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数日が経った。
ぺいんとは少しずつ、館の中での自分の場所というものを感じ始めていた。朝はレウクラウドと食堂で食事をする。昼間はらっだぁの近くにいることが多い。夕方にはコンタミが廊下を通って、触手をひらひらさせる。金豚きょーとはたまにすれ違って、短いやり取りをする。
それだけのことが、繰り返された。
繰り返されることが、怖くなかった。
それが一番不思議なことだった。同じことが繰り返されることは、怖いことだと思っていた。先が見えないことよりも、先が見えることの方が怖かった。でも今は違った。同じ朝が来ることが、なぜか安心に感じられた。
ある日の昼下がり、廊下を歩いていると、金豚きょーと鉢合わせた。
「よ」
金豚きょーが言った。相変わらず書類を持っていた。
「……こんにちは」
「飯、ちゃんと食えてるか」
また同じことを聞かれた。最初に会った時も同じことを聞かれた。
「……食べてます」
「そか。顔色もマシになってきたな」
それだけ言って、通り過ぎようとした。
「あの」
ぺいんとは思わず声をかけた。
ばどきょーが振り返った。
「金豚きょーさんは、いつもそれを持ってるんですか」
書類のことだった。聞いてから、余計なことを言ったかと思った。
でも金豚きょーは少し笑った。
「館の管理やら何やら、色々あんねん。らっだぁは大雑把やから、細かいことは俺がやらんと回らん」
「……大変ですね」
「まあな」
金豚きょーはため息をついた。でも、嫌そうではなかった。
「お前、最近少し顔が変わったな」
唐突に言われた。
「……変わりましたか」
「最初来た時よりは。目に、少し光が戻ってきた」
ぺいんとは何も言えなかった。
「良いことや」
金豚きょーはそれだけ言って、また歩き始めた。今度こそ通り過ぎていった。
ぺいんとはしばらく廊下に立っていた。
目に、少し光が戻ってきた。
自分では分からなかった。でも、誰かがそう言ってくれた。
(そうなのかもしれない)
そう思って、また歩き始めた。
その夜、ぺいんとは久しぶりにゆっくりと眠れた。
夢は見なかった。暗い部屋も、冷たい床も、遠くで聞こえる声も、夢の中には出てこなかった。ただ静かな眠りだった。
朝、目が覚めた時、窓から光が差し込んでいた。
(また朝が来た)
そう思って、少し不思議な気持ちになった。朝が来ることを、当然だと思えるようになっていた。いつからそうなったのか、自分でも分からなかった。
食堂に行くと、レウクラウドがいた。コンタミもいた。珍しかった。コンタミが食堂にいるのを見たのは、初めてだった。
「おはよ〜」
コンタミが言った。触手の一本がひらひらした。
「……おはようございます」
「珍しいよね、コンちゃんが朝から食堂にいるの」
レウクラウドが言った。
「なんとなくね」
コンタミは軽く答えて、椅子に座った。触手が二本、勝手に卓上のものをいじり始めた。レウクラウドがそれをそっと止めた。コンタミは特に気にした様子もなかった。
ぺいんとはいつもの場所に座って、その様子を見ていた。
(こういうのを、日常って言うのか)
そう思った。
怖くなかった。不思議と、怖くなかった。賑やかで、少し騒がしくて、でも誰も自分を傷つけようとしていない。そういう場所に、自分がいる。
「今日は何が食べたい?」
レウクラウドが聞いた。
ぺいんとは少し考えた。
「……みんなと、同じものが食べたいです」
言ってから、少し照れくさくなった。でも、そう思った。自分だけ特別なものではなく、みんなと同じものを食べたいと思った。
レウクラウドが少し嬉しそうに笑った。コンタミが触手をひらひらさせた。
「ええやん」
後ろから金豚きょーの声がした。いつの間にか来ていた。
「成長してるやないか」
ぺいんとは少し俯いた。恥ずかしかった。でも、悪くなかった。
朝食を終えてから、ぺいんとはらっだぁを探した。
いつもなら先にらっだぁの方から来てくれる。でも今日はまだ姿が見えなかった。自分から探しに行くのは、もう珍しいことではなくなっていた。
らっだぁは庭にいた。
縁側ではなく、庭の中ほどに立っていた。空を見上げていた。ぺいんとが近づいても、気づいていないようだった。
「らっだぁさん」
呼んだら、こちらを見た。
「なに?」
「……何を見てたんですか」
「雲」
らっだぁは答えた。それだけだった。
ぺいんとも空を見た。白い雲が、ゆっくりと動いていた。
「……綺麗ですね」
「そうだねぇ」
二人で空を見た。しばらくそうしていた。
「らっだぁさんは」
ぺいんとが言った。
「よく空を見るんですか」
「たまにね。考え事をする時とか」
「何を考えてたんですか」
らっだぁは少し間を置いた。
「お前のこと」
ぺいんとは少し驚いた。
「……俺の」
「ここに慣れてきたかなと思って」
らっだぁが言った。特別な感情を込めた声ではなかった。ただ確認するような、でも少し柔らかい声だった。
「……慣れてきたと、思います」
「そっか」
らっだぁは頷いた。それからまた空を見た。
ぺいんとも空を見た。雲が少し形を変えていた。
「らっだぁさんが、助けてくれたから」
気づいたら言っていた。
らっだぁはこちらを見なかった。でも、少しだけ表情が動いた気がした。
「……俺は何もしてないよ」
「そんなことないです」
ぺいんとは言った。
「ここに連れてきてくれました。それだけで、十分です」
らっだぁはしばらく何も言わなかった。空を見たまま、黙っていた。
「……そう」
やっと言った。声が、いつもより少し低かった。
それ以上は言わなかった。ぺいんとも何も言わなかった。ただ二人で、同じ空を見ていた。
雲がまた、少し形を変えた。
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