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―――1週間後。
王都へ行っていた遠征組一行が戻ってきた。
結局、レイド君も孤児院組と同じ馬車で町へと帰還。
帰ってすぐ、ミリアさんにお小言をもらっていたが、
彼も含め全員、多少は疲れが見えるものの―――
そこまで具合が悪そうな人はおらず安心した。
足踏みマッサージのメンバーの子供たちはいったん
孤児院へ、ギル君とルーチェさん、リベラさんも
お土産を持ってそちらへ……
ギルド長、レイド君は情報共有と報告のため、
孤児院へ子供たちを送った後、ギルド支部へと
向かう事になった。
「孤児院に人工池設置、南側の農業区域に
出来た人工河川……
まあ聞きたい事は山ほどあるが、まずは
俺からだな」
冒険者ギルドの支部長室で、久しぶりのメンバーが
揃い、取り敢えず王都であった話を詳しく話して
もらう事に。
一番の責任者であるジャンさんから口を開く。
「ああそうだ。
伯爵サマがくれぐれもシンに厚くお礼を申し上げて
くれ、とさ。
例のワイバーン、すごく助かったとよ」
クロート様、ファム様が結構いいところとの
婚約が決まったという話は前もって聞いていた。
その贈答品にちょうどワイバーンが決まったと
いうのも。
「やっぱりワイバーンって珍しいんですか?」
「逆に聞くが、あんなのがウジャウジャいると
思ってるのか?
……いや、シンの村ならあるいは……?」
アゴに手を当てて、ギルド長は真剣に悩み始める。
「ひ、人の生まれ故郷を魔境みたいに!」
助けを求めるように、2人1組で座るレイド君と
ミリアさんに目をやると―――
2人とも息ぴったりに露骨に視線を反らす。
あれおかしいぞ味方に味方がいない。
「ま、冗談はともかく―――
ワイバーンの状態も驚くほど良かったって話だ。
本来なら、状態の良い部分を継ぎ接ぎして、
何匹かの材料でようやく皮鎧がひとつ、
一着のマントが出来るんだが……
あれなら、1匹だけで最上級の物が作れるらしい」
「あれ? 確かに一番状態の良い物をお渡ししたと
思いますが……
でも落ちてきた時に、木々とかに引っかかった
傷はあったような」
それを聞くと、今まで聞き役のように黙っていた
2人が会話に参加し、
「アタシも見ましたけど、普通はあれに弓矢とか
魔法による傷がつくはずなんです」
「あの程度じゃほとんど無傷に近いッスよ。
どうやって落としたんだ? って―――
王都の解体職人も不思議がってましたからね」
あぁそうか、『普通』なら……
落としたというか落ちてきたというか―――
ああいう状態にはならないのだろう。
そっちに話が振られるとマズいかも、
と思っていると、それを察したのか
ジャンさんが流れを変える。
「しかし―――
保存し切れなかったワイバーンは食ったんだろ?
うらやましいこったぜ。
俺も王都で1回しか食った事は無ぇし……
惜しかったなぁ」
「えっ? 王都遠征組のために、1匹は残して
あるって言ってませんでしたか?」
私がそう言うと、ジャンさん・ミリアさんの視線が
顔ごとレイド君へ向き、
「あれ? 言ってなかったッスか?」
返答の代わりにジャンさんは、アイアンクローの
ようにレイド君の顔面を笑顔でつかむ。
「お・ま・え・は・よぉ。
どうして伝言すらまともに出来ねぇんだよ♪」
「い、いや、ワイバーンの献上の話が出たとか
いろいろとあったじゃないッスか!
