1×××年
「…イングお兄様。どうして僕は鏡に映らないのですか?」
ある日そんな質問をしてみた。
僕は写真や鏡に映らない。服や持ち物は映るのだが、本来肌がある部分は透けて後ろの風景が見えるのだ。それが何故なのか、ずっと気になっていた
お兄様が困るのはわかっている。けれど知りたかった。
自分だけ仲間はずれにされている気分になってしまうから
イングお兄様は少し考えたあとこう言った
「イギリスは妖精さんなんですよ」
「…妖精?」
あまり言っていることが理解出来なかった。
確かに妖精ならば写真や鏡に自分が映らないのもおかしくないのかもしれない。
だが僕は羽もないしなにか不思議な力がある訳でもない。それに自分が妖精なら血が繋がっているお兄様達が普通のヒトなのはおかしいだろう。
でもこれを言ったらまた困らせてしまう。
この質問をした時点で困らせていることは火を見るより明らかなのだから
「そう、なんですね。教えてくださりありがとうございます」
「あと、もう1つ聞きたいことがあるんです」
「なんですか?」
「僕はどんな顔なんですか?」
この質問なら見たまま答えるだけだから大丈夫だろう。
(本当に顔がなかったらどうしよう)
いや、さすがにあるだろう。手もあるし顔にふれられるんだから。それにイングお兄様もさっきみたいに困った顔はしていない。何から話そうかうずうずしてる表情に近い
「そうですね…目がぱっちりしてて右目は青、左目は赤です。口は小さめですね」
「目が左右で違うんですか!?」
思わず身を乗り出すどころか大声を出してしまう。恥ずかしい。
僕は姿勢を治したあと咳払いをしてごまかした。これはイングお兄様の真似だ。
するとイングお兄様がにこりと笑い首を傾ける。
「えぇ、とても綺麗ですよ」
所謂オッドアイというやつだろう。家族の中にオッドアイのヒトはいなかったから驚いた。
そういえば前にみかけた猫がオッドアイだった気がする。お揃いだったんだな
(オッドアイかぁ…)
「見てみたかったなぁ…」
「…」
イギリスは声が漏れていることに気づかず、イングランドが黙ったのを気にするだけだった
______________
「なんてこともありましたかね…」
未だに私は自分の顔を知らない。何故写真や鏡に映らないかは何となくわかった。
私はイングお兄様、スコットお兄様、ウェールズ、北アイルがいるからこそ成り立っている。
「イギリス」は実在してる訳じゃない
それに気づいたことはお兄様達には言っていない。
お兄様を困らせてしまうし、もし本当にそうだとしたら私が耐えられないかもしれない。
(こんなこと考えるのやめましょうか)
気が病んでしまいそうだから。
紅茶でも飲もう
そんな時スマホの着信音がなった
…フランスですか
このまま無視をしておこうと思ったが、なんだか重要なことな気がしたから電話に出た
『あっ、もしもし?イギリス?』
「はい、なんですか?」
(しょうもない内容だったらすぐ消してやろう)
そう思った次の言葉は意外なものだった
『絵のモデルになってくれない?』
「…絵のモデル?」
『そうそう、展示会終わって暇でさー。今のうちにヒトも練習しておきたいんだよね』
確かに、フランスは前から風景をよく描いていた。
それに前「ヒト描きたいんだけどあんま得意じゃなくて」
と言っていた。それの練習台になれということだろう。
つまり
私には利が無い
時間を削ってまであんな辛い(らしい)絵のモデルなんてやりたくない
…断ろう
『お願いイギリス!君がいいんだよ!』
今までに聞いた事がないほどに心がこもった声だった。電話越しでも目の前にいるかのように。まっすぐと
「…いつになく真剣ですね。今までなら嫌味を言って無理矢理って感じだったのに」
『だって絵だもん』
「…はぁ」
「……今回だけですよ」
『ほんとに!?やったー!ねぇ、明日!明日って空いてる?』
「明日は午後は空いていますよ。三時に紅茶を飲ませてくれるなら明日で大丈夫です」
『ほんとに紅茶好きだよねー…いいよ、ありがとう』
「では、切りますね」
