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日が昇った頃、喜々須は血を浴びて帰ってきた。「店に忍びこんで、持てるだけ持ってきやした」
懐からごろごろと満貫の宋銭がでてくる。銀鴟は勘定して、者どもの働きに応じて分配した。十一のぶんは、夷虎よりも一貫多かった。夷虎の不満の色。
「その一貫はお日羽のだ。甘え瓜でも買ってやれ」
ありがたき仕合せに存じまする、と十一は懐に収めた。天翰が喜々須の血をふいて、着替えさせた。銀鴟がいう。
「喜々須、これで晴れておめえは〝梟〟の一味だ。こんどは銭に免じて見逃すが、もし次に手前勝手なことをしやがるなら」
銀鴟はさっと太刀を振った。鞘ごとのそれが喜々須の頸に当たる。
「わかったな」
へい、と喜々須は頷いた。銀鴟はにやりとした。
「おめえは十一につくんだな。こいつが甕を割らなけりゃ、とっくにおめえは首無しだ」
ぶるり、と喜々須は震えて、銀鴟と十一に頭をさげた。
天翰は甘い瓜よりも、書物を欲しがった。どんなものが適当かわからず十一は、大町の書肆で『竹取の翁』を購った。天翰はよろこんで、十一に読んできかせた。十一は天翰の鬘を撫でた。
「おめえを拾ったのも竹籔だったな」
「そうであった」
「おめえも月に帰っちまうのか」
天翰はうつむいて黙りこむ。帰りたい思いはあるのだろう。けれど、天翰のいない暮らしなど、考えたくもなかった。十一は天翰の鬘をはずし、じかに坊主頭を撫でた。わずかに伸びてきた髪の、ざらりとした手ざわり。
夜な夜な、山賊どもは宴を催した。酒ならいくらでもあった。そして、烏帽子の三人は天翰を嬲った。女のように屈服する天翰を、十一は盃を片手に見つめるばかりであった。天翰は見つめかえした。それに気づくと銀鴟は、遮るかに天翰の唇を吸った。
群れ来る蜻蜓。山の風に秋の気を感じた。峠の沢で十一は、天翰と喜々須とともに椀を洗った。二人が来てから、こなすべき日々の雑事はかなり楽だった。
「十一の兄ぃは、お日羽の姐さんを恋い忍んでいるのでしょう」
だしぬけに喜々須がいった。十一は危うく銀鴟の銚子をとり落としかけた。天翰も目を丸くした。喜々須はにこにこと鍋の焦げつきをこすった。
「あゝ、その顔は図星ですね。お日羽の姐さんも、満更じゃねえんだ」
「何がいいたい」
「いいんですか、姐さんを好き勝手にされていて」
いいはずがない。けれど、銀鴟たちに意見できるほど十一の立場は強くなかった。喜々須だってわかっているはずだ。この童は聡い。
「のう、喜々須どの。あまり十一どのを困らせるな」
「烏帽子を戴けばいいんでさ。一人前になりゃあ、お頭たちも十一の兄ぃを無下にはしがてえでしょう」
「烏帽子を」
あの三人の誰かに、烏帽子親を頼めばいい。ただ、頼んですんなりきいてくれるだろうか。
十一は小屋の裏手へと向かった。そこで烏帽子の三人はよく次の仕事の相談をしていた。
「始末するのは、いつでもいい。すっかり色気づいちまいやがって、おもしろくねえ。女房づらしやがるのも気に食わねえ」
銀鴟の声に、十一は足を止めた。百舌と牙良がいう。
「だが、お日羽の飯はうまい。尻の塩梅もいい」
「たいした由もなく殺しゃ、十一はおめえを恨むぜ。いいのか」
「あれは知りすぎた。雪の頃に仕事なんざやってられっか。むだ飯食いはいねえに越したこたぁねえ」
心の臓があばらを叩いた。十一は気配を忍ばせて、そこから離れた。
沢まで走った。天翰は男たちの褌を、岩に叩きつけて洗っていた。血相を変えた十一を見て、腰をあげる。
「どうしたのだ」
十一は抱きすくめた。小鳥みたいに温かい花奢な肩。腕をゆるめて、天翰の顔を見すえた。右頬に泥をなすった跡。秋空みたいに澄みきった明るい瞳。こいつを殺させるもんか。十一は告げる。
「天翰。頼みがある」
