テラーノベル
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レンは、外から来る人間は敵だと教わって育った。
正確には。
敵かもしれない人間を、敵ではないと分かる前に近づけるな。
父ガイはいつもそう言った。
「迷った時は距離を取れ」
朝。
レンは第31居住区の北側監視台に立っていた。
十五歳。
正式な警備員ではない。
見習い。
それでも人手が足りないため、昼の監視や記録は任される。
31の境界は17より低い。
代わりに二重の金網と見張り台がある。
外側には古い車体や金属板を組んだ障害物。
「南側、異常なし」
レンが記録する。
隣で年上の警備員が欠伸をした。
「昨日の二人、来ると思うか?」
「分かりません」
「親父さんに似てきたな」
「何がですか」
「つまらん答え」
レンは無視した。
数日前。
南の旧中継所付近で、二人分の新しい足跡を見つけた。
小さい。
大人ではない可能性。
追跡すると、足跡は南西へ続いた。
地図上ではC-17。
レンが知る限り、17は無人だと教わっていた。
「本当に人がいると思う?」
警備員が聞く。
「境界がありました」
「昔の施設だろ」
「中から灯りが見えました」
「じゃあ幽霊だ」
「面白くないです」
「お前、本当に十五か?」
レンは南を見る。
第31居住区では、外の人間に関する話が多い。
昔。
中央との連絡が切れたあと。
物資が減った。
別の居住地から来た人間と、水や部品を巡って争いになった。
死者が出た。
レンの祖父の世代より前。
記録にも残っている。
だから、外から来る人間を簡単に入れない。
31ではそれが常識だった。
昼。
レンは母エナのいる資材庫へ行く。
「ボルト、これだけ?」
「これだけ」
箱の底に十数本。
「来月の修理分は?」
「別の機械から外す」
「また?」
「また」
エナは笑う。
「嫌なら中央に注文して」
「つながってないでしょ」
「だから言ってる」
31も物資不足だ。
農業は17より厳しい。
古い工業設備は多い。
金属加工もできる。
だが食料は毎年ぎりぎり。
だから外の人間が怖い。
一人増えれば、一人分食べる。
十人来れば十人分。
善人か悪人か以前の問題だ。
夕方。
父ガイが帰った。
四十二歳。
警備責任者。
「南の紙は?」
レンが聞く。
「置いてきた」
「返事来ると思う?」
「来なければそれでいい」
「二人、子供だった」
「だから安全とは限らん」
「子供ですよ」
「子供の後ろに大人がいるかもしれない」
レンは黙る。
父はいつも最悪を考える。
それで31を守ってきた。
「もし17が残ってたなら」
レンが言う。
「何で今まで知らなかったんだろ」
「通信が切れたからだ」
「歩けば行ける」
「歩かなかった」
「何で?」
ガイは息子を見る。
「必要がなかった」
「本当に?」
「何が言いたい」
「別に」
レンはそれ以上聞かなかった。
夜。
食堂で夕食。
豆と穀物の粥。
少量の干し肉。
壁には今月の配給量。
レンは数字を見る。
先月より少ない。
「畑、悪いの?」
母に聞く。
「水が少ない」
「外に畑作れる場所あるんじゃない?」
「あるかもね」
「調べないの?」
エナは匙を止めた。
「あなた、最近外の話ばかり」
「17が気になる」
「分かるけど」
母は周囲を見て声を落とす。
「お父さんの前で言い過ぎない方がいい」
「何で?」
「怖いからよ」
「父さんが?」
「違う」
エナは笑った。
「あなたが外を知りたくなるのが」
レンは返事をしなかった。
翌朝。
監視台で警報が鳴った。
南側。
二名。
レンは双眼鏡を取る。
旧道。
二人の人影。
一人は少年。
一人は少女。
荷物は小さい。
見える範囲に武器はない。
「来た」
警備員が立ち上がる。
レンの胸が速くなる。
本当にいた。
17から来た人間。
ガイへ連絡。
門は閉鎖。
警備員四人が配置につく。
レンも弓を持った。
古い銃は父が持つ。
弾は貴重だ。
「撃つんですか?」
「必要なら」
「武器持ってない」
「見えてるものが全部とは限らん」
二人は境界から百メートルほどで止まった。
少年が両手を上げる。
少女も。
「第31居住区ですか!」
声が届く。
レンは息を呑む。
番号を知っている。
ガイが前へ出る。
「そこで止まれ!」
「止まってます!」
少年が答える。
「俺たちは第17居住区から来ました!」
周囲がざわめく。
レンは少年を見る。
自分より少し年下。
怖がっている。
それでも声を出している。
ガイが聞く。
「目的は!」
「話をしたい!」
「何の!」
「外のこと!」
意味が分からない。
外から来た人間が、外のことを聞きたい?
