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数日後────…
僕は今、太齋さんの家にお邪魔している
リビングのソファに二人並んで腰かける
「今日でお試し期間、終わりじゃないですか」
「うん、答え出した…ってLINEでは言ってたけど、聞かせてもらえる?」
そう聞かれ、僕は一呼吸置いてから口を開いた。
「答えは、付き合いたい…なんですけど、正直、付き合わない方がいいんじゃないかなってのも思うんです」
「……随分曖昧だけど…それは理由とか、あるなら聞いてもいい?」
「…その……僕、太齋さんのことは好きです。」
「でも…太齋さんと僕みたいなのじゃやっぱり…ダメなんじゃないかって、思ってしまって、自信が持てないんです」
両手を拳にして、行き場のない鬱々しさを吐き出すように自分の服の裾をシワが付くぐらいぎゅうっと握る。
支離滅裂な独白に、彼は表情ひとつ変えず、真剣な顔で聞いてくる。
「こんなこと聞くのはアレなんだけどさ、やっぱこの間の元カレが言ってたことが関係してる感じ?」
図星をつかれては、頷く他なかった。
「デリケートな問題だろうし追求はしないけど、どうして自分じゃダメだとか思っちゃったの…?」
そんな、いつもの太齋さんの大人の余裕や優しさも
今は容易く受け入れられそうにはなくて、太齋さんの顔も見れずに俯いてしまう。
「…だって、嫌じゃないですか、好きな人がこんなって…汚れてるやつなんか───」
「いや、ひろくんは穢れてなんかないでしょ」
僕のネガティブな言葉を遮ったのは、太齋さんの強い語気で、酷く優しい低音だった。
驚いて、俯いていた顔を上げれば、そこには切羽詰まったような顔をした太齋さんがいて。
「……っ…|あの人《浜崎》と再会してから、ずっと頭がぐるぐるしてるんです」
「…太齋さんと付き合いたいと思っているはずなのに、好きなのに、恋人になるって、そういうこともするわけで…彼との嫌な思い出が脳裏に浮かんできて…」
「どうしたら、どうすれば、いいのか……」
何を言えば良いのかとか
何が言いたかったのかとか
そんなのは全部抜け落ちて
ただただ思ったことを口にしていた。
「ひろくん、ちょっとおいで」
名前を優しく呼びかけられて、横を振り向いてみれば、僕に向けて手を広げる太齋さんがいて。
ん、とだけ言ってきて、僕は素直に太齋さんの腕の中に収まった。
一応今、座ったままバックハグをされているような状態なわけで、すごく暖かい。
そうして耳元で囁かれるような距離で、告げられた。
「抱き合うとかそういうことはさ、ゆっくりでいいんじゃない?」
「えっ…?」
思わず顔だけで太齋さんの方に振り返り、聞き返すと、太齋さんは微笑してから言った。
「そりゃーさ、今すぐひろくんとエッチなことしたいとか思ってるわけじゃない、って言ったらウソになるけど…好きな子が嫌がることを強要させんのって違うじゃん?」
「強要…」
「そ、恋人なら尚更ね」
「太齋さんは、僕に無理やりすることも、なさそうです…もんね」
「…当たり前でしょ、そんな道具みたいな扱い」
太齋さんの言葉は、僕を本当に大切にしてくれているんだということが伝わってくるから
「……っ」
素直に飲み込めた。
「…太齋さん」
「ん?」
「…その、ありがとうございます」
「普通のことだって、恋人ってそういうもんでしょ」
「それで、ひろくんは、どうしたい…?」
「付き合いたい、です……」
太齋さんの方に振り向いてそう言うと、互いの唇が触れそうな距離まで顔を近づきそうになるから、太齋さんの口に自分の手を添えてガードする。
「きゃ、キャパオーバーしそうで…ちょっと一旦離してもらっても…?」
すると手を退かされて、彼は意地悪く口角を上げる。
「だーめ、なに恋人ほったらかして逃げようとしてんのー?」
「ぐ……っ、は、恥ずかしいんですけど、この状態が続くの…」
「ええ、こんなんで恥ずかしがっててどーすんの。これから先もっとやばいことするんだよ?」
「へ?や、やばいことって…?」
「ひろくんにバニーボーイでもしてもらおっかなぁって」
「なっ…!な、なななな……っ?!絶っ対に嫌ですよ?!」
「あははっ、照れてるひろくん茹でダコみたいで可愛い~」
(…なんか、太齋さんといつもみたいに話してたら、悩んでたのが馬鹿らしくなってきたかも)
本当に太齋さんって、凄い。
さっきまでの重たい空気を一瞬にして変えてくれた。
