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「あらあらあらあら……!」
慌ててヘスティアが駆け寄り、文也が落とした物を拾い上げてくれる。
「すいません……!」
「あらあら、随分な大荷物ですね。何処か行くんですか?」
「その事なんだが、ヘスティア。エデンへのゲートはこの辺りにあったはずなんだけど。誰か、また移動したのか?」
「ん~、確かこの間、ゼウスちゃんが農地を増やすって言って、移動していたわよ」
「ゼウスが? あのオッサン、あれほど勝手にゲートを移動するなと言ってるのに」
那由多は舌打ちをする。
「デヴァナガライ、ゼウスちゃんは悪気があってやってるわけじゃないので、許してあげて。農地が増えて、私達も助かっているんだから。それと、肝心なゲートなんだけど、私のうちに置いてあるから」
「はぁっ? ヘスティアの家に? 相変わらず暢気だな、貴方は」
「よく、のんびり屋だって言われます」
文也のリュックに落ちた物を綺麗に詰め込んだヘスティアは、オレンジの籠を持って立ち上がった。重そうなオレンジの籠だが、ヘスティアは軽々と担ぎ上げる。
「着いてきて下さい」
「ちょぉぉぉぉっっっっと、待ぁった!」
素戔嗚が声を張り上げた。
「ヘスティア、お前の家に行くのかい?」
素戔嗚は鬼の形相で歯を食いしばる。ゾクリと悪寒が走る。こちらに素戔嗚の意識が向いていないにも関わらず、近くにいるだけで体の動きが鈍くなり、指先が冷たくなる。
「???」
「もう一度聞くぜ? 心して答えろ………! ヘスティア、お前の家にいくのか? これから?」
鬼気迫る表情。典晶は今にも素戔嗚がヘスティアに飛び掛かり、殺してしまうのではないか、そう思った矢先、ヘスティアは「はい」と朗らかな笑顔で答えた。
ウオオオオオォォォォーーーー!
素戔嗚の叫びが世界に木霊した。
典晶と那由多、文也は耳を塞いで顔を顰める。
「幼女の家に、招かれた、だと……」
プルプルと体を震わせた素戔嗚は、頭に巻かれた萌子のハチマキを握り締める。
「典晶、文也、ダチ公としてお前達に頼む。俺が間違いを起こしそうになったら、止めてくれ!」
『は?』
典晶と文也は同時に叫んだ。
「俺は心の中に萌子一人だと決めている。だが、それが、目の前であんな幼女に誘われちまえば、俺の理性が何処までもつかわらねー!」
「………」
「………」
「素戔嗚、お前はここで留守番。二人とも、行こう。ヘスティア、君の家まで案内してくれ」
「はい」
籠を背負ったヘスティアは、よちよちと歩き出す。那由多はヘスティアの後に続き、再び典晶と文也、素戔嗚が残された。
「………素戔嗚、大丈夫だと思うから、行こう?」
那由多は本当にヘスティアとサッサと行ってしまう。あんなよちよち歩きだというのに、ヘスティアの足は軽く、蛇のようにうねる果樹園の中に隠れてしまいそうだ。
「………だがよ! 俺達にお触りは厳禁だ! 俺達ロリコンは、離れて見ていることしか出来ねー! 典晶、お前はヘスティアが前にいて、耐えられるのか?」
「………」
文也の冷たい視線が突き刺さる。
「いや……俺は……」
「皆まで言うな! 幼女趣味のお前の辛さ、俺は痛いほど良く分かる! 誰にも言えない辛さ、誰にも認められない痛さ。俺は、よく分かるぜ! だから此処は、俺と典晶、二人でお互いを律しようじゃねーか! 文也、おめーも手伝ってくれよ!」
「お、おう……」
コクコクと文也は頷く。
素戔嗚はハチマキを取ると、自分を律するように右腕をグルグル巻きにした。そして、「いくぜ!」と低い声ですごむと、大きな歩幅で那由多とヘスティアを追いかけた。
先頭を歩くヘスティアの背中、正確には担がれたオレンジの籠を見て、典晶はギリシャ神話を必死になって思い出していた。
「なあ、典晶、ヘスティアってさ……」
典晶同様、文也もそちらの話にはそれなりに詳しい。
「たしか、『炉の女神』、『家庭の守護神』って言われているな。あの様子からすると、うん、うなずける気がする」
「ああ、やっと、神話通りの神様登場だな」
「だけど、彼女のエピソードは殆ど人間には伝わっていない。役回りが地味すぎてね」
「確か、彼女の登場したエピソードで有名なのが」
「自ら十二神を降りたこと、だろうな」
典晶は彼方に見えるヘスティアを目を細めて見つめる。
ゼウスの妾腹の子である、ディオニュソスが成長したとき、ゼウスは彼に高い地位を与えようとしたが、すでに最高位である十二神の座は埋まっていた。そこで、争いごとを好まないヘスティアは、ディオニュソスに自らの地位を明け渡したのだ。
自由奔放なギリシャ神話の神々において、受動的な彼女は特異な存在であると同時に、男性からの全ての求婚を断り、永遠の処女を貫いていると言われている彼女は、子供を見守るのが好きで、寄る辺のない孤児達の守護者にもなっている。
「ギリシャ神話にしては、珍しく人格者だよな」
「ああ、そうだな」
オレンジを背負ってはいるが、彼女は立派な神だ。典晶は、ヘスティアの素朴な雰囲気に好感が持てた。最も、横に並ぶ素戔嗚は好感以上の別の感情を抱いていそうだが。