テラーノベル
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⚠︎凛潔幼馴染パロ⚠︎
・凛→→→→→←潔
・凛ちゃんがツンデレでありヤンデレ
・首締め表現あり
・単純に長い
最終的にはハピエンなんで安心してください。
大丈夫な方はどうぞ↓
「…」
「…チッ」
気まずい。
現在、通学路を歩いている最中。
悪態をつきながら隣で歩いている男、糸師凛と特に話すこともなく何故か一緒に登校している。
「…おい、付いて来んじゃねぇよ」
「行き先一緒なんだから仕方ねーだろ!」
「…フン」
こんなやり取りをするのはもう何度目だろうか。
凛と俺は家が隣同士で幼稚園も小学校も同じ。
所謂、幼馴染だ。
昔は一緒に遊ぶこともそれなりにあったのだが、 それがいつからか拗れてしまって、こんな微妙で煮え切らない関係に発展してしまった。
凛に関しては完全に俺のことを嫌っている様子だし。
でも家は隣同士で、 俺の母さんと凛のお母さんも親同士仲が良いため何かと凛と俺の仲を取り持とうとしてくる。
凛が俺のいる高校に来たのも母さん達が裏で手を回していたからに違いない。
幼馴染という関係は切っても切れないものだ。
だから嫌でも顔を合わせることが多い。
登校時間が被るまいと家を出る時間を何度かずらしたこともあったが、何故か毎回家を出るタイミングが同じで、結局一緒に登校する羽目になっている。
だから今もこうして凛の後を追う形で通学路を歩いているのだが…
「凛、俺は別に無理にお前との仲を取り戻したいだなんて思ってないし、変に関わるつもりもない。だからそういう態度取るなよ…余計周りに変に見られるだろ…」
「…喋んなよクソが…耳障りだ」
「…」
という感じで雰囲気は最悪。
俺が何を言おうと凛は耳を貸さないし、それどころか余計に凛をイラつかせてしまう始末。
どうするのが正解なのか未だに分からなくてこの変な関係が引き延ばし続いている。
*
「いーさぎ!おはよ!」
「おー蜂楽!おはよ」
蜂楽廻。高校で出来た同級生の友達だ。
少し変わっているがフレンドリーでめっちゃ良いやつだ。
凛なんかより全然話しやすい。
「あ、凛ちゃんも!おはよ!」
「あ?うるせぇよおかっぱ野郎」
「おー相変わらず鬼のぎょーそー!」
「ごめんな蜂楽、いつもこんな感じで」
「うーーん、凛ちゃん素直じゃないもんねー」
「あ?」
凛はこんな感じで基本誰に対してもキツい言い方で人に接しているのだろう。
俺に対する時よりかはいくらかマシになっているが。
「凛、蜂楽は俺の友達だからいいけど、他の先輩に暴言は吐かない方が…いい…と思う…」
「…クソ潔の分際で俺に指図すんじゃねぇ、殺すぞ」
「あの、俺一応先輩なんですケド」
「あっはは!凛ちゃん怖ぁ〜笑」
凛はこの高校で、最近噂の的となっている。
理由は単純で、普通にイケメンだかららしい。
同級生の女子達が凛のことで話しているのを、俺も何度か耳にしたことがある。
顔が良くて運動神経抜群。
だが、生意気で口が悪いというのも事実。
そんな欠点をクールでカッコいいと騒ぐ女子達がいる反面、普通に生意気で気に食わないと思う生徒もいる。特に男子。俺もそう。
それに、凛はまだ一年生だ。
先輩に目をつけられ嫌がらせを受ける羽目になるのではないかと少し心配している。
だからこそ文句を言われるのを覚悟して助言してみたのだが、受け入れてもらえないどころか、『殺すぞ』だなんて物騒な言葉が飛んでくる始末。
凛にとって敬語を使うなんてのは先輩に対してもできないだろう。
なので、『暴言は吐かない方がいい』と、ハードルを下げて伝えたのだが、凛にはそれすらも無理難題なことだったのか。
いや、そもそも俺の言うことを聞きたくないだけなんだろうな。
「だらだらとくだらねえこと喋りやがって…俺は先に行く」
そう言うや否や、凛はその場を去り一年の教室のある方へ向かった。
「またねー!凛ちゃーん!」
「…」
*
「おぉ〜!今日も潔の弁当は豪華ですな〜」
「母さんが毎朝作ってくれるんだよな。こんな気合い入れて作る必要もないのに笑。まぁありがたいけど」
午前の授業を終え、昼休みに突入した現在。
俺は蜂楽とたわいもない話をしながら教室で昼飯を食べている。
「そういえば、今日は午後の授業ないんだよな」
「うん、一年と二年の合同交流会ってやつがあるからね」
「へー、どういうのかちょっと気になるな」
「一年と二年それぞれ2人ずつで4人グループ組むんだって!くじ引きでメンバー決まるらしいけど俺は潔と組みたいなぁ」
「俺も蜂楽とが良いけど…それって一年との組み合わせもくじってことだよな? 」
「うん!多分ね!」
一年との組み合わせか…。
言わずもがな、アイツだけは絶対に避けたいな。
「うーーん…潔はこの後悲惨な目に遭うだろうね…」
「えっ?なんでそんなこと分かるんだよ?」
「俺の中のかいぶつがそう言ってるんだ…潔!ご愁傷様!」
「…」
…やっぱりこいつはこいつで変な奴だ。
決して悪い奴ではないんだけど。
*
そうこうしているうちに昼休みが終わり、合同交流会とやらが始まっていた。
蜂楽の言っていた通り、くじ引きで4人グループのメンバーを決めるらしい。
まずは二年同士で2人組を作るらしいが、 俺のくじの相手は…
「お、潔くんやん」
「氷織か!よろしくな」
氷織羊。二年に上がるタイミングで京都から来た転校生だ。
特別仲が良いわけでもないが、クラスメイトなのでそれなりに話したことはある。
「よろしゅー。潔くんがペアで良かったわ。僕、後輩もそーやけど同級生にもあんま知り合いおらんし」
「あー転校してきたばっかだもんな。俺も氷織がペアでよかったよ!氷織ほどじゃないけど、俺もそんなに知ってるやつ多いわけじゃないからさ。同中のやつとかほぼ0だし」
「あれ、家結構遠い感じなん?」
「うん、周りと比べたら割と」
「ここ普通の公立やろ?地元民くらいしか通わなそうなとこやのになんで?」
「あー…まぁ色々あって」
「ほーん」
理由はもちろん凛から逃れる為だ。
なんの変哲もないこの高校なら凛も流石に来る筈がないと踏んで、毎朝早くに起き、長時間かけてでも通学すると決意した。
でも結局凛は来た。
その上、通学時間が長いのが仇となって、登校時の凛との気まずい時間が増えて最悪の状況になってしまった。
「一年の組み合わせも決まったらしいな。僕らと組むんは…お、あそこの2人組ちゃう?」
え。
「…」
「…」
最悪だ。
一番恐れていた事態が起こってしまった。
「先輩方!よろしくっす!俺七星って言います!」
「おーよろしゅうな七星くん。僕は氷織言います」
「俺は潔。よろしくな七星」
「ほんで、そこのイケメンくんは?」
「チッ…うぜぇな…」
結局凛と同じグループになってしまった。
運がついてないにもほどがある。
蜂楽の言ってた予言、本当に当たったな…。
あいつ占い師にでもなった方がいいんじゃないか?
