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K-Takasaka
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#スクラッチャーズ
#K-T
K-Takasaka
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K-Takasaka
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午後一時半。
防音室の時計が、予定された時刻を正確に示していた。
マサカゲは進行表を確認する。
「全員いるな。今日は昼から通しでやる。最初はKさんのドラムソロ。そのあと俺が入る。カキとミステー、アオノ、最後にメバル。順番は崩すなよ」
「崩したほうが面白くねえ?」
カキがエレキギターを肩に掛ける。
「一度、決めた通りにやってからだ」
「マサカゲ、今日は顔が硬い」
ミステーがギターの弦を軽く弾いた。
「音が入る前の部屋は、まだ息を止めている」
「つまり、静かってことだろ」
「そうとも言う」
アオノはキーボードの電源を入れ、ケーブルと録音レベルを確認していた。入力、波形、マイクの位置。すべてが記録されていく。
メバルはマイクスタンドを調整しながら、ドラムセットの前に座るKさんを見た。
「Kさん、体調は?」
「問題ない」
「そう言うと思った」
メバルは苦笑した。
「無理そうなら、途中で止めるんだよ」
「必要なら」
「必要になる前に言ってね」
Kさんは答えなかった。
代わりに、スティックを一度だけ打ち合わせる。
乾いた音が、防音室の中に落ちた。
「じゃあ、始めよう」
マサカゲが合図を出した。
最初に響いたのは、Kさんのドラムだった。
一打目は低く、短い。
二打目で床が震え、三打目で音の輪郭が変わる。
一定のリズムではなかった。
速くなったかと思えば、突然、空白が生まれる。空白の直後に鋭い連打が入り、シンバルの余韻が天井近くまで伸びていく。
カキが目を輝かせた。
「すげえ。何だこれ。どこに向かってんだ?」
「まだ向かっていない」
ミステーが静かに答えた。
「歩き出す前の足音」
Kさんは聞こえているのかいないのか、さらに強くバスドラムを踏み込んだ。
音が一段深くなる。
そこへ、マサカゲのベースが重なった。
最初はKさんのリズムを追っていた。しかし、完全に合わせるのではなく、わずかに後ろへ置く。ドラムの余韻を受け止め、次の音へ運んでいく。
Kさんが複雑なリズムを挟む。
マサカゲは迷わず応じた。
「……なるほど」
アオノが演奏しながら呟く。
「Kさんは、一定の拍ではなく、合流する音を待っている」
「待ってたのか?」
カキが尋ねる。
「たぶん」
ミステーが弦を押さえた。
「音にも、誰かを待つ時間がある」
「また難しいこと言ってんな」
カキは笑いながら、ギターを鳴らした。
鋭いエレキギターの音が、ドラムとベースの間へ飛び込んでいく。
少し遅れて、ミステーのギターが反対側から重なった。
カキの音は前へ突き進む。
ミステーの音は、突き進んだ音の周囲に残るものを拾っていく。
二つのギターがぶつかり、絡まり、防音室の中に新しい線を描いた。
「いいぞ!」
カキが声を上げる。
「もっと上げる!」
「上げすぎるな!」
マサカゲが叫ぶが、カキはさらに音を強くした。
その瞬間、Kさんのドラムが変わった。
今までよりも速い。
カキの勢いを押し返すのではなく、受け止めたうえで、さらに先へ進めるような叩き方だった。
「Kさん、反応してる」
アオノが言う。
「カキの音量変化に合わせて、三拍目の強度を変えている」
「説明してる暇があったら弾け!」
「弾いている」
アオノの指が鍵盤の上を滑った。
低いシンセサイザーの音が、部屋の奥に広がる。
続いて、中域の音が重なった。
さらに高い音が細く伸び、ギターの隙間を埋めていく。
アオノは、ただ伴奏を入れているのではなかった。
それぞれの楽器が作った空間を測り、その空間に音を置いている。
ドラムが床を作り、ベースが道を作る。
二本のギターが壁を作り、キーボードが壁の向こう側まで広げる。
音が増えるほど、部屋が広くなっていった。
メバルはマイクの前で、その変化を聴いていた。
まだ歌っていない。
Kさんのドラムを聴き、ベースの揺れを聴き、ギターの重なりを聴き、アオノが作った空間を聴いている。
やがて、Kさんのドラムが一瞬だけ途切れた。
その空白に、メバルの声が入る。
