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「妊娠3ヶ月ですね」
私は午後休をとって産婦人科に来ていた。
生理も止まっていたし、念の為だった。
「あの、私って妊娠しずらい体質だったと思うんですが」
「いや、そんなことないと思いますよ。ほら、ちゃんと妊娠してます。赤ちゃんの袋が見えるでしょ」
私は超音波画像を眺めながら、今の状況を不思議な気分で見ていた。
博貴との結婚生活で子供ができなかったのは私が原因だったはずだ。
鈴木さんのお腹には博貴の子供がいて、博貴に原因がないなら不妊の原因は私だ。
(訳がわからないわ⋯⋯)
「区役所で母子手帳をもらってくださいね」
私は区役所による前に、行くべきところがあった。
御影社長のところだ。
御影社長の自宅に行って、インターホンを押す。
「すみません、お約束のないご訪問はお断りしています」
「御影社長の子供を妊娠しています。三ツ川商事の末永亜香里です」
「少々、お待ちください」
大きな扉が開くと、私は中に招き入れられた。
「こちらでお待ちください」
応接室に通されて、御影社長を待つ。
10分くらいして、心底面倒そうな顔をした御影社長が現れた。
スーツが着崩れているが、モデルとイチャイチャでもしていたのだろう。
「妊娠したって何? 本当に俺の子?もしかして、お金目当てでそんなこと言ってるの? 三ツ川商事もこんな子を雇うなんて落ちたもんだね」
開口一番彼が言った言葉に腹わたが煮えくりかえりそうだった。
「私がこの半年で関係を持ったのは御影社長だけです。DNA鑑定しても良いですよ。それよりも、合意の上でのことではなかったことを突き詰めましょうか」
私は感情的にならないように、冷静に話をした。
前に御影社長が、モデルが感情的にスタッフに当たり散らしていたのを呆れ顔で見ていたのを思い出したのだ。
感情的になったら彼と対等に会話をさせては貰えなそうだ。
「わかったよ。中絶費用払えば良いだろ。100万円やるよ! お釣りはいらないから。そもそも、君が自分でアフターピル飲んだり対策しなかったのが悪いんだけどね。頭が悪い女は嫌いだよ」
御影社長は私が子供を堕ろすと思っているようだが、私はそんな気は毛頭ない。
回帰前の人生5年間授からなかったが、私はずっと子供が欲しかった。
博貴に「不妊治療をしよう」と何度言い出そうと思ったことか。
「中絶はしません。私はこの子を産みますし、御影社長はちゃんと認知してください。結婚はしなくても良いですよ。あなたみたいなクズな親いない方がマシですから」
取引先の社長とはいえ、彼に対して文句を言わずにはいられなかった。
自分が両親そろった家庭に育ったから想像はできないけれど、私が父親がいらないくらいお腹の子を愛してあげれば良い。
「ハハ! 君、面白いこと言うねー。いいよ、僕も良い年だ。結婚しよう。その代わり君は仕事を辞めて家に入ってくれ。僕の妻がセコセコ会社員やってるなんて体裁が悪いだろ」
御影社長が突然おかしな提案をしてきた。
犯罪まがいの手段で気まぐれに手を出した女と結婚する真意が分からない。
しかし、彼と結婚した方が経済的にもお腹の子に苦労させることはないだろう。
心底嫌悪感がする男だが、御影社長と結婚すれば博貴との縁も切れそうだ。
あの殺人鬼との縁を断ち切ることは私の延命にも繋がる。
「分かりました。仕事を辞めます。では、契約成立ということで、これから宜しくお願いします」
私は、何を考えているか分からない御影社長に言いようのない怖さを感じながらも、彼の提案に応じた。
♢♢♢
「田中室長、私事ではありますが会社を辞めさせて頂きます。こちらの都合で申し訳ないのですが本日付けで退職扱いにして頂きたく存じます」
私は退職する理由はできれば話さずにフェードアウトしたかった。
御影社長に即日会社を退職するように条件を出されている。
まるで、結婚したら私を外に出さないような提案に今から恐怖を感じていた。
3ヶ月前に出会った取引先の社長の子を孕って結婚するなんて考え得る最低のふしだらな理由だ。
それに入社3ヶ月で辞めると言うことは会社にとっては迷惑な話だ。
