コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
泣きじゃくる私の背中を昔してくれたように、シスターはポンポンと優しく叩いてくれる。
その温もりに浸って私は彼女に身を預けた。
「シスター・ミレ!」
そんな温かく優しい礼拝堂の空気を破って自警団の副団長グウェールさんが慌てた様子で入ってきた。
「街道に魔獣が出たらしい。難民が襲われてかなり被害が出ているようだ。済まんが力を貸してくれ」
「分かりました」
やっぱりシスターはなんのためらいもなく了承する。
「私も行く!」
「シエラ……だけど貴女は……」
「うん、魔獣を滅する神聖術は使えない……でも結界や治癒はできるから」
私は何か予感があった。
着いて行った方がいいんだと。
「……無理はしないのよ」
私は魔王の件があって戦う術を忌避していたから、今まで魔獣討伐へは同行してこなかった。だから、これが初めての経験になるけど、シスターは何も聞かずに許可してくれた。
私達は現場へと急行したのだけど、そこはあまりに凄惨な状況だった。
魔獣はシスターによってあっと言う間に倒されたけど、街道には多くの怪我人で溢れていた。
血を流し、呻く者、叫ぶ者、もう何の反応も示さない者……
おぎゃぁぁぁ……おぎゃぁぁぁ……
突然、もはや動かなくなった若い男女から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、私はびっくりして固まったが、シスターは迷わず近寄って死体の下から赤ちゃんを抱き上げた。
「懐かしいな」
「グウェールさん?」
シスターが優しく赤ちゃんをあやす姿を見ていると、いつの間にか横にグウェールさんが立っていた。
「昔、シエラもああやって助けられたんだ」
「そうなんだ……」
ゲームでは3歳で親を亡くし孤児院に預けられたとあって、特に気にもしていなかったけど、設定と違って私は赤ん坊の時に助けられたらしい。
「この子の名前は?」
シスターが周囲に名を尋ねる姿に、グウェールさんは苦笑いした。
「本当にそのまんまだ……きっとあの子は孤児院に引き取られるだろうな」
グウェールさんの予想は当たり、その赤ちゃんは引き取り手がおらず孤児院で預かることになった。
誰も名前を知らず、シスターがリーリャと名付けた。
ちっちゃくて、愛らしくて、とっても可愛い女の子。
だけど可愛いばかりではなく、育児は思っていた以上に大変だった。
「リーリャがまた漏らしてるよ」
おしめはしょっちゅう交換しないといけないし、しかも臭いがきついし……
「おぎゃぁぁぁあ……おぎゃぁぁぁあ……おぎゃぁぁぁあ!」
リーリャはよく泣くし、夜なんて寝る間もないくらいギャン泣きするし……
「大変! リーリャが熱出してる!?」
すぐに体調を崩したり、何を仕出かすか分からないから目を離せないし……
「済みませんリーリャにお乳を頂けませんか?」
それに当然だけど、お乳は誰も出ないから貰い乳しなければならないし……
私はシスターが聖務でリーリャに構えない時だけ引き受けていたんだけど、それでも大変で参ってしまった。
四六時中リーリャの相手をしているシスターってホント凄い。
「思い出すねぇ……あんたが拾われた時もシスターはああやって貰い乳したもんさ」
シスターと一緒にリーリャの為に夜中用に搾乳を分けてもらいに奥様連にお願いして回っていたら、奥様連のまとめ役リビアさんがシスターの様子を微笑ましそうに眺めながら私に語りかけてきた。
「そうなんですか?」
「子育てって思ってるより大変だろ?」
今それを身をもって実感しております。
「それを子育て未経験のシスターが必死になってあんたを育ててね」
拾われた時の経緯もそうだけど、私が知らない事実が次々と明かされて――
「自分の子でもないのにミレの愛情の深さにあたしゃ感動して泣いたよ」
――私はその事実に頭をハンマーで殴られた気分がした。
「シスターがあれだけ愛情を注いだんだ……あんたが良い子に育ってくれて良かったよ」
「私ぜんぜん良い子じゃないよ……だってシスターになんにも報いることができてない」
「そう思えるんなら、やっぱりあんたは良い子だよ」
泣きそうな私の頭をリビアさんがクシャと撫でた。
「あんたはミレの愛があったから今を生きている……それが分かってるなら十分さ」
私は何を悩んでたんだろう?
私はシスターの愛がなければ死んでいた……
そこにはゲームだとか、設定だとか、矯正力だとか、そんなものは何も無い。
あるのは確かなシスターの愛だけ……
シスターはこの世界で悩み、苦しみ、それでも私を愛し、リーリャを愛し、このリアフローデンの人々を愛している。
その姿は決して『悪役令嬢』なんかじゃない。
それなら私も同じだ。
ここが『乙女ゲーム』だとか、私が『ヒロイン』だとか、カッツェが『攻略対象』だとかそんなの関係ない。重要なのは自分が決意すること。自分の意思で自分の『物語』を歩むこと。
ゲーム?
矯正力?
それが何だって言うの。
私を生かしてくれたシスターの愛は本物よ。
その愛で今を生きる私は『ヒロイン』なんかじゃない。
私はシエラ……
シスター・ミレの娘シエラ……
その日、私は『ヒロイン』と決別した……