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「え、なに、なになに!」


真っ先に反応したのは美咲だった。

いや、美咲以外誰も気づいていない。


「ちょっとまずいかもしれないね」

「え、それってどういう――」

「はぁ、はぁ――す、すまねぇ」

「わりぃ、俺たちは先に逃げるぞー! こんなんリタイアだー!」


1人の男子生徒を取り残して、他の数人は僕たちを通り越して全力疾走で駆け抜けていった。


「そんなに急いでどうしたの?」

「なにごとなにごと」


焦りに焦って、膝に手をついて呼吸を整えている男子生徒に質問を投げかけた。

攻撃に集中してた彩夏と幸恵もさすがに気づいて反応している。


「すまないが、事情を説明している暇はないんだ。だけど、これだけは言っておく。逃げるんだ。じゃあ、忠告はしたからな、わかったか、逃げるんだぞ!」


それだけを言い残して、彼は再び足を動かし始めて走り去っていってしまった。

このあまりにも急な展開すぎて理解に苦しむ状況。

すぐに後を追ってくるような影はない……が。


可能性を考える。

逃走した彼らの様子を察するに、そこら辺のモンスターではない。

それに、対処しきれない数との対峙であったとしたら、すでにその影はみえているはずだけど、それもない。

じゃあ、一体なんだというんだ……。


「なんだかよくわからないけど、志信くん。あの様子だと、もう少しで勝てるよ!」


ソルジャーラットは、攻撃を食らっては仰け反り態勢を変え、攻撃を食らっては仰け反りを繰り返している。

僕は前回あのような姿はみていないけど、美咲がそういうならばそうなのだろう。

彼の言葉が気掛かりではあるけれど、ソルジャーラットを先に倒してしまえば、きっと対処できるだろう。


――――音が聞こえた。


ドン、ドン、という聞き馴れない音。

だけどその音は、一度、二度と聞こえ、確実にこちらに向かってくる。

得体の知れない不安を確認しようと、振り返ると……。


「なっ⁉」


そこには、どうやっても見間違えるはずのないほど大きく、白銀の毛皮に身を包んだモンスターがいた。

二足歩行のそれは、優に見上げるほどの身長――僕の身長と同じぐらいの一振りの剣をショルダープレートに乗せている。

隆起した筋肉、長細い顔立ちに前面に出ている鼻と牙。

僕は、その鼠のような容姿に見覚えがあった。その名は――。


――レンジャーラット。


学生……いや、ダンジョンに挑む者なら必ず通る最初の関門。

つまりそれが意味するのは、そう――階層ボス。

通常ならボス専用の階層があって、そこにしかいないようなモンスター。


「今度はどうしたの志信くん? ……え……なにあれ……」


常に近い距離にいる美咲は振り返ると同時に、あれを見てしまったようだ。


「美咲、落ち着いてきいて。あのモンスターは、この状況において絶望的なモンスターで、このままだと僕たちは全滅する」

「う、うん」

「後からみんなに伝えてほしい。僕があいつの足止めをするから、その間にソルジャーラットを討伐してほしい。そしたら、彩夏と幸恵に足止めを頼んで、撤退。――頼んじゃっていい……かな」


突発的な状況ではある。

そして、あのモンスターが今までと違うというのは、きっと誰がみても一目瞭然。

そんな状況で、1人で行くということの危険性なんて誰でもわかる。

だけど、今の戦況で動けるのは僕1人……。


「わかった。私、信じるよ」

「……ありがとう。じゃあ、行くね」


と、踵を返して足を進めようとしたときだった。

右手の服の裾を掴まれた感覚に、半身を返しすと、


「大丈夫……なんだよね……? 前回みたいに、なっちゃわないよ……ね?」


その手は、細かく震えていて、その目には薄っすらと光るものがあった。


「今回は一対一、絶対に油断しない。必ずみんなで撤退しよう」

「……わかった。うん、わかったよ」


離した手をグッと握り胸に当て、美咲はそう言った。

そして、不安が残るような顔はそこにはなく、希望に満ちた顔だけがそこにはあった。


――今度こそ、出番だ。


前回の失敗を繰り返すわけにはいかない。

1人でなんとかなると思うな。仲間を信じるんだ。

僕は1人じゃない。みんなと――パーティで戦ってるんだ。


――集中しろ、行くぞ。

転校から始まる支援強化魔法術師の成り上がり

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