「なんや、めっちゃ口悪いやん自分」
「…」
「えっと、この人は糸師凛さんって言うんすけど、ずっとこんな感じで…」
「あぁ〜、なんか聞いたことあるわ。よろしゅうな凛くん」
「うっせぇ」
やっぱ誰に対してもその感じなのか。
氷織は上下関係を執拗に気にするタイプでは無さそうだし心配ないだろう。
相手が氷織で良かったな、凛。
にしても、さっきから凛が俺の方を見ては睨み、目を逸らし、また睨むという行為を繰り返しているのだが、そんなに俺がいるのが気に入らないのだろうか。
あぁ、それか、俺と幼馴染という関係を周りに知られたくないのかもしれない。
俺も別に凛との関係を言いふらしたいわけでもないし、取り敢えず他人のフリでもしておこう。
「よろしくな、糸師」
と、告げた途端、 凛は何故か驚いた形相で目を見開いた。
そのまま俺を見つめてくるので訳がわからなかったが、なんとなくぎこちない笑顔で返すと、凛は目を逸らして顔をうつ伏せた。
「クソが……クソ…クソッ」
どうやら余計怒らせてしまったらしい。
そういえばコイツ、俺の声が耳障りだとか言ってたっけ。
俺が喋るだけで不愉快だから喋んなってことか。
あまりにも理不尽すぎる…。
「交流会って、具体的に何すんねやろ」
「確か、地域散策みたいなこと言ってましたよ!多分学校周りを散歩する感じじゃないっすかね? 」
「合同交流会って名目やのにカードゲームとかせぇへんのか。地域散策て…まぁ僕と潔くんは地元民ちゃうからええけど、他の人らは盛り上がらんやろ」
「えっ!お二人ともここの人じゃないんですか!?実は俺も高校に上がるタイミングでこっちに引っ越してきたんすよ!地元はめっちゃ田舎の方なんすけど」
「へー!そうなんや。確かにちょっと田舎っ子ぽい感じあるわ笑」
「まじっすか笑。あ!そーいえば!氷織さん関西弁!」
「そ、京都人」
「はえー!あ、潔さんはどっから引っ越して来たんすか?」
「えっ…あー俺は別に引っ越してきたわけじゃないんだ。遠くから来てるってだけで」
「へー、珍しいっすね!なんでこの高校に?」
「なんか事情があんねやろ?」
「…ああ」
「じゃあこの班よそもん同士やな。あ、でも凛くんはさすがにここの人やろ?」
「じゃあ散策する時は凛さんに道案内お願いするっぺ!」
「あーそれええアイデアやな」
「…」
言えない。
凛は俺の隣に住んでるからこいつも地元のやつじゃないよ、なんて。
凛も何か言えばいいものを、ずっと俯せたまま何も言わずに黙りこくっている。
*
「えぇ!じゃあ凛さんもここらの人じゃないってことすか!?」
「うるせぇ、デケェ声出すな」
「あ、すんません…」
そのまま適当に雑談しながら校門の外に出て、七星が早速凛に道案内を頼んだところ、凛がここら辺の地形も何も知らないと言い、現在に至る。
「じゃあほんまによそもん同士のグループやな。むっちゃ珍しいんちゃうん?」
「そーっすね!じょわじょわっすっぺ!」
「確かに、ちょっと新鮮かもな笑」
「チッ…ヘラヘラすんじゃねーよ…」
「…」
少しでも俺が喋るとこうだ。
この時間、凛の機嫌を損ねずになんとかやり過ごさなければ。
もう既に損ねているが。
*
歩き始めてから約30分。
目新しいものや地域特有のなんかみたいなものも特になく、俺らは普通にたわいもない話を繰り広げながら足を動かしているだけだ。
「結構歩いてるけど、ほんまに何もあらへんな」
「そうっすね…初めてここ来た時は何もかも新鮮で都会やー!ってめっちゃはしゃいでたんすけど、今こうやって見ると本物の都会じゃないって分かるっす」
「はは笑、田舎もんからちょっとランクアップしてるやんけ笑」
俺もこの平和で優しい感じの空気に混ざりたいのだが、少しでも喋ると凛が突っかかってくるので、話したいのを堪えてなるべく黙っている。
「そーいや、潔くんの住んでる場所はどんなとこなん?」
「えっ俺?…いや別にふつーなとこだけど…学校とかスーパーとかあるだけだ」
「…ほーん」
「えぇなんすかそれ!もっと潔さんのこと知りたいっすよ!」
「…フン」
本当なんでよりによって凛なんだろうか。
正直もう帰りたい…。
「なぁ、そこの公園でちょっと休んでかへん?」
「賛成っす!俺あそこの自販機で飲み物買ってきます!」
休憩時間に入り、俺も持ってきたお茶が底をつきそうだったので何か買おうかと思っていたのだが、その時、
「潔くん、トイレ行こや」
と、氷織が俺に声をかけたので
「えっ?いや、俺、」
別にトイレに行きたくないけど。
そう言いかけた瞬間、氷織は急に距離を詰めてきた。
「氷織?」
そして、至近距離のまま俺の耳元に口を寄せ、小声で耳打ちをした。
『ちょっと2人で話したいことあんねん』
と。
話したいこと?氷織が俺に?
心当たりがない。
「おい!!水色頭!テメェ何してやがる!?!?」
氷織が言ったことについて考えていると、次は凛が声を荒げながら割って入って来た。
何か焦っている様子だ。
氷織も凛も急に何なんだ?
