テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
7
89
蒼月
800
騒ぎ疲れたのか、あるいはミサキに「これ以上騒ぐと魔王サマの邪魔になるわよ」と諭されたのか、セリスたちは捨て台詞を残してようやく執務室を去っていった。嵐のような静けさが戻った部屋で、俺は椅子の背もたれに深く体を預け、紫煙を天井へ吹き上げた。
「……たく、どいつもこいつも感情で動きすぎだ」
「……クロード、お疲れ様。コーヒー、もう一杯淹れる……?」
「ああ、頼む。苦めでな」
シエルが静かに立ち上がり、慣れた手つきで豆を挽き始める。その無駄のない動作と、部屋を包む心地よい風の気配が、削られた精神をわずかに回復させてくれた。
そこへ、影からスッと姿を現したのはミサキだ。
「魔王サマも大変ねぇ。東西の軍勢八千を地雷と科学兵器で一蹴するより、あの三人組をあしらう方がずっと疲れてるじゃない」
「言うな。……で、ミサキ。例の件はどうなった?」
俺が目を細めて問うと、ミサキは不敵な笑みを浮かべ、忍装束の胸元から一枚の極密書を取り出した。
「抜かりないわよ。シノノメとテラノピアの二大国家、案の定『三億ゴールドの賠償金なんて払えるか!』って裏で密談を始めてる。……そして、そこに首を突っ込んできたわ。人間界の勇者陣営・特務機関の工作員がね」
「……フッ、やはりか」
俺は冷ややかに口角を上げた。
正攻法で叩きのめされた東西の過激派どもが、プライドと資金難から人間界の特務機関と手を組み、内側から俺を追い落とそうと画策する。実に読める展開だ。
「奴ら、魔王城の『前魔王の遺産』と最新兵器の技術データを差し出す代わりに、人間界から極秘の資金と新兵器の提供を受けようとしているわ。……ミサキ・クロサキを捨て駒にしたツケ、しっかり払ってもらう機会がこんなに早く来るとはね」
ミサキの瞳に、冷たい復讐の炎が灯る。
「よし。ハンスに連絡しろ」
俺は戦術端末を操作し、暗号通信を立ち上げた。
「シノノメとテラノピアの密談ルートを意図的にスルーさせ、人間界からの『援助物資(最新兵器と資金)』が境界線を通過するタイミングを狙う。……物資はすべて途中で接収、ハンスの闇ルートへ流して俺たちの資金にする」
『ヘヘッ! 毎度あり、魔王様! 敵の援助物資を丸ごとお上の懐に入れるたあ、相変わらずえげつねえ!』
通信越しにハンスの下品な笑い声が響く。
「……シエル、ミサキ。お前たちには現場での情報遮断と物資の奪還を任せる。……邪魔する奴は、容赦なく『処理』しろ」
「……了解。シエルの風で、誰も逃がさない」
「任せて。裏切り者どもに、本当の暗殺術を見せてあげるわ」
二人とも、静かに、そして確実に自分の「仕事」へと意識を切り替えていく。
甘い恋愛模様も、くだらない権力争いも、俺たちの前にはただの雑音だ。
俺は届いたばかりの苦いコーヒーを一口すすり、愛用の消音拳銃のスライドをカチリと引き絞った。
「……さあ、裏切り者ども。俺の安眠を邪魔した請求書(つけ)は、利息をつけてたっぷり払ってもらうぞ」
新魔王クロードの冷徹な盤面支配は、さらに暗く、そして確実に深まり続けていた_。
「――ッ、伏せろ!!」
警告の声を上げると同時に、俺はシエルとミサキの襟首を掴み、問答無用で石造りの床へ叩きつけた。
チュドッ――バンッ!!
コンマ01秒遅れて、俺たちが直前まで立っていた執務室の防弾ガラスが激しく砕け散った。
いや、砕け散っただけではない。分厚い魔法障壁ごと壁が大きく凹み、超高圧の衝撃波が室内を吹き荒れる。
直後、息をつく間もなく二発目の追撃。
ドォンッ!!
