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初めて人の死というものを間近で感じた気がする。
確かに目の前にあった存在が消える瞬間。
たとえ知らない人であったとしても、心の奥で喪失感と恐怖が行き交う。
それがもし自分の愛する人の命だったらと思うと、気が触れそうだった。
絶望なんて言葉では片付けられない。
目の前にいる兵士にもきっと愛する家族や恋人、彼を愛する人達もいたのだろう。
愛されて生きてきたのだろう。
全てが過去形になってしまう。
なんとも言えない気持ちに蓋をして、手を合わせる。
彼の痛みも苦しみも悲しみも消えますよう…
他の兵士達を少しでも助けられればと、私は彼らのところへ行き鎮痛薬を飲ませる。
よほど強力な鎮痛薬なのだろうか。
兵士達は薬を飲むと少し楽になるようで、笑ってこちらに゛ありがとう゛といった表情をした。
少し嬉しかった。
奇妙な世界ではあるけれども微力ながらも人の役に立てたのかと。
考えてみれば、私は誰かのためになんて生きてきただろうか。
いつだって余裕がない自分だ。
自分のことだけ考えてきた気がする。
誰かに喜んで欲しいとか、役に立とうなんて思考はなく楽な楽な道だけを選んできたように思う。
最後の一人の兵士に薬を渡そうとした。
だいぶ重症そうだ…
体中が血だらけでどこを怪我しているのかもわからない。
血の匂いに吐き気を催しそうだったが、今はそんなこと言ってられない。
「薬飲めますか?」
その兵士の顔を見ると日本人のようだった。
何故、日本人が戦争に…?
「俺は…いらない…」
彼は痛みに耐えながら、振り絞るように喋った。
やはり、日本語だ。
「あなたは日本人?」
私は聞いた。
「いや、アジア圏…のにんげん…」
「日本語が上手ですね」
そんなお喋りをしている暇はなかったが、同じアジアの人間としても気になった。
「体が痛いでしょう?薬を飲んだ方がいいですよ」
彼は何も喋らなくなった。
時々、何とも言えないうめき声を出すだけ。
「罰が当たったんだ…」
まだ話せる元気はあるようだ。
少しホッとする。
「罰って?」
私が質問する。
「英雄気取りで…勝手に義勇軍に入った…」
「それは…とても勇気のいる行為ですよ」
私はなんと言っていいのかわからなかった。
どこかから借りてきたような、我ながら薄っぺらい言葉しか発せなかった。
「そんな…立派なもんじゃない…」
彼が息苦しそうに話す。
大丈夫だろうか?
「あんたは地獄を見た事があるか?」
地獄?
それで言ったら、今見ているこの夢の世界こそが私の地獄だ。
「周りが止めるのも聞かずに…俺は…渇いていたんだ…人生に。綺麗事を掲げて…俺にも何か出来るはずだと…認めてもらい…」
゛渇いていたんだ゛
聞き覚えのある感情だ。
「周囲に認めてもらいたかった」
私が彼の言葉を勝手に続ける。
彼は、うん、とだけ小さく頷く。
話すのが辛そうだ。
「戦場こそ…俺みたいな奴が軽い気持ちで行くもんじゃない…。1秒で気が狂う…よ」
戦場。
死と隣り合わせの場所。
自分が楽することしか考えていないような私には、行こうとすら考えない場所だ。
「ただね…」
彼はまだ話す。
薬を飲ませてあげたいのだが、困った。
治療を早くしないと危ないんじゃないか?
「自国を守るという気持ちがある兵士は…強かった…精神力が違う…」
「あんたは守りたいものがあるか?」
と私に聞くと、彼は痛みに苦しみ始めた。
よく見ると、お腹に深い傷があって内臓が飛び出ている。
出血がひどくて見えなかった…。
早く早く助けないと。
すると彼が指をさして言う。
「あんたの持ってるそれ…痛み止めなんかじゃ…ねーぞ…」
彼の指さす方向には私が鎮痛薬を与えた兵士達。
まさか。
私はその兵士たちの方へ走る。
顔を見ると寝ているようにしか見えない。
おでこに触れてみると
冷たい。手も冷たかった。
兵士の鼻に手を当ててみる。
呼吸
していない…
よく考えたら、あんなに痛みに呻いていた兵士たちが今は一人残らず静かに寝ている。
いくら強い鎮痛薬だって、飲むだけでこんなに効果があるはずなんてない。
さっきの兵士の…ありがとう、のような笑顔。
あれはわかっていたのだ。
苦しみから逃れられるなら死ぬほうが幸せなのだと。
だから薬を手に取った。
笑って死の世界に行くことを望んだ。
いや、選択肢がそれしか残されていなかったのだ。
浅はか過ぎる自分に本当に嫌気が差した。
私は急いでアジア系の兵士のもとに戻る。
彼はすでに目をつむり静かに眠っていた。
ああ、彼もか。
しかし、彼は薬を拒んだ。
最後の最後まで苦しみよりも迫りくる死のほうが怖かったのではないか。
生への執着があったのだろうか。
それが健全だ。
彼の最期に投げかけられた言葉。
「あんたには守りたいものがあるか?」
彼の顔を見て答えを言う。
「あります。家族と…娘の幸せです…」
自分でも気付かぬうちに、頬に涙がボロボロとこぼれていた。