「いやなんもしてへんて。潔くんの髪にゴミついとったからとってあげててん」
「は…?おい、てめぇ潔に、」
「ほんで僕と潔くんトイレ行くから2人ちょっと待っててな」
「了解っす!そこのベンチで座って待っときますね」
「……」
*
「…で、どうしたんだ?氷織」
「どうしたも何も… 潔くん、明らかテンション低いやん」
「え?」
予想外の言葉に驚いた。
七星や凛に隠してまで話したいと言うので、もしや深刻な話なのかもと息を呑んでいたのだが。
テンションが低い、か。
心当たりがないと言えば嘘になる。
実際、凛の機嫌を損ねないようにと、氷織や七星が話し始めても基本黙ってばかりいた。
それがあからさま過ぎたのかもしれない。
氷織に気を遣わせてしまったのなら申し訳ないな。
「…潔くんがそんなんなってんのって、もしかしてやけど、糸師凛と関係あるん?」
そこまで気付かれているとは。
ただ、ここでその質問に肯定してしまっていいものだろうか。
このことが凛にバレて文句を言われるのはごめんだ。
氷織には悪いが、やっぱり知らないフリを突き通そう。
「いや全然関係ねーよ。昨日夜更かししててちょっと寝不足だったんだよな。悪いな、心配かけて」
「いや、絶対関係あるやろ。さっきの糸師凛の焦りようとか、絶対おかしかったやん」
さっきの凛に関しては本当に何も知らない。
凛が勝手に騒いでただけだ。
クールだなんて言われているが、あいつ割と変な奴だし。
「いや、ほんとになんも知らねーって!」
「ほんとに?」
「ほんとに!!」
「あー…そ。なら、糸師凛と潔世一の禁断の関係、なんて噂でも流したろかなぁ」
「はぁ!?おまっ…何でそうなるんだよ!?」
「ははっ笑あせってはんなぁ笑」
「いや、流すにしても噂の内容がえげつな過ぎるだろ……氷織、お前ってもしかして、ドS…?」
「アホ言うなや、極Sやで」
「ごくえす………」
ここまで攻められたら仕方ない。
もう打ち明ける他ないだろう。
凛に何か言われても、氷織に脅されたと言い訳できるし。
俺の言い訳が凛に通用するのかが、危ういところだが。
「……氷織、今まで隠しててごめん…凛とは」
「禁断の…?」
「ちっげーよ!!凛と俺はただの幼馴染だっつーの!」
「ははっ笑。いや、潔くんの反応がおもろくて、ついな笑 」
「はぁ、極Sが… 」
「ほんで?幼馴染なのになんであんな感じなん?」
「あぁ、それは_ 」
氷織には、凛と俺の関係や今まであったことを説明した。
凛が俺を嫌っていて、その理由が未だに分からずどうしようもないということなどを事細かに。
「へー、大分拗れてんなぁ 」
「まぁな…凛と何度か話し合おうとしたこともあったんだけど、俺が何を言ってもあいつは聞かないし…もはや会話にすらなってないし…」
「まぁ無理に話そうとするのはあかんやろなぁ。てか、潔くんがえらい遠い学校選びよったんはずっと気になってたけど、それも凛くんが関係しとるんやね」
「ああ、結局凛も同じ高校選んだし意味なかったんだけどな」
「大変やね…で?今日はとりあえず凛くんの機嫌損ねへんように上手く立ち回ろう思ってずっと黙ってたん?」
「…図星です」
「なるほどなぁ」
氷織はエスパーか何かなのか?
さっきから俺の隠していた事も悩んでいた事もドンピシャで言い当てているのだが。
「でもそんなんずっと続けてたら、潔くんが無理して嫌な思いするだけやん」
「それはそうなんだけど…」
「僕、そんなん嫌やで。潔くんと普通に喋りたいし」
「氷織…」
こうして悩みを打ち明けたり素で話してみたりすると、氷織は本当にいい奴なんだなと実感する。
真摯に話を受け止めてくれる氷織の姿を見ると、俺の気持ちも少し楽になった。
「ま、あんま気にすんなってことや。凛くんの機嫌が悪くなったらなったでええやんか。潔くんが責任負う必要もあらへん」
「そうだよな…ありがと氷織! 」
「ん。おーきに」
「そろそろ戻るか。あいつら待ってるし」
「せやね」
*
「2人とも随分長かったですね?さっき買ったジュースもう半分くらい無くなったっすよ」
「あーごめんな。潔くんお腹下してたみたいで長なったわー」
「……」
「えぇ!大丈夫だべか潔さん!?」
「フン…体調管理もまともにできねーのかよ、雑魚が」
「…ごめん」
謝る俺の隣から、氷織の微かな笑い声が聞こえる。
一瞬、氷織にムカッときたが、実際氷織は俺の悩みを聞いてくれた立場だし、今も上手く誤魔化してくれたわけだから、反論しようにもできない。
氷織はそれを分かった上で言っているのだろうから、本当に恐ろしい奴だ。
てかこいつ、俺の頭にゴミがついてるだとか言ってたあたりから思ってたけど、よくそんな嘘がペラペラと出てくるよな…。
「ごめんな、もうスッキリしたから大丈夫だ」
「それならいいっすけど…あ、てかお二人待ってる間に適当に飲みもん買って来たんすけど、お茶で大丈夫ですかね?」
「ほんま?めっちゃ気ぃ利く後輩やん。ありがと七星くん」
「ちょうどお茶買おうと思ってたんだよな、さんきゅー七星!」
「そんな褒められると照れるっす笑」
「チッ…」
凛は相変わらず俺を睨み続けているが、さっき氷織が言ってくれたこともあって、今はそんなに気にならない。
氷織もそうだが、七星も気を遣ってお茶を買ってきてくれたりと俺の周りにはちゃんと優しい奴がいるんだし、今はこの2人に目を向けよう。
*
「意外とあっという間やったなぁ」
「そーっすね!もっと先輩方と話したかったっす!」
地域散策が終わり、学校に戻ってきた現在、西日が強く感じる頃だ。
氷織と話して気が晴れた後からは、ちゃんと楽しんであの2人に混ざって話せた気がする。
「普通に授業受けるよりこっちの方がいいかも」
「それ自分が勉強嫌いなだけちゃうん?笑」
「バレたか笑。でも実際楽しかったけどな」
「俺もっす!氷織さんも潔さんもめっちゃ優しい先輩でよかったっす!」
「はしゃいどんなぁ笑。じゃー僕ら二年はこっちやから、ほなな、お二人さん」
「またな、七星。……糸師も 」
「はい!また会いましょ!!」
「…」
そしてそのまま2人とは別れた。
凛は、最初の方こそ何かある度に突っかかってきていたのだが、散策の終盤あたりからは俺が喋っても文句を言うことなく、顔を俯せて、黙っているだけだった。
ただ…
「潔くん、やったやん」
「え?やったって、何が?」
「だって最後の方、凛くん何も言うてへんかったやんか。やっぱあーいうんには無視が一番やで。無駄に相手に合わせん方がええねん」
「あー…まぁ、確かにそうだな」
「なんや、まだ不満なん?」
「いや、そーいうんじゃないんだけど、あんだけ静かな凛を見ると、逆に怖いっていうか…嵐の前の静けさ的な?」