今度は音が遅れてやってきた。
一発目は魔法の矢による空間穿孔——【至高のアーチャー】。
二発目は超高初速のアンチ・マテリアル(対物)スナイパーライフルによる物理穿孔——【勇者陣営の凄腕スナイパー】。
「くっ……! 魔王城の最上階……距離にして二千メートル以上先からの同時超遠距離狙撃だと……!?」
ミサキが顔を伏せたまま、驚愕の声を上げる。
ハンスの闇流通網を介した物資横取り作戦。完璧な裏の裏をかいたはずだった。
シノノメやテラノピアの動向、人間界の特務機関の動きまでは完全に掌の上で転がしていた。……だが、これが俺の『決定的な誤算』だった。
勇者陣営は、最初から密談の成否などどうでもよかったのだ。
東西の魔族国家を「撒き餌」として使い、俺が執務室で密談の報告を受け、わずかに隙を見せるコンマ01秒のタイミングだけを狙っていた。
超遠距離からの物理と魔法の極限同期連動狙撃。
人間の作った最新鋭の対物ライフルと、東方の精霊魔導を極めた弓聖のコラボレーション。
(……チッ! 完全に一本取られたな)
「クロード! 無事……!?」
シエルが風の結界を即座に展開し、飛び散る破片と二度目の衝撃波を殺す。俺の右肩の外套が大きく引き裂かれ、浅い切り傷から赤い血が滲んでいた。
「……かすり傷だ。だが、流石にヒヤッとしたぞ」
俺は床に伏せたまま、冷や汗を一筋流しながら不敵に口角を釣り上げた。
二千メートルを超える超遠距離。
こちらの光学迷彩結界の周期パターンを完璧に解析していなければ不可能な精密射撃だ。勇者陣営の「凄腕スナイパー」と「アーチャー」、相当な手練れを送り込んできやがった。
チュンッ!
三発目の弾丸が、シエルの風の結界の外側を削り取る。
一発で居場所を割り出し、絶え間ない連射で遮蔽物の影から一歩も動かせないように拘束(ピン留め)するプロの仕事。
「くそっ……! 狙撃手が二人、しかも完璧に呼吸を合わせているわ! 射撃の合間の隙(ラグ)がゼロよ! これじゃ反撃の隙がない……!」
ミサキが唇を噛み締めながら、壁の陰で苦無を握り直す。
「……ふぅ」
俺は盛大に欠伸を噛み殺すと、血の滲む右肩を雑に手ぬぐいで押さえ、ポケットの中から小さくて重い**『特注の戦術用発煙・減圧シグナル弾』**を取り出した。
「射撃の合間の隙がない……ねぇ」
俺は消音拳銃のスライドを静かに引き直し、シエルとミサキへ冷徹な視線を向けた。
「敵のスナイパーとアーチャー……あいつらは確かに天才的だ。だが、二千メートル離れた場所から狙撃する以上、**【弾丸と矢が届くまでに約1.5秒の物理的なタイムラグ】**が生じる」
「……タイムラグ?」
「そうだ。相手は俺の動きを『予測』して撃っている。……なら、その予測のデータを狂わせてやればいい」
俺は不敵な笑みを浮かべ、二人に短く指示を出した。
「シエル、風で室内に溜まった煙草の煙と埃を全方位へ爆発的に拡散させろ。ミサキ、お前はハンスから受け取った光学迷彩スーツの過負荷(オーバーロード)で、この部屋全体に十五個の『俺の疑似熱源(デコイ)』をばら撒け」
「……了解。シエルの風で、敵の目(照準)を狂わせる」
「任せて。二千メートル先のスナイパーの計算、ズタズタにしてあげるわ!」
二人が即座に動き出す。
「……さあ、遠くから高みの見物を決め込んでいる凄腕スナイパーさんよ」
俺は消音拳銃の弾倉をカチリと装填し、窓の外の暗闇を見据えた。
「二千メートル先の『暗殺者』に、人間の作った弾道計算と、ドブネズミのカウンター狙撃(アンチ・スナイプ)の恐ろしさを叩き込んでやる」
誤算は生じた。だが、それをその場で最大の罠に作り変えるのが、俺のドブネズミ帝王学だ。
冷や汗を拭い去り、俺は静かにカウンターの一撃を狙うべく息を殺した。
コメント
1件
読み終えたよ……第39話。めっちゃ重厚で、頭がキリッとする展開だったね。 冒頭のセリスたちの騒ぎから、一転しての超遠距離同時狙撃。あの1.5秒のタイムラグを逆手に取るクロードの冷静さ、すごく好き。ただの力押しじゃなくて、徹底的に“計算”で戦ってるところが、この作品の魅力だと思う。 シエルとミサキのプロっぽさも際立ってたし、裏切りと復讐の匂いが濃くなってきて、次がすごく気になる……。キュルノさんの手際の良さ、本当に尊敬するよ。