コメント
0件
安全地帯とはダンジョンに幾つか点在する、モンスターが寄り付かない場所であり、休憩所として利用することができる場所である。
そこへ向かうため、ミノタウロスを持ち上げて両手が塞がっている氷室から地図を受け取った輝夜は、先頭を歩いて安全地帯へと向かう。
しかし、洞窟内は景色がほとんど変わらず、同じような道が続いているため、地図を見ながらでも道を間違えてしまう。
そのためか、輝夜たちはいつの間にかルートを逸れてしまい、知らず知らずの内にダンジョンの奥へと進んでいってしまった。
《安全地帯に行くはずでは?》
《モンスターの数どんどん増えてね?》
《というかこれモンスターファームだろ》
「なぁ、なんかおかしないか?」
「……ソンナコトナイヨ」
彼女達がそれに気づいた時には、既にかなり深い所まで来てしまっていた時だった。
「せやったら、なんでこないぎょーさん変な機械が襲ってくるんや!」
襲いかかってくる飛行タイプのモンスターを迎撃する輝夜に、氷室はそう叫んだ。
「敵が襲ってくるって事は、正しい道順って事だよ」
トンボのような見た目をし、六本の足の先に鋭利な鉤爪を有する、六十センチ程の大きさのモンスターを次々と撃ち落としていきながら、輝夜はそう答える。
「それは奥へ向かう時の理論やろ!」
「しょうがないじゃん、似たような道ばかりで紛らわしいんだ。それに氷室だって何も言わなかったじゃないか」
「ワイが悪い言うんか!?」
このままでは埒が明かないと思った氷室は、ミノタウロスの死体を置くと、刀を抜いて参戦する。
お互いに自分は悪くないと責任の押し付け合いをしながら、各々で迫りくるトンボを処理していく。二人で戦ってはいるものの、そこには連携や協力といったものは一切ない。
『あんたら仲いいわね』
「「どこが!?」」
クスッと笑ってそう言うナディの言葉に、ふたりは即座に互いを指さして、今にも相手に噛みつかんばかりの勢いでそう答える。
圧倒的な数的不利な状況にもかかわらず、二人は一切共闘する素振りを見せずに各々で好き勝手に戦う。通常であれば、数に押されてやがては全滅するところだが、二人の戦闘能力は卓越しており、敵に囲まれないよう上手く立ち回り敵を殲滅していく。
《思ってたのと違う……》
《息ピッタリではあるんだよな》
《もっと高度な連携が見れると思ったんだけど……》
〈勉強になると思ってたんだが、まったく参考にならない〉
《パーティーというか、ただ猛者が二人いるだけだこれ》
(とはいえ、この嬢ちゃん何者や)
輝夜の戦いを視界の端で見た氷室は彼女の戦闘力の高さに驚いた。
襲いかかってきたモンスターの頭を銃床で殴って気絶させ、羽を掴んで別の個体の頭めがけて投げる。そして複数体をまとめて撃ち抜く。
一見大雑把に見えて、一発で効率よくモンスターを倒していく姿に氷室は感心する。
「これで終わりっと、さて先に進もうか」
最後の一体を倒した輝夜は、拳銃をホルスターにしまいながらそう言う。
「待て待て、次は俺が先頭を歩く」
氷室は先を進もうとする輝夜を慌てて引き止める。
『輝夜ってば方向音痴ねぇ』
「わかったよ」
《妥当な判断》
《まあ、そりゃそうやな》
《こればかりは仕方ない》
ナディにハッキリと言われた輝夜は、複雑そうな表情で拗ねたように唇を尖らせながらも氷室に先頭を譲り、彼の代わりにミノタウロスを持ち上げて運ぶ。
だが、先頭を歩くと自信満々に言い放った氷室だが、彼は方向音痴である。
加えて、すでに迷っているため今居る場所が何処なのかもわからない。
一度、来た道を戻れば良いものの、氷室はなぜかそうせずに勘を便りに先へと進む。
更に奥に奥にと進んでいれば、当然行きつく先は最深部。
「ねぇねぇ、なんでこんなに敵が出てくるのかな?」
「……正しい道順やからや」
人間のように動き回る骸骨。
