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翌日の午前中社内はいつもと変わらぬ喧騒に包まれていたが、鬼塚理人のデスクまわりだけは、妙に静けさが漂っていた。
机の上に積まれた書類の山は、少しずつ崩れ始めてはいるものの、肝心のボリュームは一向に減っている気がしない。
(……チッ。流石に多すぎだろ)
確認項目の多さに辟易しながら、理人は心の中で舌打ちした。もう少し合理化できないものかと、思考だけが空回りする。
ふと右斜め前に目をやれば、朝倉が優雅にお茶を啜りながらパソコンに向かっている姿が見える。係長という肩書きがあるにも関わらず、相変わらず自分の仕事以外には無関心らしい。
(……ホント、使えねぇ)
そんな苛立ちを飲み込みながら再び書類に目を落としたそのとき、軽快な足音がフロアに響いた。
「おはようございます! 鬼塚部長!」
明るい声とともに現れたのは萩原だ。いつにも増して目が輝いているように見える。その手には何枚かの資料が握られていた。
「聞いてくださいよ部長。瀬名さん、昨日俺が説明したところをもう完全に理解してて……しかも、改良案まで出してくれたんです! これ、見てください!」
興奮気味にA4用紙を広げ、詳細な分析と修正案を次々と示してくる萩原。理人は一言も反応せず、それを受け取って淡々と目を通した。
「しかも! 顧客対応もすごく評判いいみたいで。いつも嫌味ばっかり言ってくる取引先の担当者も、瀬名さんの対応に感動してたんですよ。一緒に行った時なんか、瀬名さんのことベタ褒めでした」
「へえ」
「さらに今日の報告会議にも、俺の代理で瀬名さんが出席してくれるって! 入社して間もないのに、もう仕事の内容を完璧に把握してるなんて、本当にすごくないですか?」
「……そうか」
「部長、聞いてます?」
一方的にまくし立てる萩原を横目に、理人は静かにため息を吐いた。
「……まあ、あいつの実力なら、それくらいは当然だろ」
「え? もしかして部長、瀬名さんのこと前から知ってるんですか?」
しまった、と思った時にはすでに遅く、萩原が不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
まさか、瀬名の事が気になってしまい、身辺調査を依頼していたとは流石に言えるわけがない。
「……大した話じゃない。オフィスでの様子を見ていて、そう感じただけだ。それに、君は毎日のように彼を褒めているしな。業績を見れば一目瞭然だ」
曖昧な言葉で誤魔化し、理人はパソコンに向き直ってキーボードを叩き始める。
「ああ、なるほど。確かにそうですね。そういえばこの間も瀬名さんが――」
「……何が、そんなにすごいんですか?」
「っ」
その声が背後から響いた瞬間、理人の心臓が跳ね上がった。
まだ“あの男”が瀬名であると、確信したわけではない。だが、この声の主が何かを知っていることは間違いなく、動揺を悟られぬよう静かに息を吐くと、ようやく顔を上げた。
「……ちょうど、君の話をしていたところだ。なかなか活躍しているようじゃないか」
「いえ、僕はただ、与えられた仕事を淡々とこなしているだけです。それに、萩原先輩の教え方が上手いので、色々と勉強させてもらってます」
「いやぁ、それほどでも……。ていうか俺の方が年下なんだから、“先輩”とかやめてくださいよ」
照れたように頭をかく萩原の姿に、ふたりの間に良好な信頼関係が築かれていることを感じた理人は、再び無言でディスプレイへと視線を戻す。
「鬼塚部長、こちらが今朝の報告書です」
「そこに置いておいてくれ」
