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両手に花……。いや、両手に獣という凄まじい歩きにくさに耐えつつも、俺達は炭鉱を抜けダンジョンへと足を踏み入れた。
「おーい百八番」
「はいはーい」
軽い返事と共に目の前に現れたのは、ダンジョンの管理人にして精神体である百八番だ。
「「魔族!?」」
「ん? もしかしてお前達には百八番が見えるのか?」
明らかに百八番の方に視線を向け警戒している獣達。
見えている理由は不明だが、元の世界でも動物には人に見えないものも見えるといった噂話はあった。
ならば、話は早い。
「紹介しよう。このダンジョンの管理者の百八番だ。御覧の通り魔族のようだが、敵じゃない。まあ、仲良くやってくれ」
それを聞いた獣達はすぐに警戒を解いた。
俺を信用してくれたのか、警戒するに値しないと思ったのかはわからない。
「百八番。しばらくコイツ等をここで匿う事にした。よろしく頼む」
「了解です。新規登録ですか?」
「……は?」
意味がわからず聞き返す俺に、目が点になる百八番。
「え? ダンジョンに住まわせるんですよね?」
「そうだが……」
「えーっと……。マスターの配下ではなく?」
「人間達に追われているようだから、少しの間だけ匿ってほしいんだが……」
「ああ、そうなんですね。失礼しました。私の勘違いのようで……。了解です。お任せ下さい」
何やら話が噛み合っていなかったが、ようやく理解を示した百八番は自分の胸をドンと叩くと自信たっぷりに答えた。
ダンジョン内での生活に不自由はないはず。食事に関しては自分達でなんとかしてもらう他ないが、空気の循環などの環境維持は百八番が管理してくれている。
しかし、その効果が見込めるのは封印された扉より下層のみ。
「百八番。上層の様子はどうだ?」
「前と特に変わりはないですね。一層目と二層目にはゴブリンとアンデッド化した魔物。三層はオークが少数でしょうか」
「ワダツミ。お前達から見るとゴブリンやオークというのは、どういう認識なんだ?」
「どうと言われても……。敵……としか……。群れでの遭遇なら負けることはないが、相手はこちらを餌としてしか見ていないはずだ」
「そうか……。ならば封印の扉を開けるのは止めたほうがいいな……」
いざという時のために獣達の退路を確保したかったのだが、どうやらそれは難しいようだ。
ならば、護衛として何か呼び出しておこう。
とはいえ、相手はウルフたちを狩ることができる実力者。それも二十人だ。スケルトン程度では意味がない。
「うーん。リビングアーマーでいいか……」
一度使っているという信頼と実績がある。強さも申し分ない。
入れ物である鎧とそれに定着させる魂が別途必要になるが、スケルトンとは違い時間に制限がない。
鎧はこのダンジョンで亡くなった者達の遺品が最下層にある。それを借りれば問題ないはず。
百八番と獣たちを引き連れて、より深くへと潜っていく。
地下七層の大きなホールで獣たちを待たせ、そこから先に進むのは俺と百八番だけだ。
最下層のダンジョンハートが壊されてしまえば俺は死ぬ。それは誰にも言うことの出来ない俺だけの秘密……。
地下八層の玉座の間を通り抜け隠し階段を降りると、最下層のダンジョンハートを横目に侵入者たちの遺品が収めてある部屋へと入った。
「さて……。どれにしようかな……」
ごちゃごちゃと散乱している装備の数々。この中から適当な鎧一式と武器を選ぶのだが……。
「やっぱ、統一感があった方が良いよなぁ」
ぶっちゃけ鎧ならなんでもいいのだが、こういう細かい所に拘ってしまうのは俺の性格なのだ。
立派なコートを着ているのに素足にサンダルとか、靴下が左右別だと、たとえそれが他人であったとしても気になってしまう。
「おっ? この鎧なんかカッコいいんじゃないか?」
黒い光沢の胸部装甲。光の加減で赤くも見えるその鎧は、余計な装飾はなく質実剛健。
シンプルでありながら、冒険者というより魔王の手先が纏っているかのような、そんな禍々しさを感じさせる。
何の金属で出来ているのかは不明だが、思ったよりも軽く、何より色が気に入った。
「あとは武器だが……。これでいいか」
手に取ったのは風の魔剣と言われている物。片刃で細身の刀身に、鳥の翼を模ったような金色の鍔が特徴的。
柄には翠色の宝石のような物が埋め込まれ、見た目は日本刀に酷似している。
性能は定かではないが、一応は魔剣と言われているようだし、それなりの物ではあるだろう。
「イフリートじゃダメなんですか?」
俺の隣で首を傾げる百八番。
言いたいことはわかるのだが……。
「ダメじゃないが、火力があり過ぎてな……」
ここはダンジョンだ。構造上、火災にまで発展する心配はまずない――とはいえ、炎をまとった魔剣の殺傷力はあまりに強すぎる。