それでド忘れしちゃってあいだだだだ」
「もっとやってくださいギルド長。
その程度でコイツは反省しません」
家庭内で出来の悪い息子を叱る父親と姉のような
光景に、思わず助け船を出そうと片手を上げる。
「い、いろいろとあったと言えば、レイド君は試験を
受けたとか―――
それはうまくいったんですか?」
するとギルド長はようやくレイド君を解放して、
少し浮かせた腰を長イスに戻し、
「試験っつーかいちゃもんみたいなモンだった
けどよ。
誘導攻撃を見せたら本部の上層部も黙ったぜ。
ただでさえ支援系のヤツは珍しいが―――
それが攻撃系まで兼ね備えるのは、100人に
1人もいないと言われているからな」
となると、レイド君はかなり貴重な人材という事か。
フムフムとうなずいていると、今度はミリアさんが
ずい、と身を乗り出して、
「ギルちゃんとルーチェちゃんは?
何も問題ありませんでしたか?」
そういえば、シルバークラスになった事で本部に
顔見せしておくとか言ってたっけ。
「ああ。あの合体魔法のお披露目も済ませた。
ただ、シルバークラス扱いについては異議が
出たが」
「えっ!? ブロンズに戻せとか?」
私が驚いて聞き返すと、ギルド長は首を左右に振り、
レイド君が顔を押さえながら説明し始める。
「その逆ッス。
遠距離攻撃であれだけの威力があるのなら、
2人1組でゴールドクラスの扱いでも構わない、
と言う上層部もいたくらいッス」
「ただ、それについては俺が断った。
あいつらはまだまだ未熟だ。
実戦で場数を踏んでいるわけでもなし―――
ゴールドクラスに下される拒否権の無い命令は、
桁違いに危険が増す。
もうちょい、俺の下でシゴいてからだな」
おお、一生ブロンズクラスと諦めていた頃に比べて、
ずいぶんと評価が上がったなあ、と、元コーチとして
彼らの成長を喜ぶ。
「でも、鍛えると言ってもどうやって?」
私の率直な疑問に、ミリアさんが事務職の顔付きに
戻って、
「今回のような、貴族様の王都までの護衛とか、
商隊の道中警備もそうですね。
そういった依頼の数をこなしてもらいます。
盗賊や魔物に襲われた村の奪還とか、救出とか……
有名になれば、指名依頼もされるようになって
きますし」
なるほど。
修羅場、というほどではないが、それなりに
危険度の高い依頼を数多くこなす=鍛える、
という事か。
現地にいたレイド君も、補足するように、
「現に王都では2人にスカウトがたくさん
来たッスよ。
貴族やその御用商人とか、豪商とか」
「スカウトと言えば……
孤児院の子たちは?」
伯爵家のご子息が気に入られて、という事は―――
当然、他の子供たちにもそういう話はあったはず。
「ああ、あったな。
養子に欲しいとか、使用人に雇いたいとか……
そう言ってくる連中が後を絶たなかったぜ。
俺が『真偽判断』を使えると言ったら、
半分くらいは帰っちまったけど」
ジャンさんの言葉で、ミリアさん・レイド君の表情が
一気に不機嫌そうになる。
……わかりやすいな。
あわよくば奴隷同然の扱いで……っていう連中が
いたって事か。
「ちゃんと扱ってくれそうな人もいたが……
最近、誘拐されかけた事があるんで落ち着いてから
って言って、いったん断った。
何より、チビどもがなあ」
ギルド長はポリポリと頬をかいて、視線が天井へ
向けられる。
「ああ、みんなと離れるのを嫌がったんですね?」
ミリアさんが代弁するかのように話すと、隣りの
レイド君が頭をガシガシとかいて、
「それもあったッスけどぉ~……
チビたち、王都で1週間もしたら、
『早く帰りたーい!』って言い出して……
『ごはんマズーい!』『広いお風呂がいいー!』
『トイレ汚ーい!』って、もうワガママの大合唱」
するとジャンさんも頭を抱え、
「何とかリベラがなだめていたけど、大変だった……
俺たちも実際似たようなモンだったから、
あまり強く言えなくてよぉ……」
今、ここだけいろいろと異世界基準だからなあ。
その節はホント申し訳ありません。
「やっと帰ってきたーって感じだよ。
やっぱり俺にゃ王都は馴染まねぇさ」
「そーッスねえ。
生まれ故郷が一番ッス」
そうして実の父子のように、ほとんど同時に背中を
長椅子に押し付けるようにして、初老の男と青年が
リラックスする。
「そーですねえ。
じゃあ、さっそくお仕事頑張って頂かないと♪」
ドサッ、という音と共に―――
いつの間にか、テーブルの上には100ページほどの
厚さの書類が出現した。
「えーと……」
「これは何でしょうか、ミリアさん?」
ギルド長&ギルド長代理だった2名が、恐る恐る
彼女に質問する。
「あら~?
