適度に薄汚れた空間。いかにも冒険者が集う場所。多少臭うが、これはおそらく私が、まだ溶け込めていないせいだろう。
熟練の冒険者になる時、おそらくこの臭いも気にならなくなっているだろう。
「わたくしは、アンジェロにそういう場所に慣れてほしくないですが」
この不潔なゴミ溜めめ、と言わんばかりの蔑みの目で、周囲を見渡すメイアである。
「おっ、女かと思ったら男だったかい」
近くを通りかかった冒険者に声をかけられた。髭面で、清潔にはほど遠い男だ。しかし適度に鍛えられた筋肉の持ち主で、それなりの実力者であると見た。
「にいちゃん、見かけないが旅の途中かい?」
「レクレス領に魔物の森があるって聞いてね」
私が答えると、髭面の冒険者は近くの席に座った。
「ああ、なるほど。魔の森だな。あそこは魔獣や魔物だらけだから、仕事に困らないって踏んだわけだ」
ギロッと男が私を睨むように見た。
「新人か?」
「一応、Dランク」
私が首から下げている冒険者のランク票を見せれば、男は頷いた。
「そうかい。ならオレがお節介を焼くこともねえな。まあ、頑張んな」
「どうも」
にっこり笑みを向けたら、何故か髭面の冒険者はキョトンとして、すぐにそそくさと移動した。……何なの今の?
「アンジェロ様が、チャーミング過ぎるからでしょう」
メイアがボソリと言った。
「少年に見える冒険者の笑顔に、ついやられてしまったのでしょう。くそっ、あの野郎、わたくしのアンジェロ様に――」
「メイア」
「失礼いたしました。つい」
「頼むよ。それと様はいらないよ。ボクはただの冒険者だからね」
「はい、アンジェロ」
王都の冒険者ギルドに比べれば、こんじまりした建物なんだけど、一階フロアの作りは基本的に同じだ。入り口から左手側に、冒険者たちに向けられたクエストが張り出されている掲示板がある。
私とメイアは、適当にクエスト依頼を眺める。この手のクエストというのは、今レドニーの町やこの領で起きている事件、問題などがわかる手掛かりがあったりする。
「あ、メイア。これ」
私はそれを指し示す。
――青狼騎士団、雑用募集。
「こちらは傭兵募集ですね」
メイアが別の一枚を指した。
「前線は人手不足のようですね」
「魔の森の魔獣の迎撃任務――半月から一カ月の長期滞在できること、か」
「そして予想はしていましたが」
メイアは片方の眉を吊り上げた。
「募集は男性のみ。女性お断り」
「女性冒険者もいるんだけどなあ」
そりゃあ戦う仕事だから、男性のほうが圧倒的に多いけれど、女性でも名を馳せる魔法使いや騎士もいるんだ。
「王子様の女性嫌いは深刻ですね」
「そうでなきゃ、王都にまで聞こえてこないよ。……男装してきてよかった」
最後は小声で呟く。
「これなら、王子のいる前線に行くのは難しくなさそうだ。……でも、メイアは」
「ご心配なく。わたくしは、『黒子装備』という目に見えなくなる装備がございます。誰にも気づかれず、アンジェロのお側をお守りいたします」
なに、その便利、いや危ない装備は? 誰にも気づかれずって、その響きが凄く危険なんだけど!
ということで、私とメイアは、ギルドのカウンターにて、騎士団の人員募集の応募に応じる旨を告げる。手続きをしてもらい、騎士団に提出する書類をもらった。なお冒険者票でDランクだと見せたが、名前などはメイアが細工して、女ではなく男ということにしてある。……普通はそんな擬装できないはずなのだけれど、メイアという魔術師の力が規格外過ぎる。
その後、冒険者ギルドを出て、食料の買い足し。固くて美味しくない保存食だけと、王都から持ってきた調味料を使えば美味になる。
私自身、メイアから料理を教わって多少自分で作れる。冒険者として野宿を経験した時もあったし、家でも調理場を借りてお菓子を作ったものだ。
これらの荷物は、本来冒険者としては重視されないんだけど、私はメイアからもらったアイテム袋という魔道具を持っていた。ポーチに見えていっぱい物が入る魔法の袋だから、旅には重宝するんだよね。
さあ、王子様のいるという前線へ。魔の森に睨みをきかす位置に立つグニーヴ城が、かの王子の居城である。
途中までは馬車に便乗できた。ウーズィという村を超えた先にある橋が崩れていて、馬車では通れなくなっていた。
乗せてくれた商人に別れを告げ、私とメイアは徒歩で移動。橋はないけど、メイアの浮遊魔法で川の上をスイスイってね。
しばらく平原を進み、道に沿って山登り。その中腹に見るからに堅牢そうな城が見えてきた。
下ろされた門。門番が立っているので、ご挨拶。
「すみませんー。冒険者なんですけど、人員募集みて来たんですけどぉ」
「んー?」
何やらあまり機嫌がよろしくないようだった。私が華奢だから不安を感じたのかな? ちなみに、メイアはそこにいるのだが、例の黒子装備とやらで見えなくなっているらしい。
冒険者ギルドでもらった書類を見せると、通してもらえた。
「正面行った突き当たりだ。副団長のアルフレド殿にこの書類を提出しろ。……が、ちょっと今忙しいから、待たされるかもしれん」
行け、というので、私は城門を潜る。中庭は……混沌と化していた。
「くそっ、治癒術士は!? もう駄目なのか?」
荒々しい声が聞こえる。近づけば、庭には寝かされた複数の負傷者の姿。
「もう、ポーションもなくなります!」
「こいつらを死なせるわけにはいかない! 治癒術士は――」
「ダメです。魔力切れで意識を失いました!」
「そんな――」
先ほど大声を発した男性が顔を歪めた。金髪、精悍な顔つき。目つきは鋭い。私はハッとなった。
素敵な横顔。たぶんこの人が、第三王子のレクレス様だ。私は直感した。長身で、騎士団の靑い鎧をまとう、この人は必死だった。
倒れている騎士たち――自分の部下を助けたいという思いが伝わってきた。
だから、私は彼に歩み寄っていた。
「あの、失礼します」
「……」
振り返ったレクレスだろう男と、私は目があった。ドキリとした。吸い込まれそうな綺麗な瞳。
「何だ、女……いや男か。何か用か?」
「あ……治癒魔法、使えます!」
――それが、私とこのレクレス王子の最初の会話だった。
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