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──大きな水色の葉の上で、全力疾走している。それは4体のニンジン。大きなサイズのニンジンが3体と、そのうち1体に抱えられた小さなニンジンが1体である。
時々後ろを気にしながら、ニンジンたちの十数倍はある葉の端まで走り、そのまま隣の葉へと大ジャンプで飛び移っていく。
そんな4体を追うように、植物の蔓が無数に伸びる。もう少しで届く所だったが、何もない空中で弾かれた。それでも追撃を止めず、逃げ続ける4体のニンジンへと迫る。
さらに葉を飛び移り、葉の上に乗っている球状の水の塊を避け、まっすぐに突き進んでくる蔓を右へ左へ避け、時には跳んで身をかわす。蔓は葉を突き破る事が出来ず跳ね返り、さらにニンジン達を追いかける。
やがて葉の端へとたどり着き、次への葉に飛び移ろうとしたその時、突然上から赤い花が伸びてきた。花も蔓と同じく、ニンジン達に比べてかなり大きい。ニンジン達に向いた花は、ゆっくりと花びらを大きく開く。
全力疾走の勢いのまま、蔓や花から逃げるように次の葉へと飛び移ろうとするニンジン達だが、開いた花が回り込むように迫り、ニンジン達をその花びらの中へと……──
ぱくっ、んむんむ……ごくん
「おいしー! ぱひー、おいしー!」
「あらあらうふふ。アリエッタはニンジン大好きなのよ? いい子なのよー、いっぱい食べるのよー」
本日の夕食は、パフィ特性野菜たっぷりクリームシチュー。
アリエッタは美味しいものを食べ、感想をしっかり伝えるという、男としての役目を立派にこなしたと思い、2重の意味で満足気である。
しかし現実は残酷なもので、
「相変わらず可愛いねー。よしよし」
いつものように、女の子としての評価が上がっていた。
ミューゼはクリームシチューに入っているニンジンを突き、掬い、口に入れる。
「美味しいんだけど、リリさんからの差し入れなのが、すっごい微妙だけどね……」
「あー……」
ニンジンはリリによって、大量に渡されたもので、そのすべてが二股になっている。マンドレイクちゃんを連想してしまい、食べ辛い事この上無いようだ。
パフィもニンジンを切る時に、アリエッタが嬉しそうにしていたのを思い出し、何度も何度もためらっていた。
「まぁ、これは食用だから、気にしないようにするのよ」
「だね」
マンドレイクちゃんは食用ではないのだろうか。そんな考えが2人によぎるが、頭を振って考えるのを止めた。
その時、リビングに2人の人物がやってきた。
「済まぬな、邪魔するリムよ」
「(アリエッタ愛でるのに)邪魔だから帰っていいのよ?」
「おおう辛辣っ!」
やってきたのはラッチ、そしてルイルイ。
「仕事終わったの?」
「はい。ついでに食事も終えてきました」
「粘土の粒ガラストッピング、なかなか美味であった」
「今日はサラダに赤い葉をふりかけたから、満足です」
「なんてゆーか、食文化の差が凄いね……」
石を食べるクリエルテス人のラッチと、葉を中心とした植物を好むアイゼレイル人のルイルイ。最近2人はよく一緒にいるようだ。仕事が終わると時々一緒に食事に行ったりもしている。
「パルミラは留守番?」
「うむ。お母さんはネフテリアさまに呼ばれてな。店長達と出かけたリムよ」
「はぁ……まだこの環境に慣れないわ」
「ご近所にも程があるのよ」
合同施設である『エルトフェリア』が完成した日、実はネフテリアとパルミラも引っ越してきていた。その場所は、ネフテリアが手に入れた『エルトフェリア』の敷地内の角。そこには石造りの新築が建っている。
実は『エルトフェリア』と一緒に完成していたのだが、当日はダミーの壁で隠して、みんな疲れ切って気力が無くなった時に、ミューゼ達にお披露目したのだった。
目論見通り、ツッコミを入れる気すら起きず、ミューゼは『明日覚えてろよ……』と捨て台詞を残し、アリエッタと共に帰っていった。その日王族は、一般家庭のように普通の家で過ごした。次の日の朝、オスルェンシスとパルミラに縛られた状態で、ミューゼとパフィにボコボコにされていたのを、たくさんの兵士に目撃されている。
そしてミューゼの家と『エルトフェリア』を繋ぐ渡り廊下を挟んで反対側の角。もう一軒、木造の家が建っている。それはパルミラとラッチの家。
木が最高級品という価値観を持つクリエルテス人にとって、木造の家は憧れの象徴である。当然パルミラとラッチの母娘は全力で飛びついた。
パルミラにはこの家を使う条件として、『エルトフェリア』の警備を任されている。見回りはもちろん、有事の際には現場に駆け付け、店員達を守る役目を請け負ったのだ。
ラッチは娘だからという理由もあるが、仕事が無くて暇なら警備を手伝う事を条件に、一緒に住む事になった。そして、お互いミューゼ達と関わっているという事で話が盛り上がり、フラウリージェ店員のルイルイと仲良くなったのだった。
「今日はアリエッタちゃんに会いに来たのもありますけど、新作が完成したので持ってきたんですよ」
「我も手伝ったリムよ」
「手伝った?」
服を作れないラッチがフラウリージェの手伝いをした事を、不思議に思うミューゼとパフィ。その手伝いとは、変形できる体を活かして服を着せてもらい、子供向けから大人向けまで着た時のバランスを確認できるようにするという、人形の役割だった。
