コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「それで?何でお前はここにいる?遊ぶなら母屋の辺りで遊びなさい」
北斗が笑って椅子の背にぐっと寄りかかり、後頭部で手を組む、う~んと長い事務仕事で凝った背筋を伸ばす
明がハリボーグミをくちゃくちゃ食べながら北斗にクリーム色の便せんを突き出した
「あ・・アリスから手紙・・・ほ・・北斗にって・・・ 」
途端に北斗が頭の後ろで組んでいた手をほどき、真っ青になった
アリスが手紙?
この俺に?
途端に北斗の心は一気に沈んだ、彼女が手紙を書いてくる目的はひとつしかない
彼女はきっと実家に帰るという手紙を、送ってよこしたに違いない
でも、それもいいのかもしれない、彼女に真実を知られて軽蔑されて、背を向けられるより
アリスと面と向き合って自分の欠点を理解してもらい、それでも彼女が辛抱強く接してくれたらと願い
もし、こんな自分でもこれからも一緒にいたいと思ってくれるなら
北斗は一生彼女を大切にし、魂を捧げるだろうと思っていたのに、それはやはりとても儚い願いだった
でも仕方がないことかもしれない
意思の疎通が出来ず、何を問いかけても、何も言わずムッツリ黙っている夫なんて、自分が女性の立場に立ってもそうとう不気味だ
彼女に愛想をつかされ拒絶されるのはとても辛い・・・辛いけど受け入れるしかない・・・
北斗は深呼吸をすると、ペーパーナイフを取り上げ封を切り、一枚の紙を引き出して目を走らせた
「・・・・・・・・」
読み終わった後、北斗はろくに息もせずアリスの便箋をずいぶんと長い間、そこにじっと立って見つめていた
「北斗?アリスなんて?」
明が口いっぱいにグミを頬張って北斗に聞く
それからようやく、牛の鳴き声に反応したのか、何かのせいでふいに我に返った
そして即座に事務机に座って、引き出しから一枚便せんを取り出した
そして明にこう言った
「アキ・・・・
彼女に返事を書くからそこで待っていてくれ」
::.*゜:.
アリスは北斗の家の庭で、主のように生えているミモザの木の下に立っていた
たった今、自分に北斗からの返事を持ってきてくれた明は、野生のウサギを見つけたと言って、さっさとどこかへ行ってしまった
ミモザは黄色く丸いボンボンがとても可愛らしく、集まって小さなつぼみを付けている
もうすぐ厳しい冬が終わり、色彩豊かな春が来る事をミモザが告げている
アリスの頭上で優しくミモザの木がサワサワと風に揺れている
海からの風がアリスの髪を揺らす
アリスは茶色い封筒を眺めた、男らしい四角い筆跡だ、彼が書く自分の名前は詩のように美しく見える
そして手紙から何か良い香りがしている、アリスは封筒を鼻に持っていき
スン・・・と嗅いでみた
薔薇の花と柑橘系の香り・・・
ああ・・・彼の香りだ、彼が何を書いてきたのか知りたくてたまらない
その反面自分が勝手に乗馬した事を、まだ怒っているだろうかと不安になった
それとも突拍子もない、手紙を送りつけたことを・・・
仕事中にこんなくだらないことをするなんてと、呆れているだろうか・・・
私はこんなにも彼を愛している・・・
アリスは不安な気持ちを心の底に閉じ込めて、薔薇の香りのする封筒を開けた、目が忙しく彼の文字を追う
―アリスへ―
春は「目覚め」の季節だ、花は頭をもたげて太陽に微笑みかける。仔馬が沢山生まれて成宮牧場に富をもたらす。大地が長い眠りから目覚め、虫たちが飛びかい始める・・・俺は春が好きだ
夏は灼熱の太陽を背中に感じ、動物たちはゆったりと木陰で昼寝をする。成宮牧場の緑がもっとも濃い色になる。海水は気持ちが良く、朝の訪れは早く、夜はのんびりやってくる・・・・俺は夏も好きだ
秋には秋の良さがある。草花の色と景色が緑から温暖色に変わり、まるで絵画の世界だ。君にも見せてやりたい・・・夜は虫の鳴き声を聞きながら、収穫した作物のにおいが夜空に漂う、もちろん俺は秋も好きだ
しかし冬も捨てがたい、冬の成宮牧場の夜は静寂そのものだ。真っ暗な闇が放牧場を滑るように広がり、大地を満たして夜空と出会う、昇った三日月はまるでシャーベットのようで、大気が凍る冬の夜空の星は瞬き、世界中どこを探しても、ここほど美しい場所はないと確信する
結局の所・・・俺はどの季節も好きなんだと思う
しかしアリス・・・俺はたぶんこれからは君が好きな季節が好きになるだろう。君が好きな色がきっと好きになる予感がする・・・君が好きな食べ物を好んで食べるようにもなると思う
君が嬉しいと思うことを、俺も嬉しく思うようになるだろうし
君が悲しいと思うことを俺は悲しく感じると思う
今朝は・・・申し訳なかった・・・君にキツイ言い方をしてしまった
君は馬に乗れるんだな、そうと知らずに俺はてっきり制御が効かない暴走馬に君が振り落とされると思ってしまった
あの時は慌ててああ言ってしまったことを、今はとても反省している
どうか許してほしい
そして、あの時君に本当に言いたかったことを、今ここに書かせてくれ
乗馬はとても危険なスポーツだ、馬に乗り慣れて30年の俺でさえ、時々命の危険にさらされる時がある
それでも全面的に禁止したわけではないんだ
出来れば一人の時は乗らないでほしい、もしも君が振り落とされて頭を強打したり、骨折したりした時に傍に誰もいなかったら、大変なことになる
俺じゃなくても、必ず乗馬は二人一組でしてほしい成宮牧場では事故防止のために、みんなそうしてるんだ
俺が言いたかったのはこれなんだ、一人では乗馬はしないでほしい
馬に乗りたくなったらいつで俺に言ってほしい、その時俺の手が空かなくても、他の誰かに必ず付き添わせるようにする
そして君はなかなかの乗り手だ
正直驚いているし、嬉しくもある
今夜は村の寄り合いがあるが、なるべく早く帰る
―君に何かあったら生きていけない北斗より―
:.*゜:.
ポタッ・・・と便箋に、アリスの涙が落ちてスゥ・・と滲んでいく
アリスはその手紙を抱きしめた
ああっ!北斗さんっ北斗さん!
嬉しさが心の中で炭酸のように弾ける、彼は怒ってなかったんだわ、私の事を心配してくれてあんな行動を・・・
それなのに私ったら彼の言い分も聞かないで、一方的に責めてしまった、私の方こそ北斗さんに謝りたい
アリスは北斗の手紙をそっと胸に押し付け、北斗を思った
北斗さん・・・・大好き・・・・
..:。:.::.*゜:.