大森の踊りは、並大抵のものではなく、まさに選ばれたやつの踊りだった。
俺は久しぶりに一人で散歩をすることにした。青空の下で、春のぽかぽかとした陽気に包まれている。
最近、俺らは音楽だけでなく、ダンスを披露することも増えた。俺はダンスなんて本気でやったことはなかったけれど、活動休止期間から必死で練習していた。今までとは違った面でみんなを驚かせてやりたい、と俺らは思っていたのだ。
そして、あいつの才能というものはたぐいまれなるものであった。大森も同じようにダンス初心者であったにも関わらず、彼は持ち前の運動神経と表現力で、どんなに難しい振り付けでも見事に自分のものにしていたのだ。あいつが踊るときのいつもと違う表情、なめらかな動き、生き生きとした目、どれもこれもが俺の心をがっしりと掴んでいた。大森は輝いているのだ。
しかし俺は観客ではない。俺も大森と同じように、踊らないといけない。ダンスの振付師に教わってもらっても、俺はなかなか上達しなかった。このままじゃだめだ、と思えば思うほど、俺のダンスはぎこちなくなった。あいつと並んで踊るときは特にひどい。笑顔も、動きも、何もかもが彼とは違った。
風が吹き、体がふと軽くなった気がした。なぜか、というか自然に、足取りもリズミカルになる。道には誰もいなかった。
踊る気があったわけではないが、俺は今練習しているダンスの振り付けを、何となくしていた。足を交互に動かし、手で顔の輪郭をなぞり、少し右ななめ上を見る。その次は手を顔の前で素早く操り、少し下を向いて、また上を向き、笑顔。そして……
たどたどしい動きだと自分でも思ったが、それでも今までより何か違うと感じていた。一つひとつの振り付けに迷いがなく、堂々と踊ることができているのだ。
俺踊れるじゃないか、というほのかな自信が、俺の動きをより確固なものにし、指先まで力がみなぎる。
俺は大森のまねをしていたのだ。自分が大森になったつもりで、あいつならどう表現するだろう、と考えながら踊っていた。太陽の光が、俺の手と重なる。もうその瞬間、俺は自分が大森なのか、そうじゃないのか、分からなくなりつつある。
次は大森と手を合わせるところだ。右手を天にかかげたら、ひんやりとした雰囲気、気配を肌に感じた。ふいに誰かがハイタッチしてくれた気がした。はっとして横を見ると、俺の隣には大森がいた。いや実際にはいない、いないのだろうけれど、右にいるあいつはこちらをしっかりと見、カラコンとアイシャドウで美しく彩ったその目を伏せて笑い、俺と一緒に踊っていた。
完全に惚れて、天女のようだと感じた、その刹那、
「誰か踊ってるよー!」
無邪気な声が後ろから飛んできた。
「うぇえ!?」
思わずマヌケに叫んで振り返る。少し離れたところで、おそらく学校帰りであろう、ランドセルを背負った小さな子たちが俺をつぶらな瞳で見つめていた。俺が一人で踊っているのを見られていたんだ、と分かるには少々時間を要した。
羞恥心。そのあまり、俺は逆方向に全速力で走った。道の上を蹴って、もうここまで来たら彼らには見えないだろうと分かっていても、逃げ続けた。
ふざけんなよ、お前のせいだよ、と俺は心の中で無責任に責めた。誰をって、俺は今あいつのことしか考えられないからもちろんあいつだ。けれど元貴、元貴が俺にだけ見えていたのなら、他の誰でもない俺だけと踊ってくれたのなら、それはそれで悪くない。
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