石像などといった物は存在するものの、絵を始めとした美術関連が発達していないので、そういった工芸品自体が珍しい。フラウリージェでもそういった物は入手しておらず、服の出来栄えを見るには試着するしかなかったのだ。しかし、若い女性しかいない店では、体格の種類は限られてくる。
そこへ、クリエルテス人という変幻自在な体の持ち主が現れたのだ。ノエラが必死に頼み込み、餌となる綺麗な石をチラつかせて、時々手伝ってもらうという約束を取り付ける事に成功したのだった。
「あーそれはノエラさん大喜びね」
「新しい鍋を手に入れたようなものなのよ」
「これで今の家に住む権利を、正式に得たも同然リムよ。なんというありがたみ」
「警備兼手伝いなら、もう立派な仕事なのよ」
「本来はシーカーとなって、早々に封印されし我の本当の力を目覚めさせるべきだと思っていたリムが、こういうのも悪くないリムな」
「悪くないんだ……」
アリエッタが着せ替えを嫌がっているのを知っているので、ラッチの反応に少し驚くミューゼ。そう思うなら着せ替え止めてやれよ…と言える人物は、ここには1人もいない。
食事を終えたミューゼ達は、とりあえずルイルイが持ってきた服を試着してみる事にした。
着替えを手伝っている最中に、ルイルイがフラウリージェの話題を出す。
「あ、そうそう。フラウリージェに店員を増やすらしいです」
「へ~、まぁ広くなったし、クリムの手伝いも必要だろうしね」
「新作を着てみたいだけの人とかもいるのよ?」
「そういう人は、大体ネフテリアさまの存在感に負けて、そそくさと帰っていきますね」
「ちゃんと仕事しなかったらヤバいって考えるもんね……」
「王女って凄いのよ。それでも残った人はいるのよ?」
「まだ分かりませんけど、もし続けられる情熱が無かったら、数日もたないだろうって言ってました」
「……そんなに厳しい職場なのよ?」
「アリエッタちゃんの絵と店長の勢いについて行くには、生半可な覚悟じゃ無理ですよ」
「へー……」
そんな話をしているうちに、ミューゼとアリエッタの着替えが終わった。それは少し前にアリエッタが考えていた『アイドルのようなウエイトレス衣装』だった。振り向きざまにチェック柄のプリーツスカートがふわりと翻る。
『か、可愛すぎる』
「あ、パフィ、大丈夫?」
「………………」
パフィは服がはだけた状態のまま口と鼻を押さえ、無言で頷いた。どうやら着替えたアリエッタを直視してしまったようだ。
そんなパフィの様子を見たアリエッタが、真面目な顔で考え始める。
(ぱひーはまだ満足できないのか? 着替えたから褒めてくれると思ったんだけどな。いや待てよ? 今の僕はアイドルと同じ格好。つまりアイドルになればいいのか? 恥ずかしいけど似合うと思うし……やってみるか。もしかしたらミューゼも一緒に褒めてくれるかもしれないし)
満足どころか欲望が噴出しそうになっているが、そういう視線を向けられ慣れていないアリエッタは気づかない。
「みゅーぜ、ぱひー」
『うん?』
2人の名前を呼んで振り向かせてから、くるっとターンしてキメポーズ!
「きらんっ☆」
『おおおおおおっ!』
そんなお茶目なアリエッタに対し、その場にいた大人4人が、一瞬で大興奮。
「アリエッタちゃんかわいいいいい!!」
「すごいすごいよアリエッタちゃん! あーしにもそれ教えてー!」
「もう辛抱たまらんのよありえったああああああ!」
「ちょっと待てパフィ落ち着いて代わりにあたしが飛び込むうううう!」
(おお……なんか本物のアイドルになった気分)
《ちょっと私も見たい! 鏡でチラッと見えただけとか、生殺し過ぎる! アリエッタ! アリエッタ!》
可愛いポーズで虜になった大人達は大騒ぎ。パフィとミューゼに至っては、交互にアリエッタにダイブしては引き戻されるのを繰り返している。
唯一精神世界にいて満足に見ることが出来ないエルツァーレマイアが、羨ましさのあまり1人で大騒ぎしている。しかし、アリエッタは目の前で繰り広げられる大人達のカオスに気を取られ、それどころではないのだ。
(えーっと、まぁ喜んでくれるなら……サービスしちゃえ!)「にひっ♪」
再び可愛いポーズをとって、笑顔を向けると、4人が一瞬固まり……アリエッタに向けて突進した。
「ふぐえっ!?」
「いやあああもうかわいいいいい!!」
「もうムリあたし今すぐアリエッタと結婚するうううう!」
「神だ、コレが神だああああ!」
「むふっクンカクンカクンカぺろぺろぺろぺろすんすんすん」
「ひゃああえええ!? めっ、めーっ!」(アイドルはお触り禁止だよおおお! ちょっと誰、変なトコ触ってるの! やり過ぎたごめんなさあああああい!)
これまで見た事もない『可愛い』姿に打ちのめされた大人達によって、アリエッタはしばらく滅茶苦茶にされてしまうのだった。
流石に今日の所は一緒にいるのが怖くなったアリエッタ。その服のまま『エルトフェリア』にあるクリムの部屋へ逃げていった……のだが、その途中でフラウリージェ店員に見つかり、アリエッタ鑑賞会が始まってしまい、疲れ切った所をクリムに発見され、優しく抱かれて眠りに落ちてしまった。
「今日はもうお開きだし。明日朝連れて行くし、大人しく部屋に戻るし」
『はーい』
「……なんでここにパフィとミューゼまでいるし」
『はぁはぁ…はぁはぁ…』
「………………」
クリムは無言で部屋のドアを閉めた。