「なるほどな…でも嫌いな奴に対する態度って、あれが普通やと思うで」
「そーかな?」
「うん、だって嫌いな奴おったら基本、関わらんとこってなるやん。今までの凛くんがおかしかってん、潔くんのこと嫌いな割には潔くんによく絡んでたし」
「いや…あいつは俺にわざわざ暴言吐かないと気が済まないくらい俺のことを嫌ってるから…」
「んー…ほんまにそうなんかな…」
最後、七星と凛と別れるタイミングで、凛が凄まじい形相でこちらを睨んでいた。
それを見た時、思わずゾッとしてしまった。
今までのとは比にならないような、怒りに満ちた表情だったから。
次凛に会ったら、何を言われるか分からないが、必ず俺に怒りをぶつけてくる筈だ。
今まで以上に注意しなければ。
*
いつもは蜂楽と2人で帰ることが多いのだが、氷織も帰る方向が同じということで、今日はあの流れで氷織も入れて3人で帰ることになった。
一緒に帰ると言っても2人の家は学校の近所なので、実際は俺1人で帰路を歩く時間の方が長い。
そして今、もうまもなく家に到着する、というところなんだが。
「…」
何故か俺の家の前に凛がいる。
遠目で凛をなんとなく目視した時は鍵でも無くしたのかと思っていたが、今思えばそんなんじゃないと分かる。
凛の家の前ではなく、明らかに俺の家の前で佇んでいるからだ。
本来ならここで凛に話しかけるべきなんだろうが…何故だろう、今のあいつに話しかけてはならない気がする。
よし、早足で凛の前を駆け抜けて直ぐ家に入ろう。
そんで、凛に話しかけられても無視だ。
そう決意して、下を向きながら足早に凛の横を通り過ぎようとした瞬間、
「おい」
手首を掴まれた。ゴリラ並の握力で。
「…無視してんじゃねぇよ」
完全に逃げ場を失ってしまった。
こうなったらもう、凛ときちんと向き合うしかない。
「…なんだよ」
「…クソ潔」
「だからなんだって!」
「…チッ……テメェは、人の名前もまともに言えねぇのかよ…」
「はぁ?何言って、」
と言いかけた瞬間、凛は掴んでいた俺の手を離した。
解放されたと安心感に浸ったのも一瞬、凛は途端に俺との距離を縮め、0距離で俺の顔を見据える。
「なっ、何…?」
「…」
どことなく不気味な今の凛の姿に恐怖を感じ、身を縮こめる。
思わず、ほんの一歩踵が後ろへ下がった瞬間、
「!?」
逃がさないとばかりに凛は更に詰め寄る。
そして、俊敏な動きで俺の首元へ両手を伸ばし、俺の首を掴んだ。
そしてそのまま家の塀に俺の体を打ち付ける。
ガツン、と大きな音が鳴るのと同時に、背中で痛みを強く感じる。
「何すん、!?…っ、ぅぁ、ぐ…!?」
その後、首筋に添えられた手にぎゅぅっと力が込められ気道が圧迫される。
あまりの凛の異常行動に驚くが、それどころではないほどに 呼吸ができないのが辛くて苦しくて堪らない。
「俺の名前を言え…言えねぇなら本気で殺す」
凛の手首を掴んで首を絞める力を緩めようとするが、びくともしない。
あまりにも力の差が大きすぎて俺が何をやろうと凛には敵わない。
視界の中で、凛の腕に浮かび上がる太い血管がただただ恐ろしい。
「はっ…っぅ、ぐぁ……は、なせっ…」
「チッ…!耳ついてんのかタコ!!名前言えっつってんだよ!!」
「っぁ、!?」
少しでも反抗してみせようとするが、それは逆効果のようで、凛はお構いなしに力を更に強めるだけだった。
全身で痺れを感じる。
息が苦しい。
フーッ…フーッ…と息を荒立てながら、鋭い目つきで俺を睨む凛の瞳孔には明確な殺意が宿っていて、俺はこの瞬間、初めて死の恐怖にさらされるということを実感した。
本当に殺される。名前を呼ばなければ、凛と言わなければ。
「ぁ、っぐ…ぅ …、り、ん…」
「……それでいい」
脳に酸素が回らず意識が飛びそうになる寸前、
首に纏わりついていた指先が途端に外され、足の力が抜けていた俺はその場で崩れ落ちた。
「げほッ!!っぁ、はっ…はぁ、けほっ…」
本気で死ぬかと思った。
あそこで限界を振り絞れずに凛の名前を言えていなければ、本気で殺されていたのかもしれない。
そう思うとゾッとする。
死因が幼馴染からの絞殺だなんて、冗談でも笑えない。
暫く呼吸を整えてから視界を上げると、何故か凛も呼吸を荒げている。
瞳孔が大きく開いていて、錯乱状態のようだ。
「けほっ……何の真似だよ…凛」
「……はっ、は…」
「おい!凛!!」
「……てめぇが調子に乗ってるから…」
「…は?」
「…てめぇが調子に乗ってるから、俺が罰してやったんだ」
「罰する…?なんで俺が凛にそんなことされなくちゃいけないんだよ! 」
「………そうか、お前…わざとやってんだもんな…」
「は…?」
さっきから凛の言っている言葉の意味が理解できない。
罰する?わざと?…
よく分からないが、俺が首を絞められるほどの理由に値するとは思えない。
「…あの水色頭の奴と随分仲良しこよしやってるみてぇだな」
「氷織のことか…?」
「…あいつとはもう二度と関わるな」
「は…?」
「あの田舎モンとおかっぱ野郎ともだ」
「…」
何故、俺の交友関係まで凛に指図されなければならない?
氷織は俺が悩んでいた時に励ましてくれた相手だし、七星は俺に明るく接してくれる優しい奴だ。
それに何より、蜂楽は高校に入って初めてできた友達、いやもはや親友とも呼べる立ち位置にいる。
それを凛にどうこう言われて、簡単に関係を崩壊できるほど俺は凛に従順じゃない。
「…次他の奴らにヘラヘラしようもんなら、贖罪の余地なく本気でお前を殺す」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で糸線のような何かがプツリと途切れた気がした。
「凛」
「…あ?」
「俺たち、もう終わりにしようぜ」
「……は?」
今までの俺は甘かったのかもしれない。
関係がどんどん拗れていっても凛との付き合いの長さだけは本物で、どこかで俺は、凛とまた昔ような関係に戻りたいと思っていたのかもしれない。
だから度々凛を心配していたし、凛を気遣っていたのだろう。
幼馴染は切っても切れない縁だと考えていたが、俺自身が幼馴染という枷を自ら身に付けていた。
だからこそ、それに気づいた今、ここで何もかももう断ち切ってしまおう。
「もう縁を切ろうって言ってんだ」
「…おい潔……てめぇ何考えてやがる…?」
「考えてるも何も…そのままの意味だよ。幼馴染だからって、これからも一生お前と付き合っていくなんてもう無理だ」
「…は?……おい…じゃああの時の約束はどうなる? 」
「…?」
「まさか…覚えて、ねぇのか…?」
あの時の、約束…?