チラリとだけ視線を向け、顎で指し示す。瀬名は一瞬、何かを言いたげな顔をしたが、そのまま黙って萩原と共に自席へと戻っていった。
「……ん?」
提出された報告書をめくっていると、その間からふと目に留まるものがあった。
──一枚の付箋。
手書きの走り書きで、こう記されていた。
『本日19時 あのバーで』
その瞬間、心臓がひやりと凍る。
慌てて瀬名の席に目をやると、ちょうど彼と視線がぶつかった。すぐに目を逸らし、理人はごまかすように小さく咳払いをひとつ。
「あの野郎……」
舌打ち混じりにぼやくと、理人は再び書類に視線を落とす。だが、その胸の内は──とうてい穏やかではなかった。
「あらぁ、いらっしゃい。こないだの子、来てるわよ」
「あぁ……」
仕事を終え、待ち合わせの店に足を踏み入れると、ナオミがにやつきながらカウンター越しに声をかけてくる。理人は軽く頷きながら促されるまま、いつものカウンターではなく奥まったテーブル席へと向かった。
ベルベット生地の赤いカーテンでゆるく仕切られた半個室の空間。柔らかな間接照明が空気を包み込み、艶のある重厚なテーブルと二人掛けのソファがそこに静かに鎮座している。
その一角に、すでに瀬名が腰をかけていた。
職場にいる時とは打って変わって、野暮ったかった髪は綺麗に整えられ、額にかかる前髪の奥から覗く瞳は、長い睫毛に縁どられ、どこか艶やかで――男でありながら色気すら感じさせる。
(……同じ人物とは思えねぇな)
思わずその場で立ち止まってしまった理人に気づいたのか、瀬名は読んでいた文庫本を静かに閉じ、柔らかな笑みを向けてきた。
「お疲れさまです。……すみません、無理言って」
「別に。お前のために来たわけじゃない。……たまたま飲みたい気分だっただけだ」
ぶっきらぼうに返しながら、理人はジャケットを脱いで横のハンガーラックに掛ける。気乗りしないまま、瀬名の隣へと腰を下ろした。
「ったく……。なんで男二人でカップルシートなんかに座らなきゃならねぇんだ。狭いんだよ」
「いいじゃないですか。こうやって密着できる方が、僕は好きですけど」
さらりと腰に腕を回され、耳元にそっと息を吹きかけるような声が落ちる。その瞬間、理人の背筋にゾクリとした悪寒とも快感ともつかない感覚が走った。
「てめぇ……もう酔ってんのか? 暑苦しいんだよ、離れろ!」
「ほんと、つれないなぁ……」
牽制の意味を込めて睨み付けてやると、瀬名は大げさなほど肩を竦めて見せる。だが、その表情はどこか楽しげで、まるで本気で嫌がっていないことを見透かされているようで何だか居心地が悪い。
丁度そこに、カクテルとフルーツの盛り合わせを持ってナオミが現れ、すかさず「あらやだ、イチャイチャしちゃって。もしかして理人の彼氏だったの?」と茶化して来るので、「違う」とだけ返して黙らせた。
「やだもう、睨まなくったってもいいじゃない」
器用に野太いキンキン声を上げながらグラスを置いて去っていくナオミを横目に、理人は小さく息を吐いた。
「……悪いな。あいつは騒がしい奴だが、悪いやつじゃねぇんだ」
「別に気にしてませんよ。それに僕は彼氏でも全然かまいませんけど」
「ブッ! は、はぁっ!? てめっ、やっぱ酔ってんだろ!」
シレっと、とんでもない事を言われ、思わず口を付けたばかりのカクテルを噴きだしてしまい、慌てて口元を手の甲で拭った。
「いいじゃないですか。どうせヤる事ヤった仲ですし」
「あ? もしかしててめぇは、一回寝たら恋人同士になるとかって、思考がお花畑の住人じゃないだろうな?」
ギロリと睨みつけると、瀬名はくすっと笑って首を振った。
「まさか。僕だってそんなロマンチストじゃないですよ」