教育したのに無駄になったと陰口を言われるのは覚悟の上だった。
「御影社長と結婚するんでしょ。てっきり、社長はモデルのミリアと付き合っているんだと思っていたよ」
「え、何でご存知なんですか?」
私は思わず田中室長に聞き返した。
モデルのミリアは御影社長のブランドのアンバサダーだ。
ちなみに昨日、私が社長宅で帰り際、目撃したのはバスローブ姿の別のモデル。
御影社長は自分の立場を利用して、やりたい放題のクズだ。
私は博貴に浮気された上に殺害されたことから、もう殺されないなら浮気性な男でも構わないという気になっていた。
「今朝から、新聞、テレビとも令和のモテ男が身を固めたとの話で持ちきりですよ」
鈴木さんが、今朝の新聞を私の手元に持ってきた。
確かに御影社長は自身もブランドの広告塔としてモデルを務めていた。
彼は有名人として扱われニュースになるのだろう。
お相手の私は一般女性として紹介されている。
私は、今日、どうやって退職を切り出すかで頭がいっぱいでニュースを見る余裕がなかった。
「お相手の女性とは仕事で知り合い、同じ大学の卒業生として意気投合。なお、お相手の女性は妊娠はしていないって⋯⋯」
私は新聞のデタラメな記事を読んで思わず息を呑んだ。
私は妊娠をしているし、仕事で知り合ったのは本当だが彼が同じ大学の卒業生だったなんて初めて知った。
デキ婚だと思われると体裁が悪いから、妊娠していないことにしたのだろう。
もう、妊娠3ヶ月なのに、どうやって誤魔化すつもりなのか。
「慶明大生の繋がりは強いからな!」
田中室長が得意げに言うのも、このファッション事業部が慶明大の学閥で固められているからだ。
ちなみに私は大学からの外部生だから、学閥の繋がりを熱く語られると冷めた気になる。
仲間意識が強いのは付属から上がってきた内部生だけだ。
私はそもそもファッション事業部希望ではなかった。
部署の希望にも「エネルギー事業部」と書いたはずだった。
元々、ファッションに然程興味がなく、どうせなら石油王とダイナミックな仕事がしたかった。
でも、蓋を開けてみればエネルギー事業部は日本最高峰の某大学の卒業生で固められていた。
次、時を戻れたら、必死に勉強して国立の某大学を目指した方が良いかもしれない。
とにかく、博貴と御影社長に関わらない道を探りたい。
(それにしても、なぜ今回は宝くじ当選時ではなく、入社時に時が戻ったのか⋯⋯)
エネルギー事業部は石油王をファンタジーランドに連れてったりして接待するらしいが、その一方で私がしたのは意に反した性接待だ。
回帰前は御影社長が私に手を出すことはなかったから、次回は回帰前のように博貴の横で紹介されるだけの地蔵でいようと思った。
私は、2度も時を戻れたせいか、また死に戻りできるような気になっていた。
それ程に、御影社長との結婚に夢も希望も抱いてなかった。
「あれ、でも」
鈴木さんがお腹を抑えながら、私に問いかけてくる。
彼女は私が妊娠していると思っているから、新聞記事に疑問を感じているのだろう。
「そのことは、ランチの時にでも話しましょう」
「じゃあ、個室ランチができる店予約しておきますね」
鈴木さんが、ここで出来る話ではないと察してくれた。
「じゃあ、今日は末永さんの送別会ですね。店は教育係の俺が予約しておきますよ」
博貴が私を笑顔で見つめながら言うが、目が笑っていないので作り笑いだろう。
流石に回帰前、彼とは夫婦だったので苛立っている時の笑い方は直ぐに分かる。
それが、私を教育したのに時間を無駄にされた怒りか、狙った獲物に逃げられた怒りかは不明だ。
「桜井さん、私、今日は用事があるのでお気持ちだけで結構です」
私は博貴に深く頭を下げた。
飲み会に連れて行かれてもお酒を飲むわけにはいかない。
表向きは妊娠していないことになっている。
しかし、このタイミングで乾杯のビールさえも断れば怪しまれる。
それ以前に、私はまだ博貴に殺される恐怖に怯えている。
殺されることで死に戻りできるのではという思いと、これが最後の人生かもしれないとの思いが交差する。
何れにしても、ずっと欲しかった子供がお腹にいるので今は死にたくはない。