『うん。ほんとにありがとう』
フランスが言い終えたところで電話を切った。
(絵のモデルですか…)
ま、明日にならないと分かりませんね。
偏見でモノを語るのは良くないですから
______________
「イギリス!今日は来てくれてありがとう!」
いつになく元気な声で出迎えられる。
もう少し声量を抑えられないものか
「で、私はどうすればいいのですか?」
「なんかやる気あるね。どうしたの?」
「早く終わらせたいだけです」
そう言うとフランスは顔を顰めた。
まあ予想は出来ていたようで直ぐに顔を戻していたが
「ここに座っておいて」
「…座るだけですか?」
指定された椅子は背もたれもついているから動けないとはいえ苦ではなさそうだった
「初めてでしょ?絵のモデル」
「そうですね。初めてです」
「でしょ?だから楽な姿勢に」
「そういうことですか」
「あとおじいちゃんだし」
「ちょっと」
今度は自分が顔を顰める。
私がおじいちゃんなら日本さんはどうなんですか日本さんは。
…というか、私よりフランスの方が歳をとっているはずでは
「ま、とりあえず座っといて。ジュは描いとくから」
「分かりました」
指定された椅子に座る。思ったより柔らかく本当にこれでいいのか心配になる程だった。フランスのことを目だけ動かして見ると真剣に描いているためこれでいいのだろう。
それにしても、いつになく真剣だ。
あの時電話越しに伝わった以上に
そういえば、フランスの絵は見たことがあったが、フランスが絵を描いているところは見たことがなかったかもしれない。
こんなにも集中して描いていたなんて知らなかった。
今度からはもう少し褒めてやろう…
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「イギリス、出来たよ!モデルお疲れ様ー」
「いえ。…あなたもお疲れ様です」
「えっ…イギリスがジュを労ってる…?」
「失礼な。私だって労いぐらいします」
もう今度から労わないでいてやろうか
「それで?どんな絵が出来たんですか?」
「あー…あんまり上手くは出来なかったんだけど…」
そう見せるのを躊躇う
「いいから見せなさい」
「うーん…分かったよ。はい」
「…これは」
ああ、やっと自分の顔を知れた
実際の自分とは顔は違うかもしれない。
けれどそれでもいいんだ。
オッドアイに小さな口、イングお兄様が言っていた通りだ。
感動で思わず涙が溢れてしまう。
絵が濡れないように少し絵から距離をとり、俯く
その行動が気になったのかフランスが顔を覗き込む
「…イギリス?泣いてる?」
「ご、ごめん。ジュが上手くかけなかったから?それとも何か…」
「ちがう…違います」
「え?」
「ありがとうございます。こんなにぼく…私を綺麗に描いてくれて…」
途切れ途切れに言葉を発す。
その間にもフランスは背中を摩ってくれる
「そんなに泣かないでよ。せっかく妖精みたいで綺麗な顔が台無しだよ?」
「綺麗…私がですか?」
「イギリス以外誰が居るのさ」
「…イギリス、この絵。いる?」
「え…?いいんですか?」
「うん、そんな泣かれるほどだとは思ってなかったけど」
「それは…いえ、なんでもありません」
自分の顔を知らないなんて言ったら意味分からないし困るだろうから秘密にしておくことにした
「あの…フランス」
「これからも絵のモデルさせてくれませんか」
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「イングお兄様!見てください」
「イギリス、どうしたんですか?」
「この絵、フランスが描いてくれたんです」
「これはこれは…本物のイギリスのようです」
「これからも絵のモデルをさせてもらえるみたいなんです」
「良かったですね。イギリス」
「…ええ!」
コメント
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思わず涙が溢れるところでした。仏と英の距離感…好きです
鏡や写真に残らないなら絵で残せ…か…天才で草