「じゃあ、何が言いてぇんだ」
理人の問いに、瀬名はふっと表情を緩めて目を伏せた。そして、少し間を置いて、真っ直ぐに顔を上げた。
「ただ――あの時のあなたが、どうしても忘れられないだけです」
柔らかく、しかし一切の濁りも曖昧さもない視線。
真っ直ぐに見つめられると、思わず吸い込まれそうになる程の妖艶さを孕んでいる。
「……どうでもいいが、そういうことがしたいならキャバクラにでも行け。俺は酒を飲みに来たんだ。あんまセクハラまがいなことしてっと、もう二度とてめぇの誘いには乗らねぇぞ」
「それは困るな……」
瀬名は楽しげに喉を鳴らして笑い、ようやく理人から距離を取ってソファに座り直した。
「ったく……。心配しなくても、後でちゃんと――そっちのほうも付き合ってやる」
「えっ? いま、なんて?」
「……っ、なんでもねぇ」
ぼそりと呟いた理人の言葉はどうやらはっきりと聞こえなかったらしい。瀬名がきょとんとした顔で問い返してきたが、理人は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、誤魔化すように手元のグラスを一気に空けた。
「……次、何飲むんだ?」
「僕ですか? じゃあ――アイ・オープナーで」
「……随分とクセの強ぇの頼むんだな。大丈夫なのか?」
アイ・オープナー。ジンをベースに、卵黄とオレンジ・キュラソーなどを加えてシェイクした黄金色のカクテル。見た目は綺麗だが、味もアルコールもパンチが効いていて、決して飲みやすいとは言えない。
クセの強い味をしているし、この店で扱っている中ではアルコール度数が高い部類に入るはずだ。
「飲んでみたかったんです。貴方と……。運命の出会いだと思ってますから」
「……チッ……恥ずかしいヤツ」
不意打ちのように真顔で告げられ、理人は頬が熱くなるのを感じて誤魔化すように顔を背けた。アイオープナーを注文して間もなく、ニマニマと笑みを浮かべたナオミがカクテルと小さな小皿に盛られたナッツ類を持って現れた。
「ゆっくり楽しんでってね! あぁ、でもあまり”変な声”は出しちゃ駄目よ。理人ってば声大きいから」
意味深な含みを持たせた言い方をしてウインクしてくるナオミに眉根を寄せると、理人は小さく舌打ちをした。
「ケンジてめぇ……調子乗んなっ! 俺が一度でもテメェと関係を持ったような言い方すんな、気色悪い」
「やぁねぇ、本名で呼ばないでちょうだいっ!」
理人の一喝に、ナオミは唇を尖らせてぷいっと踵を返す。そのやり取りを、瀬名が肩を震わせながら見ていた。
「……部長って、会社のときとほんと別人ですよね」
「ああ? それはお前もだろうが。いつもの眼鏡はどうしたんだ」
「ああ、あれですか? 伊達ですよ。……前の会社で、ちょっといろいろありまして」
瀬名は一瞬だけ視線を落とし、詳しいことは語らずにそのまま黄金色のカクテルに口をつけた。
「……なんか、不思議な味ですね。でも、思ったより飲みやすいです」
目を細めて微笑む瀬名を見て、理人はふっと鼻を鳴らす。
「……物好きなやつだ」
そう呟きながら、自分のグラスに残ったウィスキーを口に運んだ。
どのくらいの時間が経っただろう。
他愛のない会話を交わしながら過ごしていた時間が、いつの間にか穏やかな静寂に包まれていた。ふと、瀬名が身を寄せる。
「ねぇ、部長。そろそろ……戻りませんか?」
その声は甘く湿っていて、耳元に吐息をかけるようにして続く。
「……早く、誰にも邪魔されないところに行きたい」
ぬるりと這うような指が太腿の内側を撫でた瞬間、理人は思わず咥えていた煙草を落としかけ、慌てて手で支える。
「……言うじゃねぇか」
