「ご案内は以上となります。本日は誠にありがとうございました。弊社でもお見積り等、ご希望・ご検討頂けますでしょうか」
「はい。ぜひ宜しくお願い致します!」
「では、こちらへどうぞ」
商談スペースの部屋に案内してもらった。ここはどうやら資料室のように利用されていて、部屋の四面が本棚に囲われているのだ。ダークブランの木製本棚が際立っている。本好きだから、本に囲まれて生活したいと思うような部屋だった。
「恐れ入りますがアンケートのご記入をお願いいたします」
「はい」
受け取ってアンケートに名前などを記入した。
「新藤さん、とても丁寧な説明で良かったです。モデルハウスも素敵で、とても気に入りました」
「お褒め頂き光栄でございます。プランやご予算、詳しいお見積もりを作成して、再度私の方から連絡致します。あと、弊社では家を作る工程の工場見学ができますので、ご興味あれば見学なさいますか?」
「よろしいのですか?」
「はい、勿論でございます。是非いらしてください」
新藤さんが工場見学の案内用紙を出してくれた。
「月に一回、三重県の工場まで行きます。現地で待ち合わせをするのですが、丁度来週の土曜日が工場見学の開催日です。ご予定はいかがでしょうか?」
「あー、それ行きたい! なあ、行こうや」
光貴は音響ルームがかなり気に入ったようで。他の住宅で建設するのは頭にないような勢いだ。ノリノリで催促された。
きっともうここで家建てる気になっているんだろうな。実際私も気に入っているから、他のハウスメーカーを見ようとは思わなくなった。坪単価も予算範囲内だから、新藤さんが担当であること、音響ルームを作成できることには勝てないと思う。
「ありがとうございます。是非、工場見学に参加させてください。よろしくお願いします」
「承知致しました。それでは、こちらの用紙にもご記載をお願い致します」
書類を何枚か挟んだバインダーを光貴が新藤さんから受け取ったが、面倒くさいから書いて、と丸投げされた。
もう。しょうがないなぁ。いつものことだけど。
仕方なく荒井光貴の名前や家の住所を書いた。
家族構成なんかも記載の欄がある。配偶者は有、名前は――荒井律。子供は無しにチェックをつけた。
さきほど渡されたアンケートと一緒にひとつひとつ丁寧に回答した。
できあがった書類を新藤さんに渡した。
「ありがとうございま――」
新藤さんは私が渡した書類を見て笑顔を凍り付かせた。「ありがとうございます」も途中で止まってしまった。いったい、どうしたのだろう。
「新藤さん?」声を掛けた。
「あ……ああ……申し訳ございません。あまりに綺麗な字でございましたので、驚きました」
「ええー、そうですか? クセも酷いですし、あまり綺麗じゃありません」
「いえ。とても綺麗な字です。素晴らしい」
新藤さんは鋭い目線をこちらに向けて笑った。
その笑顔にドキンと心臓が跳ねた。
えっ。どうして鋭い目線を私に送ってくるの?
心臓がやけに、ドキドキとうるさい――
「では、またご案内させていただきます。こちらは先ほどお渡しした名刺と違い、私の携帯番号を書いた名刺になりますので、お持ちください。工場見学の詳しい場所の資料は別途お渡しいたします。現地集合になりますので、遅れないようにお願いします。その時に簡単なお見積りのパターンを作ってお渡しできるように準備しておきます。今後、奥様――律さんにご連絡させていただきますね」
さっきと違う、眼鏡の奥の瞳が鋭いままの彼の笑顔を見つめると、全身が熱くなる気がした。『奥様』ではなくて『律さん』と呼ぶなんて。緊張する。ドキドキが収まらない。
ああ、そうか。
新藤さんはなにかのゲームキャラに似ていて、二次元の世界に引き込まれそうになるからドキドキするんだ。私のツボをピンポイントに押さえるから。
あの鋭い目線がずるい。しかも鬼畜スーツ眼鏡なんて最高すぎる。乙女ゲームに一人はいそうなドSキャラ。王道の癒し系やカワイイ系ではなく、私が一番に攻略してしまう超好みのタイプが、まさに目の前の彼。
まあ、彼とどうにかなるなんてことはありえない。
つまらない妄想はこの辺にしておこう。
いいハウスメーカーが見つかったから、これ以上展示場を回る必要がなくなった。昼飯を食べて自宅へ戻ってゆっくりしよう。
私は新藤さんから様々な書類を受け取り、さっき預かってもらった――もう自分の中では不要になってしまった他のハウスメーカーの重いチラシやパンフレット類――を返却してもらい、集めたスタンプに応じてもらえる景品の小さなサランラップを手にして帰路についた。
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