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「桜井くん、野暮だよ。新婚の末永さんには御影社長との予定があるに決まってるじゃないか」
田中室長がご機嫌な表情で博貴に言った。
「そうですね。これからも、末永さんと会う機会はあるでしょうし」
私は博貴の言葉に背筋が凍る思いがした。
御影社長が取引先の社長である限り、私と博貴の縁もきれないと言うことだ。
「いえ結婚したら、主婦業を極めようと思っているので」
私は遠回しに、もう関わることはないことを仄めかすようなことを言った。
「いやいや、末永さんには今後は御影夫人として、三ツ川商事のために頑張って貰わないと」
田中室長がなぜご機嫌だったのか、私は彼の言葉を聞いて察した。
入社3ヶ月で辞めたことに苛立たれないのは、私が嫁いだ後も三ツ川商事の利益のために動くと思われているからだ。
(この結婚が、どんな解釈をされてようと、私は生き延びられさえすれば良いわ⋯⋯)
ランチタイムになり、私と鈴木さんは個室のあるエスニック料理店に向かった。
個室に入るなり、辛くなさそうなヌードルを注文する。
(これくらいなら食べられるかも、正直吐き気がして食欲がないわ)
ウエイターがいなくなると、鈴木さんが小声で話してきた。
「あの、吐き気の方は大丈夫ですか? この店少し独特の匂いがしますよね。違う店が良かったですかね?」
「いえいえ、食べられそうなものがあって有難いです。鈴木さんの予想通り私は妊娠していました。でも、御影社長は私の妊娠を隠す予定のようです」
私も鈴木さんに小声で返す。
変に隠すよりも本当のことを言って秘密にして貰った方が良いだろう。
3ヶ月間しっかりと関わると、彼女は別に人を貶めたりするような人ではないと分かった。
回帰前、私を陥れるように博貴と浮気したのは、余程私のことが憎かったからだ。
「絶対に秘密にします。今時、授かり婚なんて珍しくないのに御影社長は気にされる方なんですね」
「正直、あれだけ浮き名を流してきて、私は彼に隠し子がいても驚かないですけどね。世間の評価もそんなもんだと思いますが、彼自身の評価は違うようですね」
私が冷めたように御影社長について語るので、鈴木さんが心配そうな顔をしている。
「もしかして、末永さんが入社初日に御影社長のアトリエに伺った時の子だったりしますか? それは末永さんが望んだことだったんでしょうか?」
鈴木さんの鋭い指摘に私は戸惑った。
御影社長は女癖の悪さでは有名だ。
モデルや女優としょっちゅう噂になっている。
しかし、彼がイケメンなせいか、同意のない性暴力を振るっているとは思われていない。彼が女を侍らせていても、モテているとしか周囲が認識しない。
私は彼の妻になる以上、彼から同意のない行為をされたとは言えなかった。
「はい。あの時は私も彼のことを素敵だと思ったんです。でも、今は本当のことを世間に公表しない彼が怖いです。私は妊娠していて、順調にいけば7ヶ月後には子を産むはずなんですけど⋯⋯」
世間には妊娠していないと思われている私は無事この子を産ませてもらえるのだろうか。
私は気がつけば、前世で敵だったはずの鈴木さんに不安を吐露していた。
鈴木さんは私の不安を感じ取ったのか、仕切りに「大丈夫ですよ」と繰り返した。
♢♢♢
私は御影カナデと入籍し御影亜香里になった。
退職してから2ヶ月が経とうとしている。
その間、博貴とは1度も連絡をとっていない。
御影カナデとの結婚生活は思ったよりも悪くなく快適だった。
「まさか、僕がこんな早く結婚することになるなんてね」
朝食を食べながら、カナデが私をじっと見る。
この1ヶ月の結婚生活で分かったことは彼の感情は全く見えないと言うことだ。
「もっと女性を連れ込んでいるのかと思ってました。構いませんよ。その辺は割り切ってますから」
彼と私の始まりや、彼の今までの生活を考えると今の安定した結婚生活は考えられなかった。
それくらい入籍してからカナデは他の女性との接触を絶っている。
「もしかして、僕を性獣みたいに思ってない? 僕が女を抱くのはデザインの発想を得たいからだよ。クリエイターの本能で、快楽を求めている訳じゃない」
カナデの言葉に私は返す言葉がなくなった。
というよりもどんな言葉を返して良いか分からない程、彼は出会ったことのない人だった。
「知りたいんだ。僕の服を求める女の全てを。繕った服の上からじゃわからない欲望を吸い取って形にしたい!」
熱っぽく語ってくる彼の言葉は私には1つも理解できない。
(それと中出しすることの何が結びつくのよ⋯⋯)
