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7 - 第7話「白い天井に映る星」

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2025年01月19日

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医師が紙を手に取り、震える文字を慎重に追う。その瞬間だった―――。


医師の表情が、明らかに変わった。

それまでの穏やかな顔が、硬直し、凍りついたように見えた。


どうしたんだろう。

やっぱり、こんなにも汚い字だと読めないんだろうか。


医師は紙をじっと見つめている。

その視線の奥に、何か重たいものが宿っているように見えた。


「これは、あの日ここへと一緒に運ばれてきた女性のことを知りたい、ということで間違いありませんか?」


医師がゆっくりと顔を上げ、僕の瞳を真っ直ぐに見据えながら問いかける。


コクッ、コクッ―――。

僕は首を激しく上下に動かし、全身全霊で答えを伝える。


その瞬間、医師の目が微かに揺れた。

彼は一言も発さず、そっと視線を外した。


まるで、僕の瞳と向き合うことすら辛いとでも言うように。


「あの日、駆けつけた救急隊員によって、一緒にいた女性もあなたと共にこの病院へと搬送されました。」


その言葉に、一瞬だけ安堵の息を吐く。


(君も、ここに運ばれてきたんだね。)

それを知っただけで、僕の胸の中に微かな希望が灯る。


けれど―――。


医師は深く息を吸い込み、一瞬口を閉ざす。

その沈黙が、耳の奥で爆音のように響いた。


「既にこの病院に着いた時には、あなたも女性も共に心肺停止の重体でした。」


医師の言葉が、まるで氷の刃のように胸を刺す。

僕は唾を飲み込むことすら忘れ、彼の次の言葉を待つ。


「私たちはすぐに緊急手術に取りかかり、電気ショックによる心肺蘇生を試みました。」

「あなた方は生涯を終えるにはまだ若すぎる。」

「何度も何度も、決死の思いで呼びかけました。」


その言葉一つひとつが、僕の胸を締め付けていく。

医師の声には震えが混じり、その表情には疲労と痛みが滲んでいた。


「手術を諦めかけたその瞬間に、あなたの心臓は再び活動を始めたんです。」


その瞬間、医師がかすかに笑みを浮かべる。

けれど、その笑顔はどこか影を落としていた。


僕の中で何かが崩れ落ちる音がした。


この人は、本当に僕たちのために全力を尽くしてくれたんだ―――。

それは分かる。彼の言葉や仕草の一つひとつが、それを物語っている。


だけど、僕が知りたいのは―――、


(君はどうなった?)


医師は一度唇を閉ざし、視線を床に落とす。

部屋全体が静寂に包まれる。


その沈黙が、悪い予感をさらに煽る。


「しかし―――。」


彼が放ったその一言が、重くのしかかる。


「一緒にいた女性の心臓は、二度と動き始めることがありませんでした。」


「申し訳ありません。本当に…申し訳ありません…。」


言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかった。

いや、理解したくなかっただけなのかもしれない。


君は―――、もうこの世にいない?


(そんなはずがない。)


僕の中で必死に現実を否定する声が叫ぶ。

でも、その声はどんどん弱くなっていく。


最後に見た君の笑顔が、頭の中に蘇る。

幸せそうに笑っていた君。


(あの笑顔が嘘だったって言うのか?)


また二人で、すべてをリセットして、あの世で一緒に暮らす―――。

そう決めたじゃないか。


君と僕の物語は、あの日で終わるはずだった。


だけど、現実は僕だけをここに残した。

僕だけが、息をしている。


救急車のサイレンの幻聴が頭の中で鳴り響く。

その音が、僕の胸に蓄積していく怒りを掻き立てる。


(こんなことになるなら、手術なんてしてくれなくてよかった。)


医師の顔を見た瞬間、全身が震える。

この人に怒りをぶつけても仕方がないことくらい分かっている。


けれど、抑えられない。

怒り、悲しみ、悔しさ、絶望―――。


全てが一つになって、僕の中で渦を巻く。


「本当に…申し訳ありません…。」


医師は何度も頭を下げる。

その仕草すら、今の僕には苛立ちを増幅させるだけだった。


(謝らないでくれ―――。)


謝罪なんていらない。

僕が欲しいのは、君の笑顔だけなんだ―――。


そうやって僕が混乱の中で考えを巡らせている間も、医師は謝り続けていた。


「本当に…申し訳ありません…。どうか許してください…。私の力が足りなかったばかりに…。」


その声は震えていて、どこか掠れていた。

その震えが、静寂の中で重低音のように響く。


ふと医師の拳に目を向ける。

爪が深く食い込み、血が滲みそうなほどに強く握られていた。

その拳は、小刻みに震えている。


そして、視線をそっと顔に移すと―――、

彼の目には涙が溢れていた。


それは、医師という役割を超えた、

一人の人間としての感情が露わになった瞬間だった。


その光景を見た瞬間、

胸の奥で渦巻いていた怒りが、ゆっくりと消えていくのを感じた。


(この人は、僕たち二人に平等に最善を尽くしてくれたんだ。)


それでも、君を救えなかった。

たまたま僕だけが息を吹き返してしまった。

その事実が、この人の心をこれほどまでに苦しめている。


僕は声を出すこともできず、

思うように動かせない手もただそこにあるだけだった。


自分の感情をどう伝えればいいのかも分からないまま、

ただ、医師の顔を見つめ続けることしかできなかった。


目の前の白い天井をぼんやりと見上げる。

もちろん、ここでは星なんか見えない。


だけど―――、君と一緒に見た、あの星空が脳裏に浮かぶ。

君が笑って、「綺麗だね」と呟いたあの瞬間。


僕はその星空を想い返しながら、

この真っ白なコンクリートの天井に重ね合わせた。


(君は、そこにいるのだろうか?)


星のような光となり、

この天井の向こう側で僕を見守ってくれているのだろうか?


目を閉じると、君の声が聞こえる気がした。


「また二人で星を見に来ようね。」


君が笑っている姿が浮かぶ。

でも、その笑顔が、どうしても霧のように掴めない。


涙が再び頬を伝い落ちる。

天井の向こうにいるかもしれない君に向かって、心の中で呟いた。


(ごめんね、君を守れなくて。)

(君がいない世界で、どうやって生きればいいのだろう。)


静寂が部屋を支配する中、医師がそっと立ち上がる気配がした。


「もう少し休んでください。」

「あなたが生き残ったことには、きっと意味があるはずです。」


その言葉が、僕の中でぐるぐると反響する。


意味―――?


君がいないこの世界に、僕が生きる意味なんてあるのだろうか?

それとも、君の代わりにこの命を使って、何かを成し遂げるべきなのだろうか?


分からない。

ただ、空虚な感情だけが胸の中で膨れ上がる。


医師が部屋を出ていった後、

僕は再び天井を見つめ、君の姿を思い描き続けた。

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