低く笑って返すと、瀬名は艶めいた瞳で見上げてくる。
「部長だって、本当は……期待してたんでしょう?」
「チッ……まぁな。こんなとこで手ェ出されたら堪んねぇから、さっさと出るぞ」
今更取り繕う必要もないかと思い直し、煙草を灰皿に押しつけるとコートを羽織ってマフラーを手にする。
瀬名が会計を済ませている間に扉の外へ出ると、肌を刺すような夜気が全身を包んだ。
「さみぃ……」
「ですね。……でも、すぐにあったかくなりますよ」
足早に通りを抜けて、かつて一夜を共にしたホテルへと向かった。パネルの前で適当に部屋を選び、エレベーターに乗り込んだ瞬間――
不意に、腕を引かれる。
「……っ」
驚く間もなく、瀬名の腕の中に引き寄せられ、そのまま壁に背を押しつけられる。
顎を掬われ、見上げた先にあるのは、妖しく揺れる漆黒の瞳――。
気がついたときには、もうその唇が自分のものを塞いでいた。
湿った舌が滑り込んでくる。戸惑う暇すら与えず、口内をなぞり、舌を絡め取られる。
「……んっ、ちょ……おい、バカ……っ! まだエレベーターの中だぞっ……!」
「平気です。僕らしか乗ってませんから」
「そういう問題じゃな――っ、ん、ぅ……」
制止の声を上げようとすると、再度口を塞がれ今度は絡めとるようにして舌を吸われる。まるで貪るような激しいキスに翻弄され、腰に甘い疼きが生まれる。
「ふ、ぁ……、ン、くそ、はぁ……っふざけんな、いきなり、こんなキス……」
「ん、ふふ……。可愛い……」
ようやく解放され睨み付けながら息を荒げる理人に瀬名はうっとりとした表情で囁きかけると、もう一度軽く触れるだけの口付けを施した。
それと同時に扉が開く音がして、理人はありったけの力を込めて瀬名を押しのけると足早にエレベーターを降りた。
「全く、何を考えているんだお前は……っいくら誰にも会わないようになっているからと言っていくら何でもあんな場所で……」
「どうしても我慢が出来なかったんです」
「な……っ」
瀬名は悪びれもせず、それどころか開き直った様子でさらりと言い放つと、まるで見せつけるかのようにネクタイを緩めながらこちらを振り返った。
「言ったじゃないですか。運命の出会いだって……。僕は貴方とこうしたくて堪らなかった。貴方の事が欲しくて堪らない……」
案内灯に従って部屋の前に着きドアをくぐるなり壁に向かって突き飛ばされた
「うわっ、何しやがるてめぇっ!」
壁に当たり、振り向くより早く瀬名が後ろから覆いかぶさって来る。慣れた手つきでベルトを外し、ズボンと下着を一気に膝まで引き下ろされた。突然の事に思考が追いつかず呆然としていると、尻を高く突き出すような格好にされて、露になった臀部にぬるりとした感触を覚えた。
「は!? おい、なにして……ばか、やめ……っ」
「嫌じゃないくせに」
言うが早いか瀬名は左手で尻たぶを掴むと左右に割広げ、ぴちゃぴちゃと音を立てながら窄まりに舌を這わせ始めてしまい、ゾクゾクとした快感が全身を駆け巡った。
「や、あ……っ、やめろ、てめぇ何してんだ……っ」
肉厚な舌が内部に侵入してくる感覚にぞくりと背中が粟立つ。熱い吐息が吹きかかる度にそこはヒクヒクと収縮を繰り返してしまう。
理人は壁に爪を立てて必死で耐えるが、そんな事はお構いなしに瀬名は何度もそこを舐めては、唾液を流し込んでくる。
「あっ、あ……っ、い、いやだ……っ、きたねぇよ……そんなとこ……ッ」
「部長のココ、すごく綺麗で美味しいですよ……。ずっと、こうやって味わいたかった……」
「くそ、変態……っ」
「はは、お尻舐められて感じまくってる貴方に言われたくないですよ……ほら、ここ、誘うようにヒクついてて、凄くいやらしい……」