何か言い返す気力も無くなるくらい、彼はサイコヤローだった。
彼が何を考えているかを考える自体がバカらしくなる。
「昨日、言い寄ってきたモデルさんのことは追い払ってましたね。来るもの拒まずな方だと思っていました」
私は、昨日アトリエに来て明らかに彼を誘惑しているモデルを発見した。
彼はそれを慣れたように冷たく追い払った。
「僕のブランドのアンバサダーになりたくて下心があって寄ってきた女だよ。そういう女は危険だ。野心が強く、人を利用することしか考えない。僕はいつだって人を利用する側でいることにしているんだ」
彼のような人をサイコパスと言うのだろうか。
人を利用することに罪悪感が全くなく、人を人とも思っていない。
「なるほど、でもだからと言って貴方に気のない女に薬を盛って身体を弄ぶ行為は褒められないですよ。そう言うことは同意を得ない場合は犯罪になりますからね」
彼と結婚して思ったよりも悪い生活ではないと感じても、あの時のことを思い出すと怒りと恐怖に囚われる。
「犯罪だなんて、僕は一度も訴えられたことはないよ。まあ、妻になった君の意見だし聞いておこうかな」
確かに私も自分が犯されたことを恥と思い、彼からされたことを隠そうとした。
もし、意識してそのような相手を選んでいるのだとしたら酷い話だ。
彼はデザインを探究する純粋な人間に見せかけているだけで、恐ろしく計算高い男だということになる。
「今晩は、亜香里の体を研究したい。妊娠して変化していく君の体が何を欲しているのか知りたいんだ」
恍惚に語り出すカナデに私はただ無言で頷いた。
妊娠5ヶ月でやっと安定期に入った。
不安定な時期も私を研究してこようとする彼を拒み続けたが、もう大丈夫だろう。
あまり拒み続けると、研究欲求が外の女に向きそうだ。
彼が同意のない行為をすることが悪いことだと認識できない以上、私が対策するしかない。
お腹の中の子の親を犯罪者にするわけにはいかないからだ。
こんな狂人のような男の遺伝子を持った私の子は大丈夫なのだろうか?
心配で仕方がないけれど、クリエイターとはこう言うもんだと諦めた方が良いのかもしれない。
「マタニティー服を作りたいということですか?」
とりあえず、まだ妊婦らしい体型にはなっていないがそういうことだろうと解釈した。
「違う! 僕は君が子を宿したことによる母性を抱きたいんだ!」
身体を研究したいと言ってた次の瞬間には、母性を抱きたいとか言い出す彼が本当に理解できない。
「とりあえず、子宮が収縮するらしいので中出しはやめてください」
「色気のないことを言うんだな⋯⋯」
「ごちそうさまでした。今日はモデルのミリアの撮影に同行予定ですよね。行ってらっしゃい」
「ヤキモチを妬いているのか? 君は意外と可愛いところがあるな。ミリアとは体の関係しかないよ。それに、僕が今知りたいのは君だけだ」
淡々と話すカナデにどこから突っ込んで良いのか分からない。
(仕事相手と体の関係があっちゃダメでしょ⋯⋯)
「私は妊婦で負担があるので、ミリアさんと体の語り合いをしてきてください。カナデに知って欲しい私など存在しません」
カナデはヤキモチなど妬けるレベルの相手ではなかった。
価値観も道徳感も振り切れすぎてて、もはや私の手に負えるレベルではない。
彼のことよりも、私はやっと授かったお腹の命を大切にしようと心に決めた。
「君が何を欲しているかは関係ない。僕が君を欲しているんだ。君から得るインスピレーションが僕のミトコンドリアと中枢神経をしきりに刺激してくるんだよ」
カナデが私を最初に抱いた時も、インスピレーションを得る為だったらしい。
それが、犯罪まがいの行為をしたことの言い訳ではなく本心に聞こえる程、彼は狂っていた。
「そうですか。良いデザインが浮かぶと良いですね」
私はそういうと席を立って部屋に戻った。
彼は自身がモデルをできるくらいのイケメンだが、共に暮らすと顔などどうでも良くなるくらいの狂人だ。
突然、私の中身が知りたいなどと言い私を切り刻んでくるか分からない。
そんなサイコな想像ができてしまうくらい何を考えているか不明な存在だった。
(浮気して私を殺した博貴がまともに思えるくらい⋯⋯)
自分の部屋に戻りパソコンに向かった。
私は昔から何かやっていなきゃ気が済まない性格だった。
だから、前世で仕事が忙しくても何も苦にならなかった。
(むしろ、今の食べて寝て時間を潰すだけの生活が拷問だわ)
私はとりあえず、この死に戻りについて対策をすることにした。
まずは、赤ワインに入れられていた毒についてインターネットで調べる。
赤ワインを飲んで死んだ時、特にワインから異臭やおかしな味はしなかった。