凛がさっきから何を言っているのか、見当すらつかない。
「なぁ……俺をイラつかせんのも大概にしろよ潔…わざと俺の気を引こうとしやがって…」
「お前、なんなんだよ…さっきから…」
やはり凛と話してもこいつに俺の言葉は届かない。
会話にならないのだ。
でも、もうすぐそれすらも関係なくなる。
「…これからはお互い他人のフリをして生活しよう、今日の交流会の時みたくな」
「本気で言ってんのか…?……なぁ、潔、お前、」
「母さんにも凛とは縁を切ったから余計なことはするなって説得するし、お前もそうしてくれ、じゃあな」
「おい!!、潔ッ!!!」
別れを告げた後、駆け足で直ぐに家の中へ入った。
これで良かったんだ。
凛は俺を嫌っていて、俺は凛ともう関わりたくないと思って、
こんないつ途切れるかも分からない縁なら、自分で切ってしまった方が楽だ。
家に入る前、俺を呼び止めた凛の声は僅かに震えていたような気がした。
俺は凛の顔を見ずにその場を去ったので、凛がどんな表情をしていたのかは分からない。
俺が縁を切ろうと言い出した時、凛は何を感じて、何を思ったのだろう。
いや、もうそれも今となっては関係ない。
これで、やっと凛から解放される。
*
あれから1週間が過ぎた。
あの後、凛に告げた通り、母さんにはもう凛とは関わらないと伝えた。
すると母さんはとても寂しそうな顔をするので少々良心が痛んだが、事の経緯を説明したら納得してくれた。
事の経緯と言っても、流石に首を絞められて殺されかけた、なんてのは言えなかったが。
そしてその翌日から、いつものように登校時に家を出ても、凛は現れなかった。
それどころかあの後から今日に至るまでの1週間、学校でも近所でも凛の姿は一切見ていない。
完全に縁を切ったとはいえ、ここまで会わないことなんてあるのだろうか。
「おはよ潔くん」
「潔!おっはー!」
「おー蜂楽も氷織もおはよ!」
丁度学校に着いた現在、氷織と蜂楽に挨拶を交わしてから適当に雑談を始める。
あの日から、この3人で話すことが増えた気がする。
もう既に、蜂楽と氷織はすっかり意気投合しているようだ。
「お!潔、首のやつ無くなってる!」
「ほんまや。ようやっと取れたんか、そこのキスマ」
「だからキスマじゃねーって!怪我しただけだっつーの!」
蜂楽が言った『首のやつ』というのは、凛に首を絞められてできた跡を隠す為に巻いていた包帯のことだ。
思ったより跡が消えるのが遅くて、外すのに1週間もかかってしまった。
それをキスマークを隠す為だなんだと氷織が面白がって揶揄っているのだ。
「潔…彼女がいるのに隠すなんて水臭いよ…俺にくらい言ってくれてもいいじゃんかー!!」
「彼女なんていねーよ!できたら蜂楽にはちゃんと言うし!」
「もしや……セフr」
「氷織ぃ〜〜??」
「あっはは笑ごめんやん笑。冗談やって!笑」
「…はぁ、ふざけすぎな」
俺らの会話を聞きながら、蜂楽はキョトンとした表情を浮かべている。
…蜂楽には何も説明しないでおこう。
「てか、今日も凛くん一緒じゃないんやね。前は登校する時いつも被ってーみたいなん言うてたのに」
「あ、それ俺も思った!凛ちゃんどこ行っちゃったの潔〜」
「いや、俺は最近凛とは会ってなくて…2人も学校で見てないのか?」
「うん、ぜーんぜん。この前一年の教室の前通ったけど、その時も見かけなかったんだよねー」
「僕も見てへんなぁ。凛くん背丈デカいから目立つし、見逃してるってこともあらへんと思う」
「…そっか」
凛とはもう関わる気はない。
それは確かなはず。
でも、これだけ凛を見ていないとどうしても気にしてしまう。
凛は今、何をしているのだろうか。
*
「あれ、冴?」
「お、潔じゃねぇか」
聞き覚えのある懐かしい声に、記憶の中よりほんの少し大人びた顔つき。
久しぶりに会ったこの男の名は糸師冴。
凛の二つ上の兄だ。
「こんなとこで何してんだお前」
「俺は今家に帰ってる途中。冴は?」
そう。俺は今学校が終わり、帰路を辿っている最中。
そこで偶然にも冴と出会ったのだ。
「ここら辺で適当に買い物してただけだ 」
「へー、何買ったんだ?」
「ん」
冴は片手に持っていたレジ袋の中身を開き俺に見せた。
袋の中身は、化粧水に乳液、ハンドクリーム、ボディーローション………。
「女子かよお前……このつるピカお化け」
「おい、勝手に変なあだ名つけんじゃねぇ」
「ぷはっ、ごめんごめん笑。それにしても久しぶりだな、もう1年くらい会ってなかったんじゃねーか?」
「ああ、そういえばそーだな」
昔は俺と凛と冴の3人で遊ぶこともよくあった。
凛とはあんな風に関係が拗れてしまったが、冴とは普通に会って話せるくらいの関係は保てている。
とは言っても、高校は違う上に、最近は近所で会うことも滅多に無かった為、こうして冴と話すのは久しぶりだ。
凛とはあんなに頻繁に出会うのに冴とは全然会わないんだよな。
不思議なものだ。
「…お前は大丈夫なんだな。普通に学校も行ってるみてーだし」
「え?大丈夫って何が?」
「いや、凛が部屋に引き篭もってずっと出てこねーからよ。学校も長いこと休んで、」
「は!?凛って今そんなことになってんのか!?!?」
「…うるせぇ。なんだ、知らなかったのか」
どうりでここ最近、凛の姿を一度も見ていないわけだった。
つまり、凛はここ1週間、ずっと引き篭もっていたということか…?