瀬名はうっとりと吐息混じりに呟くと、更に奥深くまで舌を潜り込ませて来た。今まで感じた事の無い、ぞわりとする未知の快感が脳天にまで駆け上がる。膝がガクガクと震えだし壁にしがみ付いていないと立っていられなくなる。
ドアノブにしがみつき、自然と尻を突き出すような姿勢になった理人の反応を楽しむように、瀬名は何度も舌を抜き差しする。
じゅぷ、ぐちゃと耳を塞ぎたくなるような卑猥な水音が鼓膜を震わせる。
「はぁ、やめ、ぁ……っ瀬名……せめて、ベッドに……っ」
「ダメです。ここでしたい……もう、我慢できないんです」
瀬名はそう言って顔を離すと、すっかり硬く張り詰めた自身のペニスを取り出し、双丘の間に挟み込むようにして擦りつけてきた。
「はぁ……部長のおしり、気持ちいい……」
「……っ、くそっ……変態がっ」
ほんの数メートル先にはベッドがあるのに、急いた熱い唇が肩口や背筋に吸い付いてくる。
「んぁっ!やめ……っ」
肩甲骨のくぼみをねっとりと舐められ甘噛みされると堪らない気分になり、理人は短く悲鳴を上げた。瀬名の舌はまるで別の生き物のように動き回り、背筋を執拗に辿っていく。
瀬名は背中に何度も口付けを落としながら、するりと伸ばした腕で理人の性器に触れると上下に扱き始めた。同時に尖らせた舌先で背骨をなぞられれば堪らなくなって、思わず声が漏れてしまう。
「……んぅ……あぁ……っ」
「……声、我慢しなくていいんですよ……」
「うるせぇ……っああ!」
亀頭の括れをきゅっと摘まむように刺激されると堪らず甘い声が上がりそうになり慌てて手で口を塞ぐ。
「だぁめ。もっと聞かせて下さい……貴方のその声……堪らなくそそるんですよ」
「ばっかやろ……んん……っ」
瀬名の手の動きに合わせて腰が揺れる。もっと強くして欲しいのに、瀬名はわざと焦らすようにゆっくりと動かしてくるものだから堪らない。疼く下半身を持て余し悶えるしかない。
「ふふ……腰、揺れてますよ? 可愛い……。あぁ……もう、無理……早く一つになりたい……」
切羽詰まった様子でそう言いながら瀬名は己の欲望を掴み秘孔に押し当ててくる。散々焦らされたそこはアッサリと彼を飲み込み奥へと誘うように蠢いているのが分かる。
「はぁ……入っちゃいましたね……っ。全部……根元まで……ッ」
「くそ……てめぇ……っこんなとこで……っああ!」
理人は怒りに任せて睨みつけるが瀬名は意に介さず、ゆるりと腰を動かし始めた。
ゆっくりとした律動だが確実に感じる部分を捉えてくる。その度に媚肉が悦びうねるように絡みついていく。瀬名は背後から覆い被さるようにして理人を抱きしめると耳元に口を寄せ囁いた。
「っ……やっぱり、貴方の中……熱くて……凄く気持ちがいい」
「ふぁ……あっ……! んん……っ」
「ねえ、部長も気持ちいいんでしょう? 僕達最高の相性だと思うんです。身体の相性も……精神的な相性も」
「何言っ……あ! ばか……あっあ!!」
耳朶を食まれながら言われるとゾクゾクとした快感が背筋を走り抜け身体から力が抜けていく。そのままズルズルとしゃがみこみそうになると腰を掴まれ無理やり立たされる。
「ふふ……部長のイイトコロは全て把握済みですよ? だから……僕に任せて……全部委ねて……?」
瀬名は甘く囁きながら抽挿を繰り返し理人を追い詰めていく。結合部からはぬちゅぬちゅと淫靡な音が響き、白濁した液体が二人の太腿を濡らしていく。
「ひぁ! あ……っんぁ……くそ……ぁ! だめ……だぁ……ッ」
「可愛い……」
激しい抽挿にガクガクと膝が震え始める。絶頂が近いのか瀬名のものが質量を増した気がした。最奥を穿たれる度に全身に電流が駆け巡り意識が飛びそうになる。
