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緑水
俺の世界は、こさめちゃんを中心に回っている。
朝、こさめちゃんの柔らかい髪を撫でて起こし、栄養バランスを考え抜いた朝食を口元へ運ぶ。
こさめちゃんが眠そうに目をこすりながら、「すっちー、ありがとぅ」とふにゃりと笑う瞬間。その無防備な笑顔を守るためなら、俺はなんだってできる。
こさめちゃんは、俺が丹精込めて育てている、世界で一番美しく、脆い花だ。
害虫がつかないように、風に飛ばされないように、俺が四六時中、ガラスケースに入れて守っていなきゃいけない。
「すっちー、今日ね、サークルの先輩に映画誘われたんだけど、行ってもいい?」
夕食時、こさめちゃんが小首を傾げて、上目遣いで聞いてきた。
無自覚。こさめちゃんは自分がどれだけあざといか、その上目遣いがどれだけ男の独占欲を刺激するか、これっぽっちも分かっていない。
「先輩? ……男?」
俺の声が、自分で思うより低くなる。
「うん。すごい優しい先輩で、こさめの好きなアニメ映画、チケット取ってくれたんだって!」
こさめちゃんは嬉しそうに笑っている。その「優しい」という言葉が、俺の鼓膜を不快に突き刺した。
優しい? 俺以外の男が、こさめに優しく?
それは、俺の役割で、俺だけの特権。
「……だめだよ、こさめちゃん。最近、変な事件も多いし、夜は危ない。映画なら、俺と行こう。ね?」
俺はこさめちゃんの頬を優しく包み込み、諭すように言う。こさめちゃんは一瞬、残念そうな顔をしたけど、すぐに「……そうだね。すっちと行く方が楽しいもんね!」と笑った。
よし。これでいい。
こさめちゃんの「優しい」も「楽しい」も、全部俺が独占する。
ガラスケースの外の世界なんて、知らなくていいんだよ。
数日後。俺はこさめちゃんの大学へ、迎えに行った。
遠くからこさめちゃんの姿を見つけて、俺の心臓は一瞬、止まりそうになった。
こさめちゃんが、知らない男と楽しそうに笑い合っている。
しかも、その男の手が、こさめちゃんの肩に触れていた。
こさめちゃんは嫌がる素振りも見せず、むしろその男に体を預けるようにして、何かを囁いている。
その、無自覚なタラシぶりが、俺の目の前で、他の男に向けられている。
頭の中が、真っ白になった。
ガラスケースに、ヒビが入った音がした。
俺は、一歩も動けなかった。ただ、遠くからその光景を凝視し続けることしかできなかった。
こさめちゃんのあの笑顔は、俺だけのものじゃなかったの?
俺が毎日、どれだけの愛情を注いで、その笑顔を守ってきたと思ってるの。
その男が去った後、こさめちゃんが俺に気づいて、手を振って駆け寄ってきた。
「すっちー! !待っててくれたの? ……あれ、どうしたの? 顔色悪いよ?」
こさめちゃんが心配そうに、俺の顔を覗き込む。
その、純粋で、無自覚な瞳。
(……この瞳が、さっきはあの男を見ていたんだ)
俺の胸の中で、どす黒い感情がとぐろを巻いた。
嫉妬? 違う。これは、もっと汚くて、重い、純粋な支配欲だ。
「……なんでもないよ。帰ろっか、こさめちゃん」
俺は、精一杯の作り笑顔で、こさめちゃんの手を握った。
握った手に、力がこもる。こさめちゃんが「ねぇ、痛い、すっち……」と小さく呟いたが、俺はその手を離さなかった。
部屋に入った瞬間。俺はEを壁に押し付けた。
「ゎっ……!? すっちー、! どうしたの……?」
こさめちゃんの瞳に、困惑と、微かな恐怖が浮かぶ。
その恐怖さえ、俺の独占欲を加速させた。
「……さっきの男、誰?」
「えっ? ぁあ、サークルの……」
「触られてたよね。肩。……嬉しかった?」
俺の声は、もう自分でも制御できなかった。低く、獣のような、怒りに満ちた声。
「ちが、違うよ! ただの挨拶で……」
「挨拶? 俺以外の男に、そんな顔で、そんな声で……! こさめちゃん、お前は俺のものでしょ?」
俺はこさめちゃんの両手首を掴み、頭上に縫い付けた。
こさめちゃんが暴れる。でも、俺の力には敵わないよね。
「ぃたい! すっち、離して……っ、怖いよ……!」
こさめちゃんが涙目になる。
その涙を見て、俺の心の一部が痛んだ。……いや、違う。
これは、俺の愛情が、こさめちゃんを正しい場所に戻そうとしている証拠だ。
「怖がることないよ、こさめちゃん。……俺は、こさめちゃんを守りたいだけ」
俺はこさめちゃんの首筋に、深く牙を立てた。
こさめちゃんが「ひ、ぁ゛あっ……!」と短い悲鳴を上げる。
血の味が、口の中に広がる。
「……俺以外の男に、触らせない。見せない。こさめちゃんを愛しているのは、俺だけなの。……分かった?」
俺はこさめちゃんの唇を、無理やり塞いだ。
こさめちゃんの抵抗が、次第に弱まっていく。俺の放つ強いフェロモンと、力技に、こさめちゃんの体は本能的に屈服させられていく。
「…すっち……、ごめん…、ごめんなさい……」
こさめちゃんが、泣きながら謝ってくる。
その謝罪の言葉を聴いて、俺は確信した。
(……ああ、これでいいんだ)
こさめちゃんは、自分がどれだけ悪いことをしたか、やっと分かったんだ。
外の世界は、こさめちゃんにとって危険すぎる。俺以外の男は、こさめちゃんを傷つけるだけだ。
だから、俺がこうして、こさめちゃんを俺の腕の中に、閉じ込めておかなきゃいけない。
「……分かればいいんだよ、こさめちゃん。……君は、俺のガラスケースの中で、ずっと、美しく咲いていればいい」
俺は、こさめちゃんの頬についた涙を、優しく指先で拭った。
その指先には、まだ微かに、俺がつけたこさめちゃんの血が滲んでいる。
「……愛してるよ、こさめちゃん。……誰よりも、世界中の誰よりも」
こさめちゃんは、もう抵抗しなかった。ただ、俺の胸の中で、小さく震えながら、俺の服の裾を無意識に掴んでいる。
外の世界を知らない、無垢な花。
それを、俺が一生、守り続ける。……たとえ、その花が、俺の手の中で、永遠に枯れることになったとしても。