低く、柔らかな声だった。
言葉ではなく、長く伸びる母音。
その声は音の中心に立つのではなく、全員の音を包むように響いた。
Kさんが顔を上げる。
ドラムを叩きながら、メバルの声に重ねた。
会話のときとは違う、高く細い声。
透明な音が、メバルの声の上へ伸びていく。
メバルはKさんの音を追わなかった。
少し下の音を保ち、Kさんがどこへ行っても支えられるように歌う。
Kさんの声がさらに高くなる。
メバルの声が、その下で揺れる。
二つの声は別々に生まれたはずなのに、重なった瞬間、一つの響きになった。
カキのギターが、その響きに合わせて少しだけ音を下げる。
ミステーも同じように音を変えた。
マサカゲのベースが深く沈み、アオノの鍵盤が空間の端を照らす。
六人の音が、初めて同じ方向を向いた。
そのとき、Kさんが右手を上げた。
マサカゲが気づく。
「止まる!」
全員が一小節の途中で音を止めた。
突然、静寂が訪れる。
けれど、完全な無音ではない。
シンバルの余韻。
弦の微かな振動。
機材の電気音。
六人分の呼吸。
そして、Kさんの高音の残りが、防音室の壁際に薄く漂っていた。
カキが息を呑む。
「……今の、止まってるのに曲が続いてるみたいだな」
「音が消えるまでにも、時間がある」
ミステーが言った。
「その時間も、曲の一部」
アオノは録音画面を見た。
波形は小さくなっている。
だが、完全には消えていない。
「停止後、約二・七秒間、残響が記録されている」
マサカゲがKさんを見る。
「次、どうする?」
Kさんはスティックを握り直した。
「続ける」
「合図は?」
Kさんがバスドラムを一度踏む。
低い音が、静寂を割った。
次の瞬間、六人全員が一斉に演奏を再開する。
今度の音は、最初とは違っていた。
一人ずつ加わっていく音ではない。
互いの音を知ったあとで、全員が同時に踏み出した音だった。
Kさんのドラムが中心にあり、マサカゲのベースがそれを支える。
カキとミステーのギターが左右から走り、アオノの音がその間をつなぐ。
メバルの声が低く響き、Kさんの声がその上に重なる。
高音が伸びる。
伸びた音を、メバルが受け止める。
最後にKさんがドラムを三度叩いた。
一打目。
二打目。
三打目。
六人の音が、順番に消えていく。
最後まで残ったのは、二人の歌声の余韻だった。
メバルが息を吐く。
Kさんの声が、その息に寄り添うように細く続く。
やがて、それも消えた。
防音室に静けさが戻る。
しばらく、誰も話さなかった。
最初に口を開いたのはカキだった。
「なあ、これ……曲になってるよな?」
「なっていると思う」
ミステーが答えた。
「六本の線が、途中で一本になった」
アオノは録音データを保存した。
ファイル名を入力する手が、少しだけ止まる。
「タイトルは?」
マサカゲが尋ねた。
アオノは画面を見つめた。
一人で始まったドラム。
五人が順番に加わった音。
一度の停止。
そして、六人での再開。
「重なる六線」
メバルがその名前を繰り返す。
「いいね」
カキが笑った。
「俺たち、ちゃんと六人分いる感じがする」
Kさんは何も言わなかった。
ただ、ドラムの前から立ち上がり、スティックをケースへ戻す。
メバルがその横顔を見る。
「Kさん」
「何だ」
「今日の最初の音、ひとりで始めたけどさ」
Kさんは振り返らない。
「……そうか」
「うん。でも、最後はひとりじゃなかったね」
Kさんの手が、ほんの一瞬だけ止まった。
それから、短く答える。
「必要だから」
カキが首を傾げた。
「何が?」
Kさんはケースの留め具を閉じた。
「重なるのが」
メバルは微笑んだ。
アオノはその言葉を録音データのメモ欄に記録した。
《単独の音は、合流によって意味を変える》
そして、その下にもう一行加えた。
《六人目の音は、最初から六人分の空白を持っていた》
防音室の外では、午後の光が少しずつ傾き始めていた。
けれど、録音された「重なる六線」の中では、六人の音がまだ消えずに響いていた。
コメント
1件
K-Takasakaさん、第6話、素晴らしかったです。 六人の音が一人ずつ重なっていく工程が、まるで一つの生き物が形づくられていくように感じられました。特にKさんとメバルさんの声が重なる瞬間、胸の奥がじんわりしました。あの、止まった後の静寂すらも「曲の一部」だとミステーさんが言う場面、とても好きです。 「六人目の音は、最初から六人分の空白を持っていた」──この一行が、全てを物語っている気がします。繊細で、丁寧な筆致に引き込まれました。続きも楽しみにしていますね。