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私は、帰ってきた三人に葬儀に参加することを伝え、翌日、速水に彼らのことを任せて優香とともに夏海組の屋敷へと向かった。「優香。」
「よ、玲子。あの三人は?」
「速水が見てくれている。安心して。」
屋敷の門をくぐると、静寂と重苦しい空気が漂っていた。夏海組の組員たちは皆、黒の礼服をまとい、深い悲しみに包まれていた。文雄殿の死を悼む人々の中で、真っ先に私たちに気付いたのは、夏海組のカシラである間宮伊蔵さんだった。彼は厚い人望を誇る人物であり、文雄殿の信頼も厚かった。
「おぉ……あなたは雨宮優香……! そして、妹の玲子も……!」
その声に周囲の視線が私たちに集まる。私は一歩前に進み、深く頭を下げた。
「このたびは、ご愁傷さまです。」
「来てくれてありがとうな……親父も、最後はきっとあんたたちに会いたいと思っているだろうよ。」
私は棺に歩み寄り、静かに手を合わせた。文雄殿は、生前、父に厳しく稽古をつけてもらっているときによく私たちの家を訪れていた。私たち姉妹に優しく、おまんじゅうやせんべいを分けてくれた……あの温かな笑顔を思い出す。
棺の中の文雄殿は、まるで眠っているかのように穏やかな表情をしていた。
「焼香の後、襲名式だ。まずは、親父を見送ってやろう。」
「……そうだね。」
焼香を終え、いよいよ襲名式が執り行われる。
「間宮伊蔵殿、当代、襲名の儀を……」
文雄殿の遺書が読み上げられた。次の首領には、伊蔵さんを指名すると明記されていた。夏海組の組員たちは静かにそれを受け入れ、緊張感が場を包む。
そして、伊蔵さんが正式に夏海組の首領として立つその瞬間——
チャキッ——
冷たい金属音が響いた。
「危ないっ!」
私は反射的に伊蔵さんに覆いかぶさった。その直後——
パンッ——!
銃声が鳴り響き、鋭い衝撃が背中を貫いた。
「っ……!」
「玲子!?」
痛みが一気に広がり、視界が一瞬白くなる。振り返ると、舎弟の中に紛れ込んでいた何者かが拳銃を握っていた。標的は間違いなく伊蔵さんだった。
「捕まえて!」
私の声が響くと、周囲の舎弟たちが一斉に動いた。その刺客は逃げようとしたが、すぐに捕えられる。そして、次の瞬間——
「——ッ!」
ナイフが閃き、暗殺者の胸に突き刺さった。
「いや、何も殺さなくても……!」
私は思わず言葉を漏らす。しかし、それがこの世界の掟なのだと分かっていた。
「玲子、大丈夫か!?」
優香が駆け寄る。私は浅く息をつきながら背中を押さえた。
「大丈夫。背中をかすっただけ……」
だが、指先に触れた血に違和感を覚えた。微かに光る、星屑のような粒子が血に混ざっていた。
(……またか)
「いったぁ……っ」
傷は浅いはずなのに、なぜか痛みが強い。
「誰か! 医者に運べ!」
すぐに組員たちが動き、私は美紀のいるクリニックへと運ばれた。
この日、私は一日検査入院することになった——。
病室の窓から空を見上げていると、突然、ドアが勢いよく開いた。
「玲子! 大丈夫か!?」
真っ先に飛び込んできたのは獅子合だった。彼の後ろから、子供たちも一斉に駆け寄る。
「お姉さん!」
「玲子さん!」
心配そうな顔が一斉に向けられる。私は軽く笑って、できるだけ安心させるように言った。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」
彼らは安堵の表情を浮かべたが、獅子合だけは眉間に深い皺を寄せたままだった。
「まったく……無茶しやがって……!」
低く、抑えた声。獅子合の拳は強く握りしめられていた。
「ごめんごめん。」
軽く謝ると、さらに不機嫌な顔になった。
「優香さん、彼女の血は!?」
獅子合が鋭く問いかける。その視線が一瞬、優香へと向けられた。
「血に混ざって流れ出た星屑は全部回収してきたよ。もう残っていないはずだ。」
優香は淡々と答えた。
星散病のおかげで、私の傷の治りは普通の人より早い。しかし、血に混ざって流れ出た星屑は厄介だった。星屑は売れる。 吐いたものより少額ではあるが、それでも高値がつく。
「そんな神経質にならなくても大丈夫だよ。」
私は軽く言ったが——