「全く…太齋さんといると、なんだか悩んでたのがちっぽけに感じちゃいましたよ」
「そ?軽くなったんならよかったかな」と、こうなることを見越していたかのように。
すると、突然とある提案をしてきた。
「そうだ、せっかくなら俺とリハビリしない?」
「リハビリ…ですか?」
「そ、最終的にえっちが出来るようになるまで」
「触れる場所とか時間増やしてって慣らしてかない?ってこと」
「それなら…僕でもできそうです」
「うん、じゃ決まりね」
そんな太齋さんを見てるとやっぱり胸がきゅうっとなって、思わず甘えたくなってしまう。
でも今は我慢
今抱きついたら絶対離れられなくなるし……
「ひろくん?どしたの?」と不思議そうに聞いてくるから僕は慌ててなんでもないです!と返した。
すると思いついたように太齋さんが言う。
「せっかくだし、付き合えた記念日に今日俺ん家泊まってかない?」
「え、いやでも明日も大学…って、あ、明日から冬休みか…!」
「うん。それに、今日クリスマスイブだよ」
「あ、そういえば……すっかり忘れてました」
「もぉ~、ひろくんってば。…でもまぁそういうことならクリスマス2日間は俺と2人きりで過ごそーよ」
「えっでも、お店の方はいいんですか?クリスマスとか絶対お客さん多い日ですよね…?」
「あーそれなら心配いらないよ、クリスマス当日には店開けるの午前中のみにしてるから」
「い、いつの間に…でも、それなら、お言葉に甘えて……」
「ん、決まりね~、晩飯どーする?ピザとか頼む?」
「いいですね!あと僕もお金出すので定番のチキンとかも食べましょ!」
「おっけー、じゃあスマホで注文しちゃおっか」
そんなこんなで、太齋さんの家に泊まることになった。
18時頃には届いたピザやチキン、ケーキなんかもテーブルに並べて、2人で食卓を囲む。
マルゲリータを一切れ手に取り、頬張る。
……うん、めちゃくちゃ美味しい。
そんな僕を見た太齋さんもピザに手を伸ばして、もぐもぐと咀嚼し、美味しそうに飲み込んだ。
太齋さんの家はマンションの最上階だからか、ベランダから見える夜景がすごく綺麗だった。
その景色を眺めながら2人で他愛もない話をして、笑い合う。
こんな時間が本当に幸せで、ずっと続けばいいな……なんて思ってしまったりもして。
食事を終えて、少し休憩してからお風呂を頂いた。
数分後──…
「お風呂ありがとうございました」と、リビングのドアを開けながら言うと「あ、上がった?」と返ってきて
太齋さんの方まで歩いていくと「髪乾かそっか?」と言われたので、せっかくなのでお願いすることにした。
太齋さんはドライヤーを手にし、コンセントを挿す。
「やっぱひろくんの髪乾かすのは俺じゃなきゃね~」
「ふっ…なんですかそれ」
「ほら、ここおいで」
僕は大人しく太齋さんの座るソファの前に背を向けて座った。
ドライヤーの温かさと太齋さんの大きな手で髪を撫でるように触られる。
髪を乾かしてもらっているだけ
それだけで、わしゃわしゃと頭を撫でられているみたいで心地良い。
好きな人に触られるというのは、こうも気持ちの良いものなのか…と、アロマみたいな癒し効果さえ感じる。
数十分してドライヤーの音が止まり、「はい、ひろくん終わったよ」と声をかけられて、髪を触る。
「太齋さんのおかげでサラサラ…ありがとうございます!」
お礼を言うと満足そうに微笑みながら僕の頭を優しく撫でてくれた。
髪を乾かし終わると、2人でソファに座ってテレビゲームをすることにした。
「うわ、懐かしい!太齋さんってこんなにゲーム持ってたんですね…!」
テレビの下のテーブルの引き出しから、小学生の頃によくやっていたようなゲーム機やソフトが姿を表した。
「まぁね、母親が出てってからはずーっとショコラティエの勉強して、その合間にバイト代でゲーム買いまくってたからねー」
「じゃあこれやりましょ!二人でやったら絶対楽しいですよ」
それから2時間ほど
カチャカチャ煩いぐらいにコントローラーの動きが激しくなる戦闘ものなど、パーティゲームなどをして泣き言行ったり叫んだり笑って楽しんだ。
そして気づけば時計の針が22時を回っていたので、ゲーム機を片付けてそろそろ寝ることに。
そのとき、太齋さんが思い出したように言う。
「ひろくん、ベッド1つしかないけどいい?」
「えっ…!ふ、二人で寝るってことですか…?」
「うん、警戒してんの?」
「あ……っ、いやっ、そいうんじゃなくて…狭くないですか……?」
