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「電気代が気になりますか?」
私の表情から読み取ったように、新藤さんが笑顔を崩さず言葉を続けた。「全館床暖房と聞いて、皆様一番にご心配されるのですが電気代です。しかし床暖房を採用頂けると、エアコンやストーブを使うより三分の一程度の電気料金ですみます」
「どうしてそんなに電気代が安くなるのですか?」
電気代三分の一はありがたい。しっかり話聞いておかないと!
「空調を一定に保つので、余分な電気代が不要になるのです。一番エネルギーを使うのは、暖冷房器具の稼働時にかかります。寒い部屋や暑い部屋を急速に快適にしようとすれば、余分なエネルギーが必要となり、電気代がかかってしまうのです。しかし床暖房なら、温水を循環させているだけですので、特別な手入れや換気も不要です。気密性に優れた弊社ならではの持ち味を生かし、冬はあたたかく、夏は涼しいのが特徴です。換気面では、空気清浄装置がこの建物に内蔵しておりますので、こちらもクリーンな空調で快適にお過ごしいただけます」
新藤さんの話術はとても引き込まれる。
低くよく通る声もイイ。イケメンってそれだけでお得。
他社で聞いた説明は今ので全部霞んでしまった。もうなにも思い出せない。私の脳内の記憶は、全て新藤さんによって上書きされてしまった。
私は坪単価を聞く前から、新藤さんの担当で大栄建設にマイホームを依頼したくなった。
ただ、坪単価は絶対に高いと思う。煉瓦造で、隣のハウスメーカー最大手と同額の見積もりになりそうな気がした。五千万円の家は流石に予算オーバー。無理だけれど……でも、新藤さんを諦めたくない……!
本当はこの時点で坪単価を聞かなければならない。家を建てるか建てられないかの重要な分かれ道。
しかし今すぐ玉砕したくない。本物の爽やかイケメンスーツと喋るチャンスなんて滅多にない。
どうせ一通り回った後で坪単価を聞いてすっぱり諦めなくてはならないのだ。それは理解した上で、もう少しだけスーツ眼鏡を堪能しようと坪単価については触れずに黙っておいたので、そのまま一階の和室、お風呂と併設のサウナ室を案内してもらった。
お風呂が好きだから、家にサウナあったら最高、絶対付けたい、とテンションが上がったけれど、新藤さんに「サウナはお勧めしません」と言われてしまった。
理由を聞くと、同じ大栄建設で働く同僚の方が家を建てられた時、サウナを付けたけれど一度しか使ってないのだそう。
家のサウナは電気出力の制限があるため、銭湯にあるようなサウナには絶対にならないそうだ。想像していたものと違い、利用頻度が皆無になってしまうらしい。
営業マンなら自社物件のいい所を沢山勧めてオプションとして付けさせ、少しでも高い金額で契約をさせた方が良い成績になるのに、新藤さんは顧客の私たちが困らないように教えてくれた。
イケメンで眼鏡とスーツが似合って、更に性格最高なんて――感動しかなかった。
続いて開放的なダークブラウンのアンティーク風な手すりがある階段を上り、二階にあるベッドルーム、音響ルームへ案内してもらった。
音響ルームという響きに一気に私と光貴のテンションが上がった。
いい年してきゃあきゃあ言い合う私たちを見て、新藤さんは、音響ルームが自宅にあるのは素敵ですね、テンションが上がる気持ちは共感できます、と言ってくれた。
めっちゃ神対応! 本当に素敵な人だなぁ。
それにしても…私がここまで一般の人にトキめくなんて珍しい。
大きなバストのせいで嫌な目で男性に見られることが多かったため、男の人は正直に言うと苦手。私が好きなのは『無害な二次元のイケメン』と『RBの白斗』だけ。
白斗は人間ではあるけれど、雲の上の人でアイドルだから一般人ではない。現実社会にあんな男性はいないから。
だから私が人間の男として好きなのは、光貴だけ。
「僕、この音響ルームで秘密部屋作りたいな。なあ、このハウスメーカーにしよう。音響ルームが自宅にあったら最高やん」
光貴が大栄建設が気に入った模様。私も賛成。このまま新藤さんが担当してくれたら文句なしだ。後は坪単価が問題。百万越えは流石に無理。いくら新藤さんが担当でも、音響ルームが作れるのだとしても、無い袖は振れない。
意を決して、坪単価を聞くことにした。
神様、どうか私たちが払える坪単価にして下さい――
「弊社の坪単価は、大体六十万円前後になります。オプションや建てる家の内容によって坪単価が若干変動になりますが、モデルハウス内でご覧頂いた設備も諸々、この値段に含んでおります。明朗会計なのも弊社の強みでございます。ただ、音響ルームを付けられるのでしたら、別途オプションになりますので、料金がご不安なようでしたらお見積もりを取らせて頂きますよ」
六十万円前後!
これなら手がでる範囲だ。
オープンキッチンでカウンターなんかを作りたいと考えていたけれど、私はあまり料理が上手ではないので、この際キッチン周りの妥協で値段を下げて、音響ルームに当てるのはどうかな…? ああっ、希望が膨らむ!
よし、決めた! 大栄建設でお願いしよう!!
「では新藤さん、早速――」
「お客様。大切なお宅作りでございます。音響ルームを気に入って頂いたのは大変光栄ですが、もう少しご検討頂いた結果、それでも良ければ、是非私共にお任せ頂けると幸いでございます」
性急に契約を押し進めようとした私を逆に新藤さんの方が制してくれた。
新藤さん、どこまで営業マンの鏡なんだろう。きっと世の独身女性を虜にしてしまう人なのだろうな。