鬼族の村の外れ。ここは鬼族の亡き先人たちを弔う場所、いわゆる、墓場だった。家族ごとに墓石があり、ナジュミネの家の墓もそこにあった。墓石には名が刻まれておらず、何かの紋様、家紋のようなものが彫られている。そこで、ナジュミネ、ナジュ父、ナジュ母は墓石やその周りを丁寧に掃除していた。
ナジュ母は和装の美人である。ナジュミネ同様に角がないか、極端に小さいようだ。彼女はナジュミネに負けず劣らずの容姿に、短く切り整えられている深紅の髪、瞳は深紅というよりもピンク色で、目つきは優しい丸っこい感じだった。農作業をしているからか、肌は少し焼けたような色合いをしている。
彼女の見た目はまだまだ若く、ナジュミネと並んで姉妹と言われても違和感がない。
「いい天気ね」
「そうだね」
ナジュ母は墓石の前の部分を水で掃除しながらナジュミネに話しかけるが、ナジュミネは箒を持って周りを何となく掃いているようにしか見えない。
ちなみに、ナジュミネも母親と同じような和装をしている。
「ちょっと暑いくらいかしら」
「そうだね」
ナジュ母が少し水を撒きながらナジュミネに話しかけるが、ナジュミネは先ほどと同じところを掃いていた。
「ムツキさんがいないのは残念ね」
「そうだね」
ナジュ母が墓石の近くの雑草を見つけて引っこ抜きながらナジュミネに話しかけるが、ナジュミネは先ほどと同じところを掃いていた。
「……ムツキさんもらってもいい?」
「そ……れはダメ! というより、お父さんはどうするの!?」
ナジュ母がとんでもないことを言ったので、ようやくナジュミネが覚醒したかのように生返事を止める。
「ちょっと……冗談に決まってるじゃない……。もう私、そんな歳じゃないわよ?」
「あぁ……そう……かもね」
この世界で最古の女性がムツキの第一夫人で、ほかにも1,000歳を越える夫人がちらほらいるため、ナジュミネは何とも言い難い返事をするしかなかった。ちなみに、彼女はナジュ母やナジュ父が何歳なのか知らない。
「それにしても、やっとまともに反応した。さっきから上の空の生返事ばかりじゃない」
「だって……旦那様、何をしているかなあって……」
ナジュミネは箒を持ってもじもじとし始める。足と箒が小刻みに動いていた。
「うふふ、そうよね、気になるわよね。私もお父さんを独りにしたら心配になっちゃう」
「む?」
「なんでもないわ、ごめんなさいね。あ、あなた、申し訳ないけど、また水を汲んできてもらえる?」
「ああ」
ナジュ母に呼ばれたような気がして、墓石の奥の方からナジュ父がぬっと現れたが、彼女に水汲みを頼まれて、そのまま水場の方へ向かって行った。
「それに、旦那様も、私のことを今思っていてくれていたらいいなあって。お互いに思いあっているといいなあって」
ナジュミネは自分で言っていて恥ずかしくなったのか、箒が折れんばかりに激しく掃き始めた。
「あらら♪ 新婚さんだもんね」
「そうなんだけど、旦那様、新婚の妻が6人もいるからなあ……」
ナジュミネは少しばかり歯がゆいと言った感じで箒を握りしめる。箒の柄がミシミシと音を立てており、やはり、折れんばかりの状況は変わらない。
「まあまあ、他の奥さんたちも帰省しているのでしょ? リードされることはないわよ。そんなに心配しちゃうなら、ガンガン攻めちゃわないと」
ナジュ母が手に持っていた柄杓を軽く振って、もう一方の手の甲にカンカンと当てる。
「そ、そんなに心配はしてないよ!」
「そうだ。他の奥さんたちもムツキさんが来るタイミングで来たらどう? せっかく家も大掃除して、部屋もだいぶ余っているわけだし。あの人が無理にムツキさんを誘ったんでしょ? お酒もってなると、一泊するでしょ?」
ナジュ母の提案にナジュミネが唸り始める。
「うーん。たしかに、私だけ旦那様をってわけにもいかないか」
「あと、ムツキさんの他の奥さんも気になるし……」
ナジュ母はムツキの妻の種族が気になっていた。一般的に、他種族との子どもはできにくい。つまり、人族であるムツキと魔人族の鬼族であるナジュミネの子どもは中々生まれにくい。そのため、彼の妻の中に人族がいると子どもが生まれやすいのはその人ということになる。この場合、真っ先に子を生す可能性が高いのはサラフェになるのだ。
子どもの早い遅いで何かが起こるわけではないが、ナジュ母はナジュミネが子どものことで悩むのではないかと心配しており、そういう意味でも知っておきたかったのだ。
「そうなの?」
「ちょっとだけね。ナジュが上手くやれるかしらって、私の目からも見てみたいじゃない?」
「もう! 私は上手くやってるよ!」
ナジュミネがナジュ母の言葉に箒をひっくり返して柄の部分を地面に叩きつけてしまう。その光景をナジュ父と墓の管理人である鬼が眺めていた。管理人の鬼はナジュ父の元子分の1人である。
「あの……親分……」
管理人はナジュ父におずおずと話しかける。
「もう親分ではないが……はい」
元子分とはいえ、ここの管理人である鬼にナジュ父は丁寧に返事をする。
「その……できれば、箒などの借り物は大事にしてもらいたいのですが……ほかに使う方もいますし、その……村で出し合ったお金で買っていますので……」
「……すみません。言って聞かせます」
管理人は、口下手のナジュ父が言って聞かせるという言葉を使ったので、ちょっとだけ吹き出しそうになりながらも、さすがに笑うわけにもいかず、ぷるぷると震えていた。
「!」
管理人の様子を怒りと捉えたナジュ父は急いでナジュミネの方に向かって、箒を大切に使うように注意していた。
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