「ん? あれ?」
ネフテリアは思わずミューゼを二度見した。
「……なんで水着?」
海で見続けた大きなリボンの緑ビキニである。しかし今日は海水浴の予定は無く、海からも離れている。しかもこのような事態になる直前までは、服を着て植物園にいたのだ。見張っていた護衛からも脱いだという報告は無い。
不審に思っていると、ミューゼがちょっと赤い顔のままネフテリアに駆け寄ってきた。
「ミューゼって、露出趣味でもあったの?」
「無いよ!? これには深い理由があるの!」
「ミュイイイイ!!」
ネフテリアがお礼ではなく疑問を口にすると、ミューゼと『スラッタル』が怒りの声をあげる。ひたすら気になる状況だが、それを問い詰めている場合ではない。
「くっ、ミューゼが怒った! どうにかして討伐しないと!」
「ちょっと待って逆! あたしこっち! 討伐しないで!?」
『スラッタル』は倒れた身体をゴロンと転がして、ミューゼ達から離れた。体が巨大な分、一気に距離が遠のく。
続いて横から『スラッタル』の顔に向かって黒いモノが急速に伸びた。そのまま『スラッタル』にぶつかり、怯ませる。
「あれはシスの──」
『うおおおおおおおおおおおおおっ!!』
その正体を口にしようとしたネフテリアの言葉を遮り、野太い叫び声と共に2人の男が伸びたモノの上を物凄いスピードで走っていく。それを見た瞬間、ミューゼとネフテリアが顔をしかめた。
「まずはぶちかませ! コーアン!」
「だりゃああああああ!!」
警備隊のケインとコーアンである。走るのに邪魔なコートは脱ぎ捨て、女性用ビキニと純白のワンピース(水着ではない)を惜しげも無く晒している。
コーアンの気合と共にケインは跳び上がり、コーアンはそのまま驚いて振り返る『スラッタル』へと蹴りを繰り出した。
バキャッ
大きな破砕音がしたが、ミューゼ達はそれを気にしている場合ではなかった。なにしろコーアンのワンピースが大きくめくれ、中の膨らんだ純白が見えてしまい、思考が軽く停止している。スカートで猛スピードの跳び蹴りをぶちかましていれば、そうなるのは当たり前である。
しかしこれだけでは終わらない。コーアンは『スラッタル』の顔からジャンプして離れた。そこへ──
「くたばりやがれえええええ!!」
ドゴオォォッ
跳び上がったケインが、『スラッタル』の真上から強烈なパンチをお見舞いした。そのパワーはすさまじく、家よりもずっと大きい巨体が地面となったバルナバへと叩きつけられた。
「うわぁ……」
そんな激しい光景に、我に返ったネフテリアが引いている。ハッキリ言って人の技ではない。
一旦『スラッタル』に着地したケインは、そのまま大きく跳び下がり、ネフテリアとミューゼを護るかのように前方に着地した。
『!?』
「大丈夫かい、お嬢さん方」
漢は背後の2人に対して一瞥だけし、護るように手を広げる。動揺していると気付いたので、多くを語らずその背中で安心させてやろうと思っているのだ。
しかしその男気のある行動によって、2人はさらに動揺した。気づいてしまったのだ。
「ミュミュミュミュ……」
「みみみてない! あたしみてないもん!」
2人がチラチラ視線を向けるその先にあるのは、半ケツ状態となったケインの下半身だった! 激しく動いた為にビキニがずり下がっていたのである!
一応王女という立場上、そこまで異性の身体に対して免疫があるわけではないネフテリアと、年頃の少女であるミューゼにとって、変態のソレは刺激が強すぎた。2人で真っ赤になってオロオロしている。
「よっしゃ! 次で仕留めてやるぜ」
気合を入れ、ケインは腰を落とし、構えた。
それを後ろから見ていた2人は、悲痛な叫びをあげていた。それもその筈、後ろから見たら、半ケツを突き出された状態なのだ。しかも、さらに少しずり下がるのが見えてしまった。
倒れていた『スラッタル』が這いつくばったままネフテリアを睨みつけた時、3人が同時に動いた。
「うおおおおっ!! いっくぜええええ!!」
「あっち行けぇぇ! 【魔渦風】!!」
「きゃあああああ!! 【縫い蔓】!!」
「およおおお!?」
ケインが『スラッタル』に向かって咆哮と共に飛び出した。同時にネフテリアが怒りと共に紫色の竜巻を撃ち出し、ミューゼが悲鳴をあげながら杖を足元に突き立て、沢山のバルナバの実から細い蔓を伸ばし、長く太い1本の蔓としてまとめあげた。その蔓にはなぜか水着姿のパルミラが引っかかっていたりする。
ネフテリアの撃ち出した竜巻が、突撃中のケインを背後から捉えた。
「おおをををっ!?」
「ひゃあああなんでええええ!?」
全力で走っていたケインの勢いが増し、高速回転しながら『スラッタル』へと飛んでいく。その後を蔓が追いかけていく。もちろんパルミラも一緒に。
そしてそのまま弾丸となったケインは、頭から『スラッタル』へと衝突した。
ドッゴオォォォン
「っ!!」