何故凛がそんな状態になっているのだろうか。
まさか…
「どうせ潔が何かやらかしたんだと思ってたんだが、ちげぇのか?」
「…いや、若干心当たりはあるかも」
「あ?なんだ、言ってみろ」
「実は…_」
そうして、冴には凛と縁を切ったことやそうなるまでの過程も含めて説明した。
「……潔」
「…なんだよ?」
「今からうちに来い。そんで凛を慰めろ」
「は!?俺が!?今から!?!?」
「お前がアイツをああさせたんだ。お前がどうにかしろ」
「いやいやいや!急すぎるだろ!それに俺にはどうにもできねぇよ!そもそも凛とはもう縁を切ったし… 」
「あ?そんなんただの口約束じゃねぇか。いいから行くぞ」
「待てよ冴!俺は行かねぇって!」
「あのウジ虫見てっとこっちまでイライラすんだよ…面倒くせぇ…」
仮にも弟だというのに、ウジ虫だの面倒くさいだのとよく言えたものだ…。
兄弟揃って口が悪いのは遺伝なんだろうか。
「どうせ家も隣なんだし帰る前に寄ってけばいいだろ。晩飯も食ってけ」
「いや、俺は行かない。凛ともめんのはもうごめんだ…」
「……そーいやこの前親戚に土産できんつば貰ってよ。家にあんだけど、食ってくか?」
「………行かねーって」
「確かご当地限定のやつとか言ってたな」
「……」
*
「あら世一くん!?家に来るのなんて久しぶりじゃない!さ、上がって上がって!」
「…どもっす」
結局来てしまった。
だが俺は凛を慰めるつもりなんて毛頭ない。
ご当地限定のきんつばを食べたらすぐに帰ろう。
「ほら、さっさと行けよ、凛の部屋。場所は覚えてんだろ?」
「…あの、冴サン、きんつばは…?」
「は?馬鹿かお前は。先に凛をどうにかしろ。きんつばはその後だ」
「…ですよね」
きんつばだけ食べて帰ろうだなんて冴が許す筈もなく、俺は今2階へ続く階段を上り、凛の部屋を目指している。
それにしても、凛は何故、今こんな状態になっているのだろうか。
冴は俺の話を聞いた上で、俺が原因だと決めつけていた。
でも、俺との関係を終わらせたんだから、凛にとってはこの上なく嬉しい出来事なのはずなのに。
一体どうして…。
「…」
凛の部屋の前に着いてしまった。
ここまで来たからには何かはしないと、と思い扉に向かって2回ノックした後、声をかけてみる。
「…凛、いるのか?」
…返事はない。
そもそも凛は今起きているのだろうか。
眠っている方が好都合だ。
それなら俺がどうにかできなくても、 冴も流石に許容して……いや、あいつのことだ、このまま下に降りたら『何で起こさなかったんだ』と責めるだけだろう。
やっぱり起きててくれ。
「りーん…?」
返事どころか、物音すら一切聞こえてこない。
やはり寝ているのだろうか。
冴はただ、凛が部屋に引き篭もっている、とだけ言っていたが、凛が部屋の中で具体的に何をしているのかについては何も知らない。
だからこそ今の凛と話し合うなんて不安でしかない。
もし喧嘩にでもなったら、力の差では絶対に勝てないということをこの前身をもって実感したし。
けれど、このまま何もせずにただ待っているだけでは何も起こらない。
そう思い、痺れを切らした俺はドアノブに手をかけた。
どうせ鍵が掛かっているだろうから部屋には入れないと思うけど、と内心諦めながら押し扉を開こうとする。
だが、何故か扉に鍵は掛かっていなく、ドアはスムーズに開いていく。
思えば凛の部屋に入るのはいつぶりだろう。
小学生の時以来かもしれない。
元々冴と同部屋だった凛は、俺と2人きりで遊びたいが為によく自分の部屋を欲しがっていた。
幼い頃、些細なことで大泣きしていた俺と違い、凛は泣くことが少なかったが、 自分の部屋がまだ貰えないと落ち込んでいた凛が静かに涙を流していたことがあった。
その時のただただ悲しそうな凛の幼い姿が、何故か今、急に脳裏に浮かんだ。
「……凛?」
扉が開いた後、露わになった凛の部屋を覗く。
光源は廊下から差し込む電球の光だけで中は電気が付いていない。
薄暗く少し不気味だ。
床には紙くずを丸めたゴミが散乱している。
そして、凛は部屋の奥で、俯きながらひっそりと座り込んでいた。
少しずつ近づくと、凛がぶつぶつと小声で何かを呟いているのが分かる。
「凛…?聞こえてるのか?」
俺が話しかけても凛は俺の言葉に反応しない。
俺がいることに気づいていないのだろうか。
凛は、ただ何かに夢中になっているようだった。
あと少しの距離を進んだところにはもう凛がいる。
その事実に緊張感を抱き、息を呑む。
さっきまでは全く乗り気でなかったのに、不思議なことに今は凛と向き合ってみたいと感じている自分がいる。
凛が今まで何を思って何を感じていたのかを知りたい。
凛が何故あそこまで俺を嫌っていたのか、そして何故今こうなっているのかを分かってみたい。
それに、今ここで凛と向き合うことで、今までの業が解消される気がした。
だから、不安な感情を抱きつつも恐る恐る足を進めていく。
「…さぎ……いさぎ…」
「…凛?」
「いさぎ…」
「凛、お前…俺のことを…?」
凛は、ただひたすらに俺の名前を呼んでいるようだった。
何故、凛は俺を呼んでいるのか。
「いさぎ…?」
そして、ようやく俺の存在に気づいたのか、凛は顔を上げ、その目で俺を捉える。
久しぶりに見る凛の顔は、最後に見た時よりも少しやつれていて、瞼は赤く腫れている。
よく眠れていないのか、目の下に大きな隈もできていた。
俺はその場でしゃがみ込み、凛に話しかけてみようとするが、その途端、
「潔…いさぎ、いさぎいさぎいさぎいさぎいさぎいさぎ!」
「うお、!?り、りん…?」
凛は気が狂ったように俺の名前を連呼しながらそのまま俺を押し倒し、その場で組み敷いた。
凛の顔が至近距離に迫り、緊迫感が高まる。
目を逸らそうにも逸らさせまいとばかりに凛は俺を見詰める。
「潔…」
この体制はマズい。
ついこの前、首を掴まれ殺されかけたのだから、凛に組み敷かれているこの状況はあの時の死の恐怖を連想させる。
だが、圧倒的な力の差を前に押し返すことなどできなかった。