ましてや、獣たちが炎を恐れるのは生まれついての本能だ。守るための武器が、その対象を怯えさせてしまっては、本末転倒というほかない。
「【|魂の拘束《ソウルバインド》】」
鎧のパーツを探し出し、魔法書を片手に鎧へ手をかざすと、呼び出した魂がそれに呼応し憑依する。
がしゃりと音を立てて脚甲が一歩前に踏み出し、もう誰もいないはずの空の鎧が、そこに立った。
無機物でありながら、確かに存在する命。だがそれは、かつての人間の姿でも、意思でもない。
ただ、呼び出された魂が“生前とは異なる形”で世界に縫いとめられたにすぎないのだ。
そんな出来立てほやほやのリビングアーマーを引き連れ、皆の待つ七層へと戻った。
「九条殿、これは?」
「これはお前達の護衛だ。名付けて『ボルグ君二号』。敵意のある人間を追い払ってくれるだろう」
「その名は……」
「そうだ。盗賊の首領だったボルグの魂を定着させている」
ワダツミたちの部族は、その名を知っている。ボルグが生きていた頃、騙され操られていたという過去があったからだ。
しかし、ボルグは長老に倒され、魂だけの存在となった。故に今は俺の思うがまま。
天に帰ることすら許されぬ、不遇な魂となり果てたのだ。
「ふん。いい気味だ……」
ワダツミは鼻で笑うと前足でリビングアーマーを引っ掻いた。
借り物なんだから傷付けるんじゃない! ……と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。その気持ちは理解しているつもりだ。
「ひとまずコイツはここのホールに置いておく。大丈夫だとは思うが、何かあったらこの下の八層まで下がってくれ。最悪、ボルグ君二号が倒される前には駆け付けるつもりだ」
「「了解した」」
相手は不法侵入。殺されても文句は言えないだろうが、殺すつもりはない。
現行犯で見つけ次第、出て行ってもらうだけでいい。
冒険者が関わっているならギルドに報告して、お灸を据えてやるだけだ。
「よし。何か進展があればまた来る。……じゃあ帰ろうカガリ」
獣たちに見送られ、帰りはカガリの狐火で炭鉱を抜けた。
「主、何をニヤニヤしているのですか? 気持ち悪いですよ?」
その原因はカガリにあった。
得意げに狐火で辺りを照らすカガリは、何と言うか背伸びをしている子供のようで、どこか微笑ましく見えたのだ。
――――――――――
「ソフィアさん、今大丈夫ですか?」
「あっ、はい。どうかしましたか?」
村へ戻ると、ギルドに顔を出した。時間は午後四時過ぎ。ギルド職員たちは規定の仕事を終え、帰って来る冒険者たちを待っている時間帯。
日が落ち始めれば、その報告作業の処理で忙しくなるだろう前である。
「最近のウルフ狩りの動向とかってわかったりします?」
「え? ウルフ狩りは九条さんに言われた通り、ウチでは扱ってませんけど?」
「あ、いえ、そうではなくて。別の街のギルドとかだとどうなのかなって……」
「うーん……。聞いてみないとなんとも……。ウルフ関係の取引を止めてしまったせいで相場などの情報も入ってきてないんですよね。何かあったんですか?」
「そのウルフたちから相談を受けてですね、どこかの狩人達が結構な規模でウルフ狩りをしているみたいなので、何か原因があるんじゃないかなと……。腕に緑色の布を巻いている集団らしいのですが、何かわかりませんか?」
「え? そうなんですか? でしたら恐らくキャラバンの方々だと思いますが……」
「キャラバン?」
「簡単に申しますと商人と行動を共にする冒険者たちのことです。メリットとしては、普通の依頼とは違い成功失敗にかかわらず報酬が固定されているので安定して稼げますが、途中で得た素材やアイテム等は全て依頼主である商人の取り分となります」
ギルドの規約に載っていたような気がする。確かギルドで所有していないダンジョンなどの攻略で良く使われているとか……。
あまり詳しく読み込んでいないが、何種類かある雇用形態の一つだったはずだ。
俺とソフィアが話し込んでいると、ギルドには徐々に冒険者が増えてくる。
流石にこれ以上ソフィアを独り占めすることはできない。
「キャラバンでしたら本部に問い合わせればわかると思いますが、ちょっとすぐには……。明日の昼頃までで良ければ調べておきましょうか?」
「お忙しいところすいません。よろしくお願いします」
軽く頭を下げ、後ろに並んでいた冒険者に順番を譲る。
明日また来よう。早めに情報を知れた方がいいに決まってはいるが、急いでいるかと言われればそれほどでもない。
ウルフたちがダンジョンにいるのを知られたところで、その入場には俺の許可が必須。ギルドに問い合わせれば、ダンジョンの所有者はすぐに照会できるのだ。
仮に侵入を許したとしても、護衛としてボルグ君二号を配置している。
強さに個体差はあれど、シルバープレート冒険者が複数人は必要と言われているくらいなので大丈夫……。
そう高を括っていたのだが、俺の見込みは甘かった。
――逆の意味で……。