「大丈夫だって。ひろくんちっちゃいし」
「ま、またそうやって子供扱いする……!」
「あははっ、ごめんごめん。けど今日は本当に普通に寝るだけだし、気楽にしてていいよ」
そう言って寝室に案内されると、そこはベッドが1つとサイドテーブルがあるだけのシンプルな部屋だった。
先に太齋さんがベッドに上がり、掛け布団を捲ってくれる。
もそもそとベッドに上がり、布団を肩まで一緒に被ると、太齋さんが近くのスイッチで部屋の照明を消した。
太齋さんの方を向いて横になると、お互いの鼻がくっつきそうなぐらい近くて、びっくりしてサッと太齋さんの方に背を向けた。
「なんでそっち向くの?こっち見てよ」
太齋さんに肩を掴まれ、体を反転させられると、目の前には悪戯に笑う好きな人の顔があって
こうなるって見越してた?なんて勘すら働く。
「キスできちゃいそうなぐらい近くて…恥ずかしいっていうか…っ」
言葉にするだけでも恥ずかしくなって太齋さんとまともに目を合わせることが出来なくて
目のやり場に困った結果、手で顔を覆い隠してしまった。
するとその手を退けられた挙句、自分の指を僕の指の間に絡めてきて
太齋さんと僕の間に恋人繋ぎされた手が見えて
今までこんなことを「彼氏」とした記憶が無い僕にとって、照れるなという方が無理な話だった。
「…キスはまだしない。でも、ひろくんの手ぐらいは触れてたい。…それも嫌?」
普段、絶対に見ることのない、大人っぽくもあり、色気のある太齋さんの声色と表情に
心臓がバクバクと音を立てる。
でもそれでいて、心地よいのも確かだった。
「嫌、じゃないです…」
そう答えると、太齋さんは僕の手に指を絡ませたまま
それをいきなり自分の口元まで持っていって
ちょこんと軽く触れるぐらいのキスを落としてきた。
驚いて太齋さんの方を見ると、してやったりといった顔で笑いながら
「やっぱりひろくんの手、綺麗」
「…っ、な…っ、え…え、っ」
そんな僕の反応を見て、太齋さんはくすくす笑う。
「き、急になにし…っ、キスしないって言ったのに、不意打ちとか……!」
そう言って太齋さんの手を振り払って、いつもの太齋さんのペースに乗らされて、反発する。
「だって手にキスしないとは言ってないじゃん?」
「へ、屁理屈…っ!!」
「あはは、ひろくん顔真っ赤だよ?」
太齋さんは僕の反応を見て楽しんでるみたいで、なんだか悔しくて。
「もう、太齋さんなんて知りません!」
そう言って布団を奪い取って、太齋さんにまた背を向ける形で潜り込むと
太齋さんも布団に入ってきて、ベッドがギシッと音を立てる。
そして後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「…ひっつかれてたら寝られないんですけど…?」
「ね~ひろくん、こっち向いてよ」
「もう僕寝ますから…」
「…ふーん?」
耳元で囁かれる声に体がビクッとして、布団を捲りあげる。
そうして太齋さんの方を向いて言う。
「人の耳元でやめてくれません…っ?!ほんっと心臓に悪い…」
「いや、ひろくんが可愛いからつい」
「つい、じゃないですよ!もう!」
また太齋さんの調子に乗せられてる、と自覚し
「ごめんって」と言いながらクスッと笑う太齋さんを見れば、なんだかこっちも釣られて笑ってしまう。
「太齋さんらしいですけど…全く」
笑って許してしまう僕は、存外チョロいものだ。
……
太齋さんの体温が心地よくて、気付けばそのまま眠りに落ちていった。
翌朝
目が覚めると、太齋さんはもう起きてたようでリビングの方から物音が聞こえた。
「ん~っ……」
「あれ……朝…今何時っていうか、ここは…」
(あぁ、そういえば太齋さんの家に泊まったんだっけ…)
部屋に置かれたアナログ時計を見ると、時刻は既に昼の12時だった。
「ね、寝すぎた?!」
隣を確認するが、太齋さんが寝ていた場所は蛻の殻となっており
もう先に起きてるのかなと思って
ベッドから降りて急いでリビングへと向かった。
すると、暖かそうなニット服姿で、珍しくメガネをかけ、ソファでコーヒーを飲んでいる太齋さんが目に入った。
「あ、ひろくん起きた?」
僕に気付いた太齋さんの方に近づいてみると、まるでこれからどこかに出かけるような格好をしていた。
「あ、おはようございます…っていうか、太齋さんどこか出かけるんですか…?」
「ん?俺じゃなくて、俺とひろくんでクリスマスデートすんだよ」