「17には何人いる!」
ガイが問う。
少女が少年を止める。
「答えない方がいい」
小さな声だがレンには聞こえた。
父の顔が険しくなる。
「情報を隠すのか」
少女が答える。
「そっちも人数を教えてない」
レンは思わず少年たちを見る。
同じだ。
こちらが警戒しているように、向こうも警戒している。
「名前は!」
「ハル!」
少年。
「ミオです!」
少女。
ガイはしばらく二人を見た。
そして警備員へ指示する。
「門は開けない。外側の確認区画へ誘導」
レンが聞く。
「父さん」
「何だ」
「俺が行きます」
「だめだ」
「最初に足跡を見つけたの俺です」
「だから何だ」
「紙を書いたのも」
ガイが睨む。
「勝手なことをした件は後で話す」
レンは目を逸らす。
実は『31で待つ』と書いたのはレンだった。
父は短い連絡だけを置くつもりだった。
「俺が呼んだなら、俺も話を聞きたい」
「警備としてか?」
レンは迷う。
「……はい」
ガイはしばらく考えた。
「俺から離れるな」
「はい」
門の外側。
古い検査区画。
金網で囲まれた小さな空間へ二人を入れる。
ハルとミオ。
レンは初めて近くで見る。
普通だ。
角も牙もない。
自分たちと同じ服に近い。
むしろ、少し農作業向けに見える。
ハルもレンを見ている。
「紙書いた人?」
いきなり聞かれた。
レンは驚く。
「何で」
「なんとなく」
「違う」
嘘をついた。
ミオがレンを見る。
「今、目逸らした」
「何だよ」
「あなたでしょ」
「……そうだよ」
ハルが笑った。
「ありがとう」
レンは戸惑った。
「何で礼を言う」
「会えるって分かったから」
「敵かもしれないのに?」
ハルの笑顔が消える。
「俺たちが?」
「外から来た人間は警戒する」
「俺たちから見たら、そっちも外の人だよ」
レンは言葉を失った。
考えたことがなかった。
自分たちは中。
外から来る人間が外。
でも17から見れば。
31も外だ。
ガイが間に入る。
「話は中で聞く」
「中に入れるんですか?」
ミオが聞く。
「武器と荷物を確認してからだ」
「帰れる?」
「問題がなければ」
ガイはそう答えた。
レンには、その「問題」が何を意味するのか分からなかった。
ただ一つ。
父の手が、古い銃から離れていないことだけは分かった。
レンが初めて17の境界を見た日のことを、ガイは知らない。
父から許されたのは、中継所周辺の痕跡確認までだった。
だが足跡が南西へ続いているのを見て、レンは少しだけ先へ進んだ。
木々の向こうに高い壁が見えた。
31とは違う境界。
夕方になると、その内側に小さな灯りがついた。
無人ではない。
その時、レンが最初に感じたのは恐怖だった。
次に感じたのは、腹立たしさだった。
「いるじゃないか」
誰に向けた言葉か自分でも分からなかった。
中央との通信が切れてから、31はずっと自分たちだけで生きてきたと思っていた。
食料が足りない年も。
部品を使い回した年も。
病気で人が減った年も。
南西に歩けば別の居住区が残っていたかもしれない。
なぜ誰も確かめなかったのか。
村へ戻って父に報告すると、ガイは驚いたあと、最初にこう言った。
「人数は」
「分からない」
「武器は」
「分からない」
「門の数は」
「分からない」
「なら近づくな」
「でも人がいる」
「だからだ」
父の判断は警備責任者として正しいのだろう。
レンにも分かる。
知らない集団を見つけて、いきなり門を開けるわけにはいかない。
それでも、その夜からレンは南西の地図を何度も見るようになった。
17。
たった二桁の数字が、急に人の暮らす場所へ変わった。
そして今日、その17から二人が本当にやって来た。
検査区画でハルの荷物を確認すると、水、乾燥した食料、布、地図、救急道具が出てきた。
武器と呼べそうなのは小さな刃物だけ。
「これは?」
レンが聞く。
「怪我とか、紐切る用」
「人にも使える」
「使わない」
「どうやって証明する」
ハルが困った顔をした。
「じゃあ預ける」
あっさり差し出した。
レンは逆に戸惑った。
ミオも自分の小さな刃物を置く。
「帰る時に返してください」
「父さんが決める」
「あなたは決めないの?」
「俺は見習いだから」
「じゃあ、いつ決める側になるの?」
妙な質問だった。
「そのうち」
「その時も、今と同じ決まりを守る?」
レンは答えなかった。
決まりを守るために警備を学んでいる。
それを疑うという発想がなかった。
31の子供は十歳を過ぎると、外部者への対応を習う。
知らない者を中へ入れない。
食料庫の場所を教えない。
水源を教えない。
人数を簡単に明かさない。
それらは昔の争いから生まれた教訓だ。
レンは全部覚えている。
けれどハルとミオも、こちらへ人数を聞き返した。
武器を警戒した。
帰れるか確認した。
教わっていないはずなのに、同じことをしている。
「外の人間だから警戒するんじゃなくて」
レンは思わず呟いた。
「何?」
ハルが聞く。
「知らないから警戒するのか」
「そりゃそうじゃない?」
ハルは簡単に答えた。
レンには、その簡単さが妙に残った。
敵だから知らないのではなく。
知らないから、敵かもしれないと思う。
順番が逆なら、知ることで変わる可能性もある。
もちろん、知った結果、本当に危険だと分かることもある。
父ならそう言うだろう。
レン自身もそう思う。
だからこそ、目の前の二人を自分の目で見ておきたかった。
コメント
1件
いやー、23話もめちゃくちゃ良かった…!「知らないから敵」って順番、レンがちゃんと考え始めてるのが熱いわ。父さんの「最悪を考える」姿勢も正しいんだけど、ハルとミオがまるで31と同じルールで動いてるのが切ない。レンの「いるじゃないか」の呟き、あれが全部を物語ってるなあ。続き、17側も見てみたい🔥