「あっ……く、ぁ、ああ……っ、まて、もっとゆっくり……っ」
「はぁ……っ、無理……っ出そ……っ」」
熱杭を打ち付けられる速度が速くなり肌同士がぶつかり合う乾いた音が室内に響く。同時に一際強く穿たれたかと思うと熱い飛沫が腹の奥に注ぎ込まれるのを感じた。それと同時に目の前が真っ白になり全身を快楽の波が襲う。あまりの衝撃に声にならない悲鳴が上がり身体を弓なりにしならせながら絶頂を迎えた。
「はぁ……やば、すげぇ出た……」
「……」
「……あの、部長」
「うるせえ黙れ」
ぎろりと睨み付けると、瀬名の身体が一瞬ヒャッと竦んだ。
「……てめぇなぁ、こんな所でサカりやがって……っ! スーツが皺になったらどうしてくれるっ! しかもまたナカに出しやがったな!?」
「だって……中に出さないと部長のコートが汚れると思って……それは困るでしょう?」
「…………っ、チッ」
「そんな怖い顔しないで下さいよ。……ホントは中に出されるの好きなクセに」
「は!?」
「だってこの間、ナカに出せって散々……」
「……ッ」
「痛っ」
理人は無言で瀬名の額を指で弾くと、脱がされた衣服を拾い上げ足早に浴室へと向かった。
「あっ、ちょっと待ってください部長っ」
「入ってくんな馬鹿っ!」
なんだかとても居た堪れなくなって、逃げるようにして浴室のドアを乱暴に閉めた。
「――ふぅ……」
シャワーで汚れを落とし後始末を済ませた後、お湯を張った少し広めの浴槽に浸かって理人はゆったりと息を吐き出した。
まさかこの歳になってまで自分があんな所で犯されるなんて考えてもみなかった。
すぐそこにベッドがあったのに、そこまで待てないとかどれだけがっつくつもりなんだ。
でも、まぁ――……。
「……悪くはなかったな……」
「えっ!? 本当ですか?」
「…………!?」
不意に響いた瀬名の声に、理人はびくりと肩を跳ねさせた。いつの間にか風呂場の扉が開け放たれており、そこには一糸纏わぬ姿の瀬名が立っていた。
「…………来んなつったろうが」
「ハハッ、部長、もしかしてソッチの筋ですか? 物凄い顔してますけど。ドス利いてるし」
「プライベートゾーンは邪魔されたくねぇんだよ」
「……っ」
理人が睨みつけると瀬名は一瞬言葉に詰まり、それから少し考える素振りを見せると「あぁ、そういうことですか……」と何かを理解した様子でニヤリと笑った。
「何笑ってやがる」
「いえ別に……。それより僕も一緒に入らせて貰ってもいいですよね」
「はぁ? てめぇ話聞いてなかったのか?」
「大丈夫です。部長の嫌がる事はしませんから」
「信用出来ねぇな」
「本当にしませんって。それに……折角のラブホなんですから楽しまないと損ですよ」
瀬名はそう言うと強引に浴槽に入ってきた。
二人分の体積に耐えかねたお湯がざぶりと溢れ出す。
「おい、狭いだろが……」
「良いじゃないですか。こうしてくっついていれば」
瀬名は嬉々として言うと、後ろから理人を抱きしめた。互いの肌が直接触れ合い背中から熱が流れ込んでくる。
「強引なヤツだな」
「……そう言うの、嫌いじゃないんでしょう?」
瀬名はそう言うと、首筋にちゅっと口付けてきた。
「ふん……勝手にしろ」
理人は観念したように呟くと瀬名に体重を預けた。
事後に、こんな風に暑苦しいまでに密着してくる男は初めてだった。
実は、理人自身はこういうスキンシップが嫌いでは無いが、あまり慣れていない。
だからこそ戸惑っているのだが、それを悟られるのも面白くないのでいつもぶっきらぼうに振る舞うようにしている。
瀬名は満足げに微笑むと理人の首筋に舌を這わせながら理人の身体に手を這わせ始めた。
「ん……、おいっ」
