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エーヴェル 〜 酒場 アポリア亭にて 〜
「やれやれ、風の魔法をあんなふうに扱うとはな。我が弟子ながら大胆なことしよるわい」
「素直に助けてくれてありがとうって言えばいいじゃないですか」
私はもう一度風を起こすと、今度は少し大きめの竜巻を作る。大きな風の刃。咄嗟に思いついた術だが中々いいものが出来上がった気がする。
「チッ! ジャッキーのやつら、失敗したのか!」
「あのクソガキどもなら、今頃道端で伸びてるぞ。私一人にガキ二人とか、舐めてんのか」
両手から放たれた風の刃は、ヒュンヒュンと空気を切り裂くような音を立て、天井と床を激しく傷つけながら店内を飛び回る。散々飛び回った後、それはビヴォの大木のような太い腕に当たり、切り裂いた。ごとっと音を立てて床に落ちるビヴォの腕。切断部分から黒い血がどくどくと流れ出す。
「ひぎゃあああああああ!?」
正直、もっと大きな風の刃を作り出しても良かったのだが、制御ができないため威力を抑えている。殺傷能力は落ちるが十分にダメージは与えられる。
「このまま小間切れ肉にしてやんよ!」
「待て、エーヴェル!」
私の前に手を伸ばし、やめるように視線を飛ばすクロッカー。ここで追撃をやめたらまたビヴォに逃げられてしまうではないかと思った。だが、クロッカーには何か考えがあるらしい。
「……カール、最期にお主に聞きたいことがある」
「なんだ、クロッカー」
何もせず、ただ呆然と私達を見ているカール。やはり、私達の推測は間違っていなかったようだ。現に、こうしてビヴォを挟んで会話をしている時点でグルと見てもいいだろう。
「生き残りは、孤児院の生き残りは何処におる? 痕跡を残すまいと色々細工をしてきたんじゃろう? なら、生き残りは何処にやった?」
「お前の言う生き残りの三人のうち、二人はそこの弟子を襲わせた二人組。もう一人は、少女だったか。俺が保護している」
「保護と言うか、監禁だろ。気色悪い」
「違うぞ、エーヴェル。人質じゃ」
私は目を見開いた。カールが孤児院の生き残りを保護してる、という事はソレすなわち人質、という事だ。
ビヴォとカールは勝ち誇ったようにニタっと笑う。その顔に怒りを覚えた私は、店内に強風でも吹いたのかというぐらいに風の魔法の威力を高める。
「このゲス共が」
「ははははッ! 何とでも言うが良い。タネ明かしはしても切り札は最後までとって置くべきなんだ! 覚えておけ、クロッカーの弟子ぃ!」
「キャキャキャキャッ! ねぇ、カール! 今すぐこいつら全員殺そう!」
切断されたビヴォの腕が陸に上がった魚のように床で跳ねていた。腕は黒い液体状になるとまっすぐビヴォのもとに戻り、再生した。
「くそ……」
「やはり、呪われ人には普通の魔法で攻撃しても無駄か」
ビヴォが拳を握ると、指の隙間にジャグリングボールが挟まっていた。路地裏の時と同じ歯の生えたジャグリングボール……ではなく、真っ黒い球だった。
「さぁ! 僕ちゃんのラスト・ショーの始まりだよぉおおん!!」
ビヴォは黒い球を思いっきり床に叩きつけると店内、いや店全体が闇に呑まれた。体も闇に呑まれ、目の前に暗闇が広がる。これも路地裏の時と同じだ。ビヴォは疎か、近くにいたクロッカーの気配すら感じない。
私は危険だが、明かりをつけようとした。同時にまたライトに照らされる。戻ってきたのだ、ビヴォのあのサーカスに。
「決着をつけよう! クロッカぁあああ!!」
ステージの中央にビヴォとクロッカーが立っている。私は加勢しようと一歩前に出た。
バンッ!!
「……かはッ!?」
一歩前に出たと同時に背後から聞いたことのある発砲音。腹部に痛みを感じて恐る恐る触ると、ビヴォと同じ黒い血が流れていた。黒い血を流しながら後ろに視線を向ける。
「やはり、簡単には死なんか」
銃口から煙の出たライフル銃を持っているカールがいた。人間だったら出血死していただろう。体型によらず銃の腕が立つようだ。
「て、め」
「お前の相手は俺がしてやろう。クロッカー! 弟子が俺に撃ち殺される様をそこから見てろ!」
「カール、お主は勘違いをしている。エーヴェルは儂の弟子じゃ。簡単に殺される事はない」
発砲音と同時に一瞬こちらを見ていたクロッカー。視線を向けたのはその一瞬だけで、今はビヴォを見ている。別に彼が薄情というわけではない。私を一人の弟子として、信用しているのだ。
記憶を失って何年経っただろうか。こうして、誰かに信用されるのは久しぶりだったかもしれない。
「……もっと他に言う事ありません? まぁ、私もまだ死ぬわけには行かないんで。そんなに言うなら相手してやる」
胸から溢れ出る黒い血を止血し、カールと対峙する。この男は普通の人間だ。殺すわけにもいかず、なるべく気絶させる程度にしなければならない。
「やれやれ、私もできるなら生身の人間じゃなくて、ビヴォみたいな魔人と戦いたかったよ」
「化け物が」
弾丸を装填し、再びライフル銃を向けてくるカール。発砲音と同時に私は銃口から逸れて弾丸を交わす。空になった薬莢が床に落ちるとまたしっかりと狙ってくる。
「腕はいいんだな」
「これでも、コンテストで優勝しているぐらいだからなぁ? それ、避けないとまた当たるぞ」
銀でできた弾丸をリロードし、また銃口を向けてきた。
「堕ちるとこまで堕ちたな。これだから人間は嫌いなんだ」
保安官のくせに何食わぬ顔で銃を向けてくるその姿に腹が立った。私は指で輪を作り、大きく息を吹きかける。指の輪を通り抜けた吐息は白い冷気となり、銃口を凍らせた。パキ、パキと銃口からじわじわと凍りついていく。
「く、魔法か!」
カールは自身の指が凍る前に銃から手を離した。ガシャンと音を立てて銃は氷と共に砕け散った。
「風と水の魔法をかけ合わせて作った氷の魔法だ。生憎、あんたの相手をしてるほど余裕がないんだ。大人しく凍っててくれ」
もう一度、氷の魔法を発動させようとすると、暗闇の中から人影がぬるりと出てきた。新手が登場したのかと思い、視線を向けるとなんと出てきた人影は、孤児院で襲ってきた双子の道化師達だった。
「お前達は……」
「やっときたか。ほら、お前たちの役目だろう? こいつを殺せ」
「あ、ぁあ、う?」
双子達は黒焦げの状態だった。ボロボロの体を引きずり、白目を剥きながら声のようで声ではない、うめき声を上げていた。これではまるでゾンビのようだった。
「さっさと動け! アリスがどうなってもいいのか!」
「ぁ、あ」
「ぁ、ひ、ふ」
アリス、という名前に反応する双子達。手には銀のナイフ。双子達はナイフを構えてじわじわとこちらに迫ってくる。
「おいおい……まじかよ」
私は詠唱するために、片手を前に突き出し、双子に向けた。私の本能がこの二人を「殺せ」と叫んでいた。孤児院の時のような小さな雷が手の平に集まる。
「悪く思うな」
「駄目! お願いやめて!」
せめて苦しまずに一撃で葬ってやろうとした時、一人の少女が目の前に現れた。