秋の虫の音色。灯台の火と炉の火に、山賊どもの影がバケモノじみて伸び縮みする。宴が始まってすぐ、十一は銀鴟にむかって手をついた。十一の背後で、天翰も手をつく。
「お頭、お願えがござります」
銀鴟は眉を動かして、盃を呷った。「なんだ」
「おれと呑み較べしてくだせえ。もし、おれが勝ったら、そこの天翰を頂戴したい」
山賊どもがばか笑いした。百舌がいう。
「なんだ、その坊主を女房にでもしようってか」
「へい。そうしようと思っておりやす」
女房にしてしまえば、天翰をどうしようと十一の勝手のはずだった。ほとぼりが冷めたころに、離縁というかたちで房州の寺に帰してやれる。
銀鴟は笑った。心から愉しそうに。「もし、おめえが負けたら、そのときはてめえでそいつの首を刎ねろ。それなら勝負してやる」
十一は天翰を顧みた。天翰は、ただ頷いた。
「ふん、そいつのほうが肚が据わってら。おい、夷虎、喜々須、甕ごと持ってこい」
手つかずの甕が二つならんだ。喜々須が蓋をとり、柄杓で銚子に注いだ。百舌が銀鴟に、牙良が十一に酒をつぐ。両者は一息に呷った。夷虎が声を張る。
「ひとぉつ」
満々とつがれる酒。これは水だ、ただの水だ、と十一は念じた。あらかじめ天翰の酔いざましの薬は呑んでおいたものの、どれほど効くかは計れなかった。天翰は十一の背に手を置いて、小声で読経した。
「百八」
杯を重ねても、銀鴟は変わらなかった。この人が酒で乱れるのを見たことがない。その底知れなさに、十一は寒くなった。
「あゝ、まどろっこしい。盃はやめだ」
銀鴟は喜々須から柄杓を奪い、甕からじかに呑んだ。十一は水甕の柄杓をとってきて、銀鴟に倣った。
「二百十四」
「おい、次の甕を持ってこい」
銀鴟が拳で口をぬぐった。夷虎と喜々須がそれぞれ甕を持ってきて、蓋をとった。ときおり外へ小便を垂れにいくほかは銀鴟も十一も、ただ淡々と汲んでは呑んだ。
「三百三十六」
天翰の読経は続いた。その涼やかな細面を見ると十一は、正気に戻れる気がした。おれは人だ、獣じゃねえ。
「四百五十九」
それは唐突だった。柄杓の酒を呑みほしながら銀鴟は、白目をむいてひっくりかえった。
「銀鴟!」
百舌と牙良が叫んだ。助け起こそうとする二人を、銀鴟はうるさそうに払った。
「畜生め」
銀鴟はくっくと笑った。十一と天翰は手をついた。
「お頭。約束です。天翰を頂戴します」
「畜生め」銀鴟は大きな手で、おのれの顔を撫でた。「よし、おれがおめえの烏帽子親んなってやる。ついでに祝言もあげちまえ。ただし、お日羽を逃がすんじゃねえぞ。そいつは知りすぎてる。二度とよそで暮らせねえようにするんだ。それだけは譲れねえ」
約束どおり、銀鴟は十一の烏帽子親になり、十一は蒼鴞という烏帽子名をもらった。
峠の越に、新たな小屋が建てられた。しっかりと戸がついて、地板まで葺かれた立派なものだ。牙良の計らいだった。山賊どもの根城からは、歩いて四半刻もかからぬ距離だ。
ふたりで過ごす、ふたたびの冬。烏帽子を戴いた十一は、かたわらの天翰を撫でた。天翰の髪は肩まで伸び、禿のようだ。女の衣を着ていれば、男とは誰も思うまい。紅梅色の衣に、十一は手をかけ、紐を解いた。衣摺れ。
天翰の白い背に、淫慾魔羅観世音という入墨。これが銀鴟がつけた条件だった。天翰は僧侶にも堅気にも戻れなくなった。ただ、山賊の女房として生きるほかはない。十一は入墨を撫でた。うぶ毛のなめらかな肌。
「おれを、恨んでいるか」
「えゝ、恨んでいますとも」
天翰は躰ごと振りかえり、十一の頸に両腕をかけた。清水のように澄みきった目で、紅を差したかのごとき唇で、嫣然一笑する。
「生涯かけて償ってくださいまし」
天翰は口づけた。幼い女房を褥に横たえながら、地獄に堕ちてもいいと十一は思った。
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