「あぁ……やっぱり。部長の身体、触り心地がすごくいいです……この腹筋なんて、ホント凄い……」
「お前は変態か? 人の腹を撫で回すんじゃねぇよ」
「すみません。つい……」
瀬名は謝りながらもその手を止めようとはしなかった。首筋からうなじにかけて何度もキスを落としながら、ゆっくりと腹筋へ指先を移動させていく。
「はぁ……凄いな……こんなに硬いのに腰は細いんだ……それに、乳首だってこんなに小さいのにこんなに硬く尖って……」
「っ、てめぇ……マジでやめろ」
瀬名の手が胸元に到達した瞬間、理人はその手首を掴んだ。これ以上は流石に見過ごせない。
「……もう勃ってる」
「ッ……」
「可愛いですね……」
瀬名はうっとりとした表情を浮かべると、指先で摘まんだ突起をくにくにと捏ね回し始めた。
「んっ、あ……っ」
「部長……こっち向いてください」
「ん……っ」
理人は言われるがまま瀬名の方を向くと、そのまま唇を重ねられた。
「……ん、ふ……っ」
瀬名の舌が歯列を割って入ってくる。舌を絡め取られ、口腔内を舐め尽くされる。理人はそれに応えるように自らも舌を差し出した。互いの唾液を交換し合うような濃厚な口づけに息が上がり、しっとりと汗ばんでいた身体が再び熱を帯び始める。
「……っ……出るぞ」
「えっ、ちょ……部長!?」
理人は瀬名を浴槽の縁に追いやると、立ち上がり浴槽から出て行こうとする。
「お前……此処でまたするつもりだっただろう?」
「うっ……だってそりゃ……」
「てめぇのデカチン突っ込んだら、湯がナカに入って大変な事になるだろうがっ!」
「えぇ……そこ?」
不満そうに眉を寄せがっくりと項垂れる瀬名に「続きは、ベッドでな……」とわざと色気の含んだ声色で耳打ちすると、今度こそ理人は浴室を出て行った。
「――このっ、何回ヤれば気が済むんだっ」
火照った身体をベッドに横たえ、理人は隣でゆったりと煙草を燻らせている相手をキッと睨み付けた。
ベッドの上では瀬名も素っ裸で、腰から下は上掛けで隠れているもののその上半身は惜しげもなく晒されている。均整の取れた身体は無駄な脂肪など一切なく、程良く筋肉が付いていて男から見ても惚れ惚れする程だった。
「すみません、止まらなかったもので……」
「たく、高校生じゃあるまいし……限度を考えろ」
「でも、部長だって悦んでいやらしく腰くねらせてたじゃないですか……」
「うるせぇ。黙れ」
理人は枕を掴むと、瀬名の顔面に思いっきりぶつけてやった。
「痛っ、酷いなぁ……」
「お前が余計な事を言うからだろうが」
言いながら理人は気だるげにうつ伏せになると、髪を掻き上げて溜息を吐いた。
「まだ動けないんですか?」
「当たり前だろうが。どんだけヤったと思ってるんだ」
「いやぁ、若くてすみません」
「……喧嘩売ってんのか?」
ギロリと睨み付ければ、瀬名は「冗談ですよ」と言って苦笑いを浮かべる。本当に食えない奴だ。
――運命、ね。
ふと思い出した。瀬名が、最初に言っていた言葉。
自分に出会ったのは運命だと――あれは、どういう意味だったんだろう。
自分とは偶々ナオミの店で出会って、一夜を共にしただけの関係だったはずだ。
まさか自分の勤めている会社に、新入社員として入って来るなんて思ってもみなかったが、それを運命と呼ぶのは些か大袈裟ではないか。
「なあ」
ぽつりと、理人は言葉を落とす。
「お前、なんであの時『運命の出会い』なんて言ったんだ?」
「えっ? 急にどうしたんです?」
「いいから質問に答えろ。俺は運命なんざ信じてねぇし、愛だの恋だの面倒くせぇし、必要も無いと思ってる……。好きじゃなきゃヤれねぇってわけでもねぇし、誰とヤったってたいして変わんねぇだろ……。それなのに、お前は俺と出会ったのを運命だとか訳わかんねぇこと言いやがって……納得いく説明をしろ」