スケルトンと呼ばれるモンスターを、刀の峰で砕きながらそう言う氷室。
《もう一回聞くけど、安全地帯に行くはずでは?》
《モンスターファームとかいう安全とは程遠い所に来てるな》
《二連続モンスターファームって確率やばいな》
《この二人が居ればそこが安全地帯ではあるか……》
輝夜はミノタウロスを置くと、ブーストで身体能力を向上させ、素手でスケルトンを殴り飛ばし、骨を踏みつけて粉々に砕く。
スケルトンは骨を砕かねば何度でも元に戻るため、弾丸で倒すよりも素手で砕く方が効率が良い。
《ゴブリンリーダーの時から思ってたけど、体術もかなりのものよな?》
《格闘家でガンマンで回復のできる妖精を使役するテイマーで……冷静に考えてヤバいよな》
《どれか一つでも十分に食っていけるし、なんなら回復魔法ある時点で、医療系で一生仕事に困らない》
《前衛、後衛、ヒーラー全部できる》
《なにそのぶっ壊れキャラ》
『あら? これスケルトンじゃないわね』
輝夜たちに迫るスケルトンを見たナディは、ふとそう呟く。
「どういうこと?」
『多分こっちの世界で手に入れた骸骨に魔法かスキルか遺物かはわからないけど、それで操ってるだけ……言ってしまえばただの骨ね』
輝夜が聞き返すと、ナディは淡々とそう説明する。
《さらっととんでもない事言った?》
《もしそれが本当なら、ガチの犯罪じゃね?》
《犯罪かどうかはわからんけど……》
〈なんだい? どういうことだ?〉
《〈このスケルトンは、誰かが骨に魔法かスキルか使って操ってるものらしい〉》
〈ジーザス……なんてことを……〉
「なんでわかるの?」
『スケルトンはそもそも生き物を襲ったりしないわ。肉を求める習性があるから、結果的に襲ってるだけ。なのにそこのミノタウロスには目もくれないでしょ』
ナディの言う通り、スケルトン達はミノタウロスには目もくれず、しかし、輝夜達には明確な敵意を向けて襲いかかってきている。その行動の全てがスケルトンの本来あるべきものとはかけ離れている。
《マジか……スケルトンって習性とかあったんや……》
《ナディちゃん、何をどこまで知ってるんだろ》
〈スケルトンの習性について具体的にご教授いただきたいです〉
〈使用されている武器はMATEBA modello 2006Mの4インチでしょうか?取り回しが難しいと思うのですが、なにか特別な方法があるのですか?〉
〈他にもモンスターの習性など聞きたいことが多くあるのですが、質問コーナーなどやっては頂けませんか?〉
《さっきから海外勢がすごいな》
「おい輝夜、さっきのどういうことや」
戦闘が終わるや否や、眉間にシワを寄せた氷室が輝夜に詰め寄る。
「何が?」
「今言うとったことや」
氷室は輝夜の胸ぐらを掴んでそう詰め寄る。体格差があるため、輝夜の体が少し浮き、シャツのボタンが外れて胸が露になる。
「わかったから、放してよ」
とんだ地獄耳だと思いながら、輝夜は降参したとばかりに両手を挙げてそう言う。
そして乱れた服装整えながら、ナディから聞いた話をそのまま説明する。
「つまり、この骸骨を操っとる奴が近くにおるっちゅーこっちゃな」
話を聞いた輝夜はタバコを咥えて火をつける。少しは冷静になったのだろうが、それでも拳を強く握って怒りを滲ませる。
「亡くなって安らかに眠っとる人間になめた真似しよってからに……」
「怒る気持ちはわかるよ。実際にいい気分じゃないけどさ、あんまり深く考えない方がいいよ」
ダンジョン内は危険が多い。頭に血が上り、感情的になる事は命に関わる。
「……せやな。すまん、冷静さを欠いてたわ」
氷室はタバコを吸い、ため息と共に煙を吐き出すと、輝夜に頭を下げる。
輝夜は肩を竦めて答える。
それから氷室がタバコを吸い終わるのを待ってから、二人はさらにダンジョンの奥へと進んでいく。
しばらく歩いていると、少し開けた場所に出る。その奥には重厚な扉がそびえており、その扉の前に黒のローブを纏い、フードを目深に被った一人の男が立っていた。