危機に晒され、どうするかを考えている中、凛が口を開く。
「潔…本物の…潔…」
「あ、ああ…俺だ…」
「…また、どっか行くのか…?」
「いや…どこも行かない」
というかこの状態だとどこも行けない。
凛が何をもってしてこんなことをしているのかは分からないが、こいつが錯乱状態の今は落ち着かせてあげるのが一番だろうと思い、凛がかける問いに一つ一つ答えていく。
「…凛、少し話し合わないか?」
「…」
「…凛」
凛は少しばつが悪そうな顔をしながら俺を見つめ続ける。
けれど、いつもと違い俺のことを睨んではいない。
先ほどよりも落ち着いてホッとしたような顔つきだ。
そんな凛の珍しい顔つきは昔の凛の姿を彷彿とさせる。
あの頃の凛は、よく笑うかと言えばそうでもない子供だったが、俺を毛嫌いするような目で睨むことはなかった。
そう、今みたいにどことなく落ち着いていて、俺を大切そうに見つめる、そんな姿。
…凛は、俺のことを本当に嫌っていたのだろうか。
「…凛、俺はお前の本心がずっと知りたかったんだ」
「…」
「大丈夫だから話してくれないか…?なんでもいい。何を言っても否定しないって約束する」
そう言って、俺は少しだけ微笑んでみせた。
いや、自然と笑みが溢れていた。
こんな状況でも、何故か凛のことを安心させたいと思ったらしい。
そして、暫く待つと、凛は呟き始めた。
「…イライラする」
「…」
「てめぇのこと見てると、イライラすんだよ…潔」
「…ああ」
「いつもいつも…周りのゴミ虫共にヘラヘラしやがって…」
「…凛は、俺のことが嫌いか?」
「…」
俺の問いを聞いた瞬間凛は表情を苦くしたが、暫く沈黙が続いた後、凛は少し目を逸らし呟く。
「…好きだ」
「凛…!」
やっと、凛の本心が聞けた。
嬉しさのあまり、俺は思わずそのまま凛に抱きついてしまった。
「…あ……、は…?」
「あ、ごめん…やっと凛のことが少し知れたような気がして…嬉しくて…」
「…」
勿論、驚いた。
今までずっと嫌われていると思っていたのだから。
けれど、この部屋に入って凛と向き合った瞬間から、なんとなく淡い期待がよぎっていた。
もしかすると、凛は俺をただ単に嫌っているんじゃないのではないか、と。
そして、今その期待が当たったからこそ素直に喜べている。
「えっと…ごめん、気持ち悪いよな」
暫くして、ずっとこのままでいるのもなんだか恥ずかしくなって腕を外そうとしたが、瞬間、凛が俺の体を抱き寄せた。
つい数刻前まで、凛のがっしりとした体格や力の強さに恐怖を感じていたのに、今はこの体で力強く抱き留められていることに強い安堵感が湧く。
「あ…凛…」
「…」
「あの…凛、今までごめんな…」
俺は今まで、凛にずっと嫌われているのだと思っていた。
でも、今の凛を見るに、それはきっと俺の思い込みに過ぎなかったのだろう。
凛には何を話しても無駄だと決めつけて、自分勝手に縁を切ろうだなんて言い出してしまった。
「あの時は…一方的に縁を切ろうなんて言い出してごめん。凛のこと決めつけてた…」
「…もう二度と無視すんなよ」
「!…もちろん」
「無関心って面が一番腹立つんだよ…」
「そうだよな…ほんと、ごめん」
「……俺も、悪かった。首、まだ痛むのか?」
「いや、大丈夫だ。もう治った」
そう言うと、凛は俺の体を抱き留めながら俺の首に手を添え優しく摩る。
「…潔」
「ん?」
「…ずっと俺のそばにいろ」
「ああ」
「糸師なんてふざけた呼び方もすんじゃねぇ…」
「もう二度と言わない」
「…俺以外の奴と話すな」
「凛…それは、」
「お前が!!」
「…」
「お前が!、他の虫に話しかけてるだけで嫉妬で気が狂いそうになる…!」
先程から薄々気づいてはいたが、凛はつまり、そういう意味で俺のことが好きなのだろう。
さっきから俺へと向ける凛の視線は愛おしいものを見つめるような甘いもので、気付かざるを得ない。
やたらと俺の首やら頬やらを撫でてくるのもそういう意味があるのだろう。
「…潔、俺と結婚しろ」
「え……け、けっこん…?」
「…どうせ俺が他の奴らと関わるなっつってもお前はどうせ尻尾振り撒くんだろ……なら早めに籍を入れて逃げられないようにすればいい」
「でも…結婚なんていっても俺ら男同士だし…」
「男同士でも結婚できる国にいきゃいいだろ、馬鹿潔」
「でも…流石にその、心の準備が…」
「…いくらでも待ってやる。だがもし断り文句なんてほざいたらこの部屋に監禁する。いいな?」
なんて理不尽な。
やっぱり凛は凛だ。
でも何故だか、嫌な気はしない。
この抱きしめられている状況も凛の温かさが直に伝わって心地がいい。
と同時に自身の心臓の高鳴りが増していくのが分かる。
もう気づいている。
俺も、凛のことが好きだと。
「チッ…てめぇはどうせ覚えてねぇんだろうな…」
「え、な、なにが?」
「…」
「凛?」
「…婚約…したんだ」
「婚約…って、俺と?」
「…幼稚園で」
幼稚園って…。
そんなに昔のこと、俺が覚えてないのも無理ない話だ。
けど、凛はその時のことをずっと覚えていたってことだよな…?
「お前が覚えてすらいない約束を…俺は勝手に盲信して、勝手に絶望して……チッ、クソが…クソがクソがクソが!!!」
「…凛」
「…もうどうでもいい。お前が俺を嫌おうが憎もうが、俺と潔が結ばれれば、それでいい…」
「凛!俺は…!」
「もういいっつってんだろ!!お前が何を言おうが絶対にお前を手放さない…無理にでもお前と結婚してやる!」
これは凛の悪い癖だ。
自分で思い込んでは感情だけが一人走りする。
俺も凛に対してしてしまったことだからこそ、凛の感情は理解できる。
でも…
「ああ…どこかへ閉じ込めるのも悪くねぇな…」
「…」
「そうすりゃ、いつかは潔も俺のことを…、んっ…!?」
俺は凛の胸ぐらにしがみつき、そして、
唇を、合わせた。
凛の漏れ出る負の感情を塞ぐようにして、キスをした。
「…ん、っぷは……凛…」
「…は……?…い、さ…ぎ…?」
…あー、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…!!
