ユーヤさんが旅立ってから1ヶ月が過ぎた――
「今日も一緒に神への祈りを捧げるの?」
「うん……ダメ?」
「そんなの良いに決まってるわ」
――私は昔のように聖女の修練に励むようになっていた。
「だけど急にどうしたの?」
修練に消極的になっていた私が昔のように学ぶ姿に、シスターは不思議がっているみたい。
まあ、それはそうよね。
「シエラは聖女になりたくないのだとばかり思っていたけれど」
「私は聖女になりたくなかったんじゃないの――」
当然よね。
本当は私もシエラもシスターの様な聖女になりたかったんだもの。
だって、私達はシスター・ミレが大好きだから。
シスター・ミレと同じ聖女である事実が無上の喜びだったから。
だけど……
「――聖女になるのが怖かったの」
「それなら無理をしなくてもいいのよ?」
優しいシスターに私は首を振った。
いつまでも逃げてはいられないの。
だって……
「シスターに申し訳なくて……私にリアフローデンを守れる力があればユーヤさんについていけたでしょ?」
「シエラはそんなことを気にしていたの?」
「だってあまりに自分が不甲斐なくて」
「関係ないわよ。たとえ、あなたにそれだけの力があっても私はここに残ったわ」
驚きで目をぱちくりさせる私を見てシスターは声を立てて笑った。
「ふふふ……私はね『悪役令嬢』らしいわ」
どうやらエリーにそう呼ばれたみたい。
大好きなシスターを深く傷つけたエリーに怒りが湧いてくる。
「私って欲張りなのよ」
だけどシスターは自分のそんな傷にも真摯に向き合ってる。
「私はこのリアフローデンを愛しているの。この地に根付く人達をみんな愛しているの……だから、私は私の力でこの地を守りたい」
そう語る彼女の瞳はとても優しくて、とても温かくて、とても慈愛に満ちていた。
「前に王都から来た使者の誘いを断ったでしょ?」
忘れるわけがない。
それは私がシエラと一つになった出来事だもの。
「本当は王妃になって多くの人を助ける道が正しいのかもしれない……でも、私は自分の知らない見えない人を救いたいのではないの。私の愛する人達を、私の目の前で、私の力で守らなきゃ嫌なの。ほら自分勝手で欲張りな『悪役令嬢』でしょう?」
そう言って笑うシスターはやっぱり愛が深いのだと思う――
「私は自分のしたいようにしているだけよ……だからシエラは気にせず自分の好きなように生きていいのよ」
「シスター……」
――だって、いつもこんなに思いやりに溢れてる。
それなのに私ときたら……
「でも私はシスターからたくさんのものをもらったのに……シスターの愛情にあぐらをかいて、シスターの期待を裏切って、シスターに何も返せていない」
私は自分が情け無くて、自分が不甲斐なくて、自分の身勝手が許せなくて……
「ひっく、ひっく……私ってホントにダメな娘です……」
私は溢れる涙を止められず、漏れ出る嗚咽を抑えきれず、ただただシスターの胸に縋りついてしゃくり上げた。
「馬鹿ね……」
そんな親不孝な娘の頭を昔みたいに愛おしいそうに撫でてくれる。
私はこの手がとっても大好き――
「あなたはこの孤児院に……私のところに来てくれた時からずっと私にたくさんのものを与えてくれているのよ」
――だって、シスターのその手には愛情がたくさん詰まっていて温かいから。
「うそ……シスターは思いやりの深い人……だからそんな優しい嘘を……あっ!?」
私は思いっきり抱き締められ、シスターの胸に埋まった。
「本当よ……私はとても脆くて弱い女なの」
「そんな……シスターはとっても強いひとよ!」
「いいえ、婚約を破棄され、この地に追放され、恩師の死に打ちのめされ、私は傷つき立ち直れそうになかった」
そんな時にあなたが私の元に来てくれたのよ、とシスターは懐かしそうに話し、愛おしそうに私の髪を撫でてくれた。
「私はシエラの温もりに救われて、その出会いに感謝したわ。きっとエンゾ様が情け無い私を見兼ねて授けてくれたんだって思ったの」
私はシスターの温もりの中でじっと耳を傾けた。
「でもね、私は知ったの……私はあなたをいつも守っているつもりだった、ずっと支えているつもりだった……でも違うんだって――」
何も違わないよ。
シスターはいつだって私を守り支えてくれるお母さんだった。
「――本当は私があなたという存在に守られ、支えられていたの。それに気づいた私は凄く嬉しかった、とても幸せだった……」
「お母さん……お母さん……」
シスターの言葉に……シスターの愛に……私の胸は喜びでいっぱいになって、私はもう耐えられず泣き出した。
シスター・ミレ……
かつて王都で『悪役令嬢』というレッテルを貼られたひと。
だけど誰にもシスターの優しさを、思いやりを……その存在を否定させない。
誰にもシスターを『悪役令嬢』と呼ばせない。
絶対シスターは『悪役令嬢』なんかじゃない。
「シエラ……私のところに来てくれてありがとう――」
だってシスターは……私のお母さんはこんなに愛でいっぱいの人なんだから。
「――あなたは私の自慢の愛しい娘よ」
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