「ん? ほう、まさかもうハンターが来るとはな。ハンターにも優秀な人間は居るらしいな」
「なんやお前」
氷室は輝夜とナディの前に立ち、男に向かってそう尋ねる。
「ネクロマンス・ザ・リッパー。それがあの御方に賜りし我が名称」
「ネクロマンス……ということは、なるほどお前か!」
男の名を聞いた氷室は目の前の人物がスケルトンを操っている黒幕だと気付くや否や、ひび割れる程の力で地面を蹴り、男に肉薄すると刀を抜いて斬りかかる。
「凄まじい敵意だな。私の手駒の中に知り合いでも居たかね?」
しかし、刀は男に届いておらず、三体のスケルトンによって防がれる。
《こいつ、指名手配の奴じゃね?》
《言われてみれば……》
《なにした奴?》
《大量殺人者だよ。二年くらい前に殺した人間の皮と肉を削いで骨だけ抜き取るっていう事件の犯人》
《じゃあ、あのスケルトンって》
《多分そう》
「地面から生えてきた?」
輝夜は呟くようにそう言う。
ついさっきまで、スケルトンは何処にも見当たらなかった。氷室の攻撃を受ける直前、リッパーの影からゾンビが現れて彼を守った。
「アホか。仮に居ったとしても、骨で判断つくわけあるかいボケ」
刀を鞘に戻し距離を取る氷室。
それとすれ違うように、氷室の体のすぐそばを、弾丸が横切る。
人体を容易く粉砕するほどの威力の弾丸は、スケルトンの壁を容易く突き抜ける。
しかし、弾丸がリッパーに届くことはない。彼の影が動き、主を守るかのように広がり、弾丸は影に飲み込まれ跡形もなく消え去る。
「弾もタダではない。お返ししよう」
影から輝夜の撃ち込んだ弾丸が、そのままの速度で撃ちだされる。
輝夜は咄嗟にその場を飛び退いて弾丸を回避する。
「なんやそれ?」
「これぞ、あの御方か授かりし神の奇跡」
輝夜は影で死角ができている所に滑り込み、スケルトンと影の隙間から右肩を狙って撃ち抜くが、弾丸が届くよりも早く影が動いて弾丸を飲み込み、そのまま撃ち返す。
輝夜はそれを横に転がるようにして避ける。
「神の奇跡に小細工など無駄だ」
輝夜の方向に目を向けてそう言うリッパー。
「なるほど遺物ね」
「ご明察」
輝夜の言葉に、リッパーはニヤリと笑みを浮かべて懐から深紫色の宝石がついた黒色のスタッフを取り出す。
「そういや、遺物を狙う異常殺戮者の集まりがあったな」
氷室はプロハンターとしての権限で、昔に閲覧した極秘資料の中にあった名前を思い出す。
「メンバーは体の何処かにムカデの刺青があることから、百足旅団と呼ばれる犯罪シンジケート」
《都市伝説じゃないんだ》
《機密情報を漏らさないでください氷室先輩!》
《機密情報なのか……》
《スケルトンの習性やら、機密情報やら、さっきからとんでもない情報がポンポン出てくる》
「ほう、よく知っているな」
リッパーは服の袖を捲り、腕に掘られたムカデの刺青を見せつける。
「お前らの目的は何や?」
「我らが使命は秘密裏に遺物を回収し、その力を正しくつかうことにある」
《秘密裏に(配信に映りこみながら)》
《秘密裏に動いてるのに、顔すら隠さないのか》
《ガチでヤバい連中の筈なのに、ただのポンコツオジサンにしか見えない》
「いずれ全世界が知ることになるだろう、我らの存在を」
《もう知ってます》
《いずれ(今)》
《本人は至ってマジだし、実際にクソヤバい集団ではあるんだけど……》
《百万人以上が見てるからな……》
《口を開く度に中二さが増すな》
「そして我らの力によって愚者を導き、新たなる世界を作る!」
《そうほざいてる奴が、今のところ一番の愚者なんだよな》
《もうダメだ。笑いを堪えられない》
《配信してるってわかったらどんな顔するんだろう》
《同接百万人だし、百足旅団のメンバーも見てるんじゃね?》
《百足旅団さんへ、ねぇ今どんな気持ち?》