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やかんちゃん🍟🍄🟫
1,029
スコスコップ
20
にょーん
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リンジーが突撃してきてから数日。多少軽くなった体を起こすと、あくびをしながら背筋と腕を伸ばした。カーテンの向こうには、とっくの昔に目を覚ました町が広がっている。
私は玄関扉から外を確認すると、三台程車がないことを確認した。トナリさんとチカマさん、あとはリンジーかな。マヨコくんには事前に煩くなる旨を伝えておいたから問題ないだろう。
「寝すぎた」
時刻はお昼の鐘が鳴る直前。普段なら六時間以上前には起床しているので、体が妙にそわそわする。とりあえず、頭を叩き起こす為に台所で適当なカップに珈琲を注ぐと、再び自室へと戻ってきた。
窓を開けると高台のせいか風が強く、珈琲の湯気をぶわり、と押し戻す。それでも日中であるせいか、そこまで肌寒さを感じることはなかった。
ベランダに出やりもう一度体を伸ばすと、新聞紙の上で天日干しされた骨たちをラタンのバスケットに入れていく。
先日リビングの端っこで見つけた保冷ボックスに、ものの数分程思考が停止していた。頭が傾ぐような感覚の後、急にチカマさんとのことを思い出し、慌てて新聞紙を用意したのだ。
指先で骨を転がすと、滑らかな触り心地に「いい感じ」と呟いた。この乾燥具合なら砕きやすいだろう。
「ええと、何が必要だったかな。乳鉢とジップロックとタオル、ああハンマーがないと話にならんか」
このウォークインクローゼットでは、幾分か前より大規模な地層のズレを観測している。いい加減に片付けなければ此処だけゴミ屋敷になってしまいそうだ。
「あ。あったあった」
『粉骨用』と大きく書かれた小さな箱には、どうやら必要な物品が一通り収納されているようだった。
箱ごとベランダへ持ち込むと、チカマさんから託された骨をいくつかのジップロックに放り込み、タオルで包んでから金属のハンマーを勢いよく振り下ろした。
ガ──ッ、
思ったほどの響き方ではなかったが、念の為もう一枚厚手のタオルを接地面に敷き、それから暫くハンマーで砕く作業を繰り返す。それ以降は最早無心ともいえる作業に近かった。
ある程度細かくなった骨を乳鉢で砕くと、更に細かくなったものをすり潰していくこと数時間。気付けば、空が少しずつ夕暮れ色になろうとしていた。
「ん、いい感じ。さらさらで綺麗」
脇に置いたままの珈琲カップには、最初に淹れた珈琲がまだ少しだけ残っている。だが、粉骨過程ででた細かい粉が浮いており、とても飲む気にはならない。
とりあえず、残りはこの家で出た骨だけだ。こちらは細かくすり潰す必要がないので、先程の半分以下の時間で終わりそうだった。
「つっかれた」
私はベランダから室内に作業場を移すと、再びタオル越しの骨にハンマーを振り下ろしていく。
全ての作業が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。眼下の街並みにぽつぽつとした小さな灯りが散らばっている。
指の爪程の大きさに砕けたことを確認すると、疲労と同時に達成感が押し寄せる。そのまま周囲の片付けを始めながら、新しく沸かしたお湯に珈琲を注いでいった。
「おいし」
作業終わりの一杯が体の隅々にまで染み渡る。そして、殆ど無意識のようにこの数週間のことを思い出していた。あのやたらと派手なワンピースの人が首を括っていた、あの夜の日から。
珈琲に映る自分を見つめていると、ぐらり、と視界が歪みだす。私の手足はいつも無意識に動いていたし、元来のモノグサからそれらに疑問を持つことさえしなかった。
「覚えているのに忘れてるなんて、ばかみたい」
忘れた記憶にしっかりと輪郭が存在しているのは、きっと本来の私が忘れたくなかったからだろう。
ただ記憶の逆流にこの頭が耐えきれないのだ。だから、今みたいなふとした瞬間に何かを思い出す。それの繰り返し。
側頭部に手をやると、ミミズ腫れのような線が指先に引っかかった。広い範囲にある線は、その部分にだけ毛が生えていないのがよく分かる。
『───! しっかりしろ……!!』
薄れゆく意識の中、確かにリンジーは泣いていた。本名で呼ぶなんて、そんなに切羽詰まってたのかしら。
まったく。顔が整っているだけあって、泣き顔もサマになるなんて羨ましい。「泣き虫」そう言って笑うと、リンジーの涙が頬を伝って静かに落ちていった。
「リンジーの泣き虫は相変わらずね」
カップ片手に窓の傍までやってくると、窓硝子に映った顔はいつだかの誰かに似ている。困ったような寂しそうな、そんな表情。
私はすっかり冷めて美味しくなくなった珈琲を啜りながら、久しぶりに丸一日頭痛がなかったことにはたと気付いたのだった。
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、すごく好きです……。骨を砕く作業の描写が静かで丁寧で、なのにふと混ざる記憶の断片が全部を重く揺さぶってくる感じがたまらなかったです。「覚えているのに忘れてる」っていう感覚、すごくわかる気がしました。リンジーが泣きながら呼んだ名前も気になるし、最後に頭痛がなかったことに気づくところ、切なくてじんと来ました。水底さんの書く静かな狂気と優しさのバランスが本当に綺麗です……。次も読みます🌙