理人の言葉に瀬名は少し驚いたような表情をした。それから暫く何か考え込んでいる様子だったが、灰皿を手に取ると、トンと煙草の先を押し当てて消してから理人に向き直り静かに口を開いた。
「そうですね……以前僕が勤めていた会社で貴方の書いた資料を読んだことがあるんですよ」
「俺の……? 」
「はい。現在のGPS技術に関する報告書で、部長の開発した製品で犯罪を未然に防ぐ事が出来るという画期的なものだったと思います」
「……それがどうした」
「他の資料もいくつか拝見させて貰いましたが、どれも説得力があって凄いなと思ったんです。ピックアップして来る数値、その分析、結果導き出される考察……どれをとっても素晴らしいと思いました」
瀬名は、視線を真っ直ぐ理人に向けた。
「だから思ったんです。僕は、ぜひこの人のもとで働きたいって。部長の下でなら僕の才能を発揮出来る、もっと成長できる……そんな気がしました。丁度、人間関係が嫌になっていた時期だったので、ちょうど良かったんです。そしたら――……転職する前日に思いがけず貴方に会ってしまった。まぁ、まさか酔っぱらって積極的に仕掛けてきた相手が、自分が憧れを抱いたその人だったなんてその時は夢にも思いませんでしたけど」
「……」
「だから、会社で貴方を見た瞬間に思ったんです。これはきっと神様がくれたチャンスなんだって……」
瀬名は目を細めて微笑むと、そっと理人の頬に手を伸ばしてきた。指先が優しく理人の輪郭をなぞる。
瀬名の真剣な眼差しに思わずドキリと鼓動が大きく跳ねた。
「まだ一緒に仕事をして2週間足らずですけど僕は貴方に惹かれてる。真面目で、仕事熱心で、妥協を許さないところも好きだ。部長のそういうところを尊敬しています。僕には絶対真似出来ないことだから……」
「……っ」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に耐えきれず、理人は視線を逸らして布団を引き寄せるとその中に潜り込んだ。
顔が熱い。心臓が、バカみたいにドクンドクンと騒いでいる。
こんな風に、真正面から好意を告げられたのは――生まれて初めてだった。
「あれ? 照れてるんですか?」
「……うるさい。黙れ……」
布団に頭まで潜ったままモゴモゴと答えると、瀬名はクスリと笑って、上掛けごと理人を抱きしめてきた。
「……好きです。部長」
耳元で囁かれた一言に、理人の体温がさらに跳ね上がる。
「っ……知らん。もう寝る……!」
突っぱねるように背を向けるが、瀬名は怯むどころか、今度は理人の首筋にそっと口づけてきた。
チュッ――と、少し強めに吸われる。
「っ……!」
肩がビクンと震えたのを、本人より先に瀬名が気づいた。
すかさず耳元に唇を寄せて、今度は低く、甘く囁いてくる。
その声が、妙に艶っぽくて――背筋がゾクリとした。
暗示のように、瀬名の声が頭の奥で繰り返される。体の奥まで、熱がジワリと染みていく。
やがて、瀬名の手が腰を撫でながら、するりと下へ滑っていった。
「……おい。てめぇ、何しようとしてんだ……っ!? もう無理だって言っただろうがっ!」
「大丈夫ですよ。今度は最後まではしませんから」
「……お前のその“信用ならねぇ台詞”を、真に受けろって?」
「はい。ただ触るだけ、です」
瀬名は悪びれもせず、にこりと笑って覆いかぶさってくる。
「……くそっ、お前なんか……嫌いだ……っ!!」
「僕は大好きですけどね」
「~~~~ッ!!」
その後――。
もう一ラウンド交えたのは、言うまでもないだろう。