衝突の瞬間、ケインは拳を突き出し、勢いと回転を利用して『スラッタル』の体を大きく砕く事に成功した。
「へっ、さすが王女サマ。いいサポートだぜ」
もちろんネフテリアにサポートのつもりは無い。明らかにケインを撃退するつもりでいた。
砕けた衝撃で巨体はグラリと傾く。しかし頭をフルフルと振り、立ち上がって大きく鳴いた。
今のうちにと、離れて見ているオスルェンシスとツーファンがネフテリアへと駆け寄る。その途中、パルミラの悲鳴が聞こえ、驚いていた。
「ああああああああ!?」
パルミラ、もとい蔓の向かう先は変態。撃退する気満々である。
衝突と共に風から解放されたケインは『スラッタル』から振り落とされ、丁度立ち上がる所だった。そこへ蔓が伸びてきて、ケインを絡めとってしまった。
「うおっ! なんだこりゃ!?」
引き千切ろうとするも、伸縮性のある蔓のせいで、思うように動けない。そのまま蔓に引っ張られ、上空へと釣り上げられた。その長さは『スラッタル』の全長の倍以上まで伸びている。
ケインは上半身に蔓が絡まっている為、下半身で踏ん張り、なんとか蔓から離れようとしている。
その時丁度、激しい蔓の動きに耐えていたパルミラが目を開け、声のする方を見た。見てしまった。足の真下からというローアングル100%の変態を。そして足で踏ん張り腰を激しく動かした際に、少ない三角の布地が蔓に引っかかって千切れて飛んでしまった瞬間を!
何を見ているのか理解し目を見開いたと同時に、その布が乙女の顔に被さった。
「……ぃいいいぎゃああああああああああああああ!?」
年頃の赤い少女による、本日一番の絶叫が響き渡った。
「えっ、なんでパルミラがあんなところに?」
変態に魔法をぶつけて我に返ったネフテリアが、その悲鳴に気が付いた。しかし、錯乱中のミューゼには聞こえていない。
「ぅあああああああっ!」
そのまま杖を振り回すと、その動きに連動して蔓が大きく回転する。そして、その勢いのまま蔓の先端を、破壊された部分をじわじわ再生している『スラッタル』に叩きつけた。
べきゃっ
「ごはぁっ!!」
遠心力による勢いで圧した結果、『スラッタル』が再び倒れた。
さらに、今度こそ間違いなくケインもダメージを負っていた。勢いよくぶつかった時に細い蔓は千切れ、空中へと投げ出される。引っかかっていたパルミラも衝撃で外れていた。
そのままバルナバの実の上へと落下。そこそこの高度から落ちていたが、2人ともかなり頑丈なので怪我は無い。
ボロボロになったケインは目を回して気絶。対してパルミラは涙を流しながら真っ白になっていた。
丁度近くにいたコーアンが、その姿を見て怒りに震えている。
「おのれバケモノ! よくもケインを!」
そのバケモノは何もしていない。犯人は離れた所で涙目になって震えており、王女様に撫でられている。
コーアンはそのまま何も考えずに、『スラッタル』の体を殴打して地道に削り始めた。
「ネフテリア様! どうなったんですか!?」
「あー……まぁ……アハハ」
戻ってきたオスルェンシスとツーファンに、ネフテリアは笑ってごまかすのだった。まぁ、錯乱して助けに来てくれた人を本気でぶっ飛ばしたとか、ちょっと言いづらい。
コーアンが暴れて『スラッタル』を削っているうちに、状況を整理する事にした。
「そういえばミューゼ、植物園で何があったの? なんで貴女とパルミラは水着なの?」
「それがその……──」
ミューゼは手短に植物園での出来事を話した。
「で、総長はアレの事を仮だけど『スラッタル』って呼んでました。グラウレスタにいる動物に似てるって。泣き声も」
「なるほど確かに似てますね」
「それは分かったけど、なんで水着──」
「ピアーニャ総長はどうしたのですか?」
ネフテリアはどうしても水着である事が気になって仕方ないが、それよりも現在重用な質問が被され、しぶしぶ口を紡ぐ。
「総長はしばらくしたらパフィと一緒に来ます。それまでに対処法見つけておけって言われました」
「分かったわ。で、なんで水──」
「ミュイーーッ!!」
今度こそ聞こうと思った矢先、『スラッタル』の咆哮によって邪魔をされてしまった。その声は鋭く、怒りに満ち溢れていた。
そしてコーアンに殴られながらも前屈みになり、尻を高く上げると、尾になっている沢山の太い蔓が、ネフテリアの方向へと伸びていく。
「だからなんでわたくしっ!?」
「【壁】!!」
負けじとネフテリアも怒り叫ぶ。同時にオスルェンシスが前に出て、バルナバの実の下から影を広げた。蔓がぶつかるが、影は物理ではそうそう壊れる事は無い。
今のうちに何か作戦をと思った矢先、影の上で蔓が斬り落とされるのが見えた。
何事かと思い、オスルェンシスが前方の一部だけ壁を消すと、その向こうには植物園でミューゼ達と一緒に戦った者達が立っていた。
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