、ザルはどこだとか、氷はあるかとか、器はどれを使うだとか、あーだこーだと話しながらなんとか素麺を作り終えた。
「「「いただきます。」」」
「んー、んま。」
「いいね、やっぱり夏は素麺だ。」
「なんの具もないけどね、でも美味しい。」
とりあえずの腹を満たして、皆がその場で寝転がる。
口の中と、畳に触れたばかりの腕だけはひんやりとしているが、背中はじわじわと汗をかく。俺が縁側で扇風機を回すと、汗が少しばかり冷やされる。
うとうとと、心地よい微睡に身を任せて、俺たちは子どものように午睡についた。
ふと眼を開けたのは、風に乗って、微かに祭囃子が聴こえる頃だった。
「…そっか、お祭りだ…。」
いつの間にか、涼ちゃんが身体を起こして、外を眺めていた。
「…行く?」
「ううん、やめとく。」
涼ちゃんが、俺を見てにっこりと微笑む。ああ、あの頃と何も変わらない。
「花火しよーぜ、花火。」
滉斗も、身体を起こして会話に入る。
「いいね、花火しようか。」
「残ってたかな?」
「去年の?」
「湿気ってんじゃない。」
涼ちゃんと滉斗が、納戸を見に行く。俺も後に続こうとした時、カラララ…と玄関が静かに開けられた。
玄関を覗き込むと、驚いた顔のお母さんがいた。
「…元貴。」
「久しぶり。」
「…元気そうね。」
「まあ…。」
「あ、これ、夜ご飯…。みんなで食べて。」
「あ、ありがとう。スイカも。素麺も美味しかった。あと、昨日のご飯も。」
「すごい、全部のお礼を一気に言ったわね。」
「はは。」
「…たまには、うちにも帰って来てね。」
「…うん。ごめんね。」
「いいのよ。あなたが過ごしたいように過ごせば。」
「あ、あの胡瓜と茄子、お母さんがやってくれたの?」
俺は、門柱の上の馬と牛を指差す。
「うん、そう。間に合わないかと思って。」
「ありがとう、助かった。」
「そう、じゃあね。」
「ん、ありがとう。」
お母さんが玄関を後にすると、後ろから涼ちゃんと滉斗がひょっこりと顔を出した。
「おばちゃん来てたの?」
「うん、夜ご飯だって。」
「あー、ありがたい〜。」
「…元貴、実家の方には行かなくていいの?」
涼ちゃんが、心配そうに訊いてきた。
「うん。俺は、ここに居たくて、帰って来てるからね。」
「そう…?なら良いけど…。たまには、向こうにも帰りなね。」
「ふふ、うん。」
さ、食べよう、と座卓に行くも、まだお腹空いてない、と2人に言われてしまい、先に花火をする事になった。
いくつか、去年の残りを見つけて来てくれたので、そこそこ楽しめた。手持ち花火や、線香花火。最後に、ねずみ花火を手に取る。
「これ、どんなんだっけ?」
「多分、火をつけたらしゅるしゅるーって回るんじゃなかった?」
「やってみたらわかるっしょ。」
滉斗に言われて、涼ちゃんが火をつける。予想通り、しゅるしゅると回り始めて、2人が手を上げて喜ぶ。俺は、確か最後に…と気付いて先に身を縮める。
パン!という音と共に火花が飛び散り、俺たち3人は慌てて逃げた。
晩御飯の後、縁側でスイカを食べた。やっぱり普通に切った方がうまいな、と言いながら、滉斗が頬張る。
また順番に、シャワーで済ませる事になったので、涼ちゃんが一番に入りに行った。
「元貴。」
縁側で遠くの祭囃子を聴きながら、外を見て涼んでいると、滉斗が隣から声をかけて来た。
「お前さぁ、涼ちゃんの事すきなんだろ?」
ポン、ポン、と、お祭りで簡単な打ち上げ花火が始まった音がした。歓声が小さく聴こえる。
「………うん。」
はじめ、誤魔化そうかと思ったが、そうするべきじゃないと判断して、素直に認めた。
「やっぱりそっか…。…そろそろ、ちゃんと伝えといた方がいいんじゃない?」
「…でも…。」
「…俺たち、いつまでこうして会えるかわかんないだろ?」
近くの道を、子ども達が駆け足で家へ帰る声がする。そろそろ、お祭りも終わる頃か。
「…涼ちゃんを、困らせるだけだから。」
「そんな事ないだろ。言ってみなきゃわかんないし、今言わなきゃ絶対後悔するぞ。」