「馬鹿! 言ったはずだ! 汚いことに使われるのは嫌だって!」
獅子合が叫んだ。病室中に響くほどの大声だった。
「っ……!」
驚いたのは私だけじゃない。
子供たちがビクッと肩をすくめ、怯えたようにこちらを見つめる。
しまった——。私はすぐに表情を和らげて、子供たちの方へ手を伸ばした。
「大丈夫? 怖くない?」
子供たちは少し戸惑った様子だったが、やがて、そっと私の手を握った。
「痛くない?」
「うん、大丈夫。安心して。」
私がそう言うと、子供たちはほっとした表情を浮かべる。
(獅子合、ちょっと冷静になって……)
そう思いながら、私は速水に目配せをした。
「速水、子供たちを別室に。優香もついていて。」
「了解っす。」
速水はすぐに子供たちを連れて病室を出ていく。優香も無言でそれに続いた。
病室には私と獅子合の二人だけが残る。
私は静かに、彼へと向き直った——。
「……伊蔵さんは?」
「お前のおかげで無事だよ。それで、子供たちを別室に移動させたのは訳があるんだろう?」
獅子合がじっと私を見つめる。その眼差しが真剣だ。
「……まぁね。」
私の気持ちが整理できていない。今すぐにでもこの事件の詳細を聞かなければならない。
「実行犯は夏海組の舎弟の一人だ。だが、そいつの家からこんなものが出てきた。」
獅子合が手に持っていた書類や写真をベッドのテーブルに置く。その中には、久利組の関連書類が写されていた。
「久利組?」
思わずその名前を口にしてしまう。久利組——隣県の非常に大きな組織だ。
「隣県の組だ。夏海組の舎弟が寝返ったんだよ。」
「そんな……! 久利組って隣県じゃとても大きな組織よね!?確か危ない薬とかも出回っているって!」
そのとき、私はすぐに連想した。先週捕まえたという不審者たちも、久利組の配下だということだ。どうして、そんなところがこの都市に手を出してくるのだろうか。
「近々あるかもな。抗争が。」
「そんな……っ!」
私の胸が痛む。抗争が起きれば、一般市民に危害が及ぶ可能性もある。非常に危険だ。ましてや、私にとって大切な子供たちがいる——
「当分は、春川組の人たちは家に来ないほうがいいかもしれないね……」
思わず言葉が漏れる。
「そうだな……玲子も子供たちを守ることを優先しろよ、いいな?」
獅子合の言葉に、私は強く頷いた。
「……わかった。気を付けて。」
それだけ言って、獅子合は部屋を出ていった。扉が閉まると、次に入ってきたのは子供たちだ。
「何の話していたんだ?」
コウタが心配そうに私を見つめる。その目には、いくつかの疑問と共に、私を守りたいという気持ちがこもっている。
「大人の話。気にしなくていいよ。」
私は少し笑顔を作って答える。だが、コウタの目には見抜かれている気がした。きっと、いろいろ察しているのだろう。
子供たちの笑顔が私を安心させてくれる。だが、安心している暇はない。今すぐにでも行動を起こさなければ。
しばらく子供たちを送り迎えすることにした。こうすることで、私も子供たちも少しでも安心できるだろう。
(とにかく、今は子供たちを守らなければ。)
その決意が胸に刻まれる。
帰ってから何か月かは平和な日々が続いた。ヒロトとアキラとコウタは死期が迫る私に気を使ってくれた。死ぬまでに何がしたいか聞いてきたり、ヒロトやアキラが大きな花束をくれたり、コウタがいつもより食事の支度を手伝ってくれたりと。そんな日々が続いていたある日、また星屑を吐いた私をコウタがじっと見つめていた。
「ごめん、心配かけて。」
作り笑いを浮かべようとしたが、顔色まで隠せないことに気づき、胸が痛んだ。コウタがじっと見つめる目は冷たいようでいて、どこか優しさがにじんでいた。
「……なんだよ、それ。」
腕を組んだまま、少し不満そうに言うコウタの口調に、私は思わず息を呑んだ。
「こんなところで笑顔作ったって意味ないだろ。」
「でも、コウタ。」
「俺たちだって、お前の本当の笑顔を見たいんだよ。」
その言葉に、私は胸がいっぱいになった。コウタの不器用な言い方が、逆に心に響いてきた。
「ありがとう……少しだけ、頑張ってみる。」
「別に頑張らなくてもいい。無理する必要なんてないからな。」
コウタはそっけない様子で言ったが、その目にはいつもとは違う優しさが込められているのがわかった。