凛を止めるためとはいえ、よくこんな突拍子もない行動に出たものだ、と自分でも思う。
凛は真っ赤になった顔を隠すように、口元を手のひらで覆っている。
俺も自分の顔を隠したいくらいの羞恥心で死にそうだが、自分からやっといて隠れるというのもそれはそれで恥ずかしいので、何もせずにただ凛から目を逸らし俯いている。
「…おい…潔、お前…何で、」
「…だから、!そういうことだよ!!」
「…どういうことだ、言えよ」
「あー!もうお前わかってんだろ!」
「いいから言え」
凛はここぞとばかりに俺を問い詰める。
顔を近づけ、俯く俺の顔を覗くように見る凛の顔が視界に入るだけで心臓が破裂しそうだ。
「…あ…だから……凛、俺は、お前のことが!すきだ!、って、んぅっ!?」
好きだと告げた瞬間、凛は俺の唇を奪う。
今度は凛から俺へと、深いキス。
「んっ…ちゅ……ん…っふ、」
凛の生温かい舌が絡んできて、互いの唾液が混ざり合って、全部とろけてしまいそうだ。
絶対に離すまいと抱きしめられ、大切なものを愛でるように耳を撫でられるこの感覚がくすぐったくてそわそわして、でもとても気持ちいい。
でも、もう酸欠で、息が苦しい…。
「…んっ、ぷはっ!、はっ!、はっ…は…」
「潔…いさぎいさぎいさぎ…」
「っは…、りん…」
まだ酸素を吸い足りないというのに、凛は二度目のキスをせがむように自身の顔を近づける。
「凛…っ!ちょ、ちょっと待てって!」
「潔…いさぎ……好きだ…」
「凛……俺も、凛のことが好きだ」
「潔…てめぇが浮気したら絶対に殺す…相手もお前も、俺も…」
「えぇ…」
凛とこうなってしまった以上、もう凛からは逃げられない。
心変わりすらも許されない。
こんなあまりにも強引なやり方なはずなのに、どうしてか、嬉しいと感じてしまっている自分がいる。
凛が好きだから。
その後も、俺たちは何度もキスを交わした。
時間も周りのことも気にすることなく二人だけの世界でただそれだけに集中し続けた。
俺は初めて知った。
両思いの相手とキスをすることがこんなにも幸せなんだと。
*
暫くした後、凛と俺は下へ降り、そのまま凛の家で夕飯ときんつばをご馳走になり、その日はそのまま家に帰った。
俺が凛を連れてきた時、凛のお母さんには涙を流しながら感謝され、色々ともてなしていただいた。
凛のお母さんや俺の母さんに凛と俺がそういう関係になったということを言うのは大分躊躇ったが、凛は結婚したいと意気込んでいるし、反対を覚悟の上思い切って伝えることにした。
すると、驚いてはいたが、意外にも両者ともからあっさりと許諾を貰えた。
凛の言っていた、俺らが小さい頃に交わした婚約というのを俺たちの母さんは見ていて、覚えていたらしい。
つまり、その約束を覚えていないのは俺だけで、改めて凛には申し訳なさを感じた。
冴は特に驚くこともなく、『勝手にしろ』のただ一言。
無表情で口数も少ないので何を思ったのかは分からない。
けれど、冴は事前に俺が凛を説得できると確信していたようだったし、もっとずっと前に凛の心の内を全て知っていたのかもしれない。
兎にも角にも、凛との蟠りが解けて良かった。
まだ凛に思うところはあるが、俺はあいつと恋人になったのだから、何があっても凛のことは受け入れていきたい。
そして、翌日。
「凛、おはよ!」
「…」
「無視かよ笑、昨日はちゃんと寝れたみたいだな。隈も取れてるし」
俺が凛の目の下を撫でながらそう言うと、凛はくすぐったそうにするが決して抵抗はしない。
むしろ、どことなく嬉しそうで俺も安心する。
すると、凛も俺の頬に手を添える。
目を細め、愛おしそうにこちらに視線を向けてくるので、恥ずかしくて仕方がない。
「なぁ、凛、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ」
「今日もそうだけど、毎日俺らが家出る時間被ってたのって…」
「…」
「…やっぱ偶然じゃないよな」
「……お前が家を出るのを待ってた、毎日」
やっぱり。
学校へ行く日、玄関の扉を開けて、隣に目を見やるとそこには毎回凛がいた。
同じ時間に家を出ていたのではなく、凛は俺が来るよりもずっと前に家の扉の前で待っていたのだ。
「えっと…お前が俺と同じ高校に来たのも…」
「…お前のそばにいる為だ」
凛の執念には毎度驚かされる。
だからといって、凛を嫌いになるなんて絶対にありえないが。
「じゃあ、これからは時間決めて一緒に登校しようぜ!」
「…ああ」
そうして俺が手を差し出すと、凛は迷うことなく俺の手を取り指を絡める。
そのまま手を繋ぎながらいつもの通学路を歩いた。
*
「「付き合ったぁぁぁぁ!?!?」」
「まぁ…うん…」
校門の前で蜂楽と氷織に出会い、二人に凛とのことを話すと、当然驚かれた。
まさに予想通りの反応。
「ま、まさか、ホンマに禁断の関係になっとったなんて…」
「ねーねーどっちから告白したの!?凛ちゃんから!?てか凛ちゃんからじゃないと成立しないよね!?!?」
という感じで現場は大盛況。
今日は一日中この二人からの問い詰めが止まないことだろう。
凛は俺がこの二人と話しているのが気に入らないのか、血走った目で二人を見つめている。
「凛くんが潔くんに執着してたんはなんとなく分かっとったけど、意外なんは潔くんやな…」
「確かに…あの鈍感潔がよりにもよって凛ちゃんと…」
「…さっきからうるせぇんだよ、クソ虫どもが…いつもいつも潔の周りをうろちょろと…」
「凛ちゃんやっぱ素直じゃないよね〜〜でも潔のこと落とすなんて!!すごいよ!凛ちゃん!!」
「…ほんなら、あのキスマも凛くんがつけてはったってことやんな?」
「だから!!キスマじゃねーーっって!!!」
まぁ、凛につけられた跡っていうのは事実だが。
というかこのカオス空間をどうするべきか。
そう悩んでいる間にホームルームの予鈴が鳴り、強制的にその場が解散できることになった。
「潔…放課後迎えに行く。教室で待ってろ」
「おう!ありがとな、凛」
そう言うと、凛は俺の頭に手を乗せ軽く撫でる。
「凛?」
瞬間、凛は顔を近づけ、俺の耳元で呟く。
「他の男たらしこむなよ…潔、お前は俺のだからな」
「…り、ん」
「じゃあな」
あの端正なつくりをした顔立ちも、吐息混じりの低い声も、あんな至近距離で見聞きして、それも想い人からあんなことを言われてしまえば、その感情が爆発してしまいそうなる。
俺はそんな衝動を抑えようとたっぷり深呼吸をする。
ほんと、朝から心臓に悪い男だ。
その後は案の定、氷織と蜂楽から質問攻めに遭い、体力を殆ど奪われたが、最終的には二人とも俺と凛を応援してくれると言ってくれた。
凛も俺もまだまだ未熟者だが、俺は凛と両思いの恋人になれたことがとても幸せに思う。
今まで凛と散々すれ違ってきた分、凛と二人だけの時間をたっぷり取り、一秒一秒を大切に過ごしていきたいと思っている。
終。
いかがでしたか?
200億年ぶりくらいの投稿でした。
お気に召した方は是非前作も読んでください✨
ブルロじゃないけど幼馴染ものなので。
幼馴染は世界を救います。
あと前回より文章力が上がってると信じたいです。
こんな長いノベル、最後まで読んでくださりありがとうございます😌😌
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