「………。」
「元貴、もう明後日までしか時間はないんだぞ、わかってんだろ。」
「………。」
「…俺は、たぶんこれからもずっと涼ちゃんと一緒だけど、お前は、いつまでこうして帰って来れる?わかんないだろ?」
「帰ってくるよ、いつまでだって。」
「それじゃ、ダメだろ、元貴。」
「…居させてよ、ここに。」
「…じゃあ、尚更、ちゃんと伝えろ。」
ギシギシと廊下の床が鳴って、涼ちゃんが帰って来た。
「おまたせ、次どうぞ。」
「はーい、行ってくるわ。」
滉斗が、立ち上がってさっさと風呂場へ向かう。涼ちゃんが、縁側の扇風機の首振りを止めて、その前に座り込む。
「あ゛ーーーーー。…はは、これ絶対やっちゃうよね。」
涼ちゃんが俺を振り向き、ふにゃりと優しい笑顔を見せる。俺は、うまく笑顔を作れず、真剣な面持ちで涼ちゃんを見つめた。
「…?どうしたの?」
「…涼ちゃん。」
「ん?」
「…こんな事、今の俺に言われても困るだけかもしれないけど…。」
「…うん?」
「…俺、涼ちゃんが…好き。」
「………。」
「子どもの頃から、今だって、ずっと、ずっと、大好き。」
「…だめだよ…。」
「…それでも、大好き。涼ちゃん、大好きだよ。」
「元貴…。」
涼ちゃんの綺麗な眼から、一筋の涙が零れた。俺は、膝を擦りながら、ゆっくりと涼ちゃんに近づく。涼ちゃんは逃げもせず、俺の眼を見つめたまま、美しい涙を零し続けた。
俺は右手で、その涙を拭いながら、頬へ触れる。ぴくりと動いたが、それでも逃げはしない。ゆっくりと、ゆっくりと、眼を合わせたまま、顔を近付ける。途中で、涼ちゃんがそっと眼を閉じた。俺は、それを返事として受け取り、同じく眼を閉じてそのまま優しく唇を押し当てる。
夏の夜の虫が、煩いくらいに鳴いているのに、俺の耳には、自分の鼓動しか響いてこない。どのくらい、そのままキスをしていただろう。とても離れがたく、体感では2〜3分に感じたが、恐らくは30秒程だった。18と22にしては、恐ろしく不器用な、子どものようなキスだった。
ゆっくり顔を離し、涼ちゃんの表情を確認する。眼を下に伏せ、頬を紅潮させて、小さな唇をキュッと結んでいた。
「…涼ちゃん。」
「…いいのかな…。」
「…いいよ。明後日までは、俺のものでいて。」
「…うん。」
「一年に、四日間だけの、恋人だね。」
「…織姫と彦星よりは、マシかもね。」
涼ちゃんがそう言って、微笑む。俺はその笑顔に、心底ホッとして、優しく抱きつく。
「…愛してるよ、涼ちゃん。」
「ありがとう。僕も、ずっと好きだったんだよ。元貴。」
その柔らかな声で、名前を呼ばれるのが、好きだった。
俺の『好き』が、君を捕らえてしまっても、どうか許して欲しい。涼ちゃんの『好き』が、たとえ俺をここに縛り付けるものだったとしても、俺は喜んで縛られに来る。
何度だって、ここに帰って、夏に縛られたい。
二度と、抜け出せなくても良いとさえ、思ってしまう。
それでも、時間はゆっくりと、確実に、限りへと進んでいくのだ。
コメント
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序盤から既に楽しい🎶MVを見てるからそれあっての本作は光がパァーっと入ってきて内容とも相性いいなーと思いながら読み進められちゃう。ん、なになに?ってとこの答えあわせも楽しみにしてます☺
昨日から新作ありがとうございます❣️ 私も読みながら、もしかして??いや、まさか??とか色々妄想族になってます🫣💦 続き、気になりすぎます🫶
新連載ありがとうございます✨ (1話に遅れました💦) やっぱりMVやBehindに絡めたお話作りがとってもお上手だなと感動しました。今回も情景がすごく浮かんで「夏」だなぁと… 1話から「ん?んん?」と思うことがあってそれを考えるだけで儚く切ないですね。容姿は書かれてる年齢なのかな?どうなのかな?お話にとって重要なところかな?とかいろいろ考えます☺️ 次回も楽しみにしてます✨