だってねえ?
ギルド長代理まで約20日間、不在だったん
ですよぉ?
このギルド支部♪
アタシの権限じゃ処理出来ない書類がい~っぱい
溜まっておりましてぇ♪」
表情は笑顔ながらも目が笑っていないミリアさんに、
大の男2人は蛇に睨まれた蛙のように動けず―――
「え、えーと、あの……
人工河川とかは別に緊急の案件ではないので、
後日という事で……」
私はこの場から逃げ……もとい忙しく
なりそうなので、席を立つと彼らに
別れを告げる。
人工河川についてはとある問題が発生していたけど、
別に危険な事ではないので、後で大丈夫だろう。
「そ、そうだな」
「じゃ、じゃあシンさん、また……」
意気消沈している2人を見て、さすがに気の毒に
思い、ある事を思い出して彼らに伝える。
「あ、今晩は―――
取っておいたワイバーンの料理を、王都に
行っていた人たちに配ろうと思っていますので。
どうかその時まで、ご健闘を……」
「お、おう」
「楽しみにしてるッス……」
そして、今晩の目的に向けて―――
御用商人の氷室に入る許可と、
職人さんたちに解体、宿屋『クラン』の
クレアージュさんに料理を頼むため、
各所へ渡り歩く事にした。
夜になり―――
宿屋で作ってもらったワイバーン料理は、
ギルド支部へはミリアさんが、孤児院へは
ギル君とルーチェさんが持ち運んでくれた。
ギル君に聞いたところによると、子供たちが
『ボクたちも食べたかったー!』と不満タラタラ
だったようで……
改めて取っておいて良かったと思う。
ていうかちゃんと伝えておいてよレイド君。
そして最後の差し入れ先へ、情報収集を兼ねて、
私が自ら御用商人のお屋敷へと向かった。
「こんばんは、カーマンさん」
「おお、シンさん。
どうしましたかな?
また、氷室にご用でもおありで……」
ギルド支部での話し合いの後、氷室の許可を
得るために一度訪れていたので、彼と会うのは
今日2度目になる。
「いやしかし、やっと生き返った気分ですよ。
足踏み踊りはもとより、食事も何もかも……
やはりこの町はいい」
町へ帰ってきて一安心したのか、ずいぶんと
気が抜けた様子で対応してくる。
「そういえば、伯爵家に献上したワイバーン……
2体、まるまる贈答に使われたんですか?」
「ええ、そうですな。
1体はファム様の嫁ぎ先の王家へ、もう1体は
クロート様のお相手の侯爵家へ……
何かございましたでしょうか」
不安気な感じで聞き返してくる彼に、取り敢えず
差し入れに持ってきた物を渡す。
「……これは?」
「あ、これ、カーマンさんの分です。
ワイバーンの串焼きと天ぷら、それに
マヨネーズあえです」
目を丸くして体を硬直させたカーマンさんは、
間を置いて解凍したかのように動作を再開し、
「わたくしに?
よ、よろしいのですか?」
「もともと、王都へ行った人たちのためにと
取っておいた物なんですよ。
レイド君に話したはずなんですけど、うまく
伝わっていなかったようで……
冷めないうちに食べちゃってください」
姿勢を正すと、彼はそれを貴重品のように両手で
受け取る。
「で、では遠慮なく」
「それと―――
話を聞くに、伯爵家の人たちも全て贈呈して
しまわれたようなので……
氷室にひと固まり、ワイバーンの肉を残して
もらっています。
それを後で伯爵家まで届けて頂けますか?」
今回、食べるのは孤児院組くらいだし、5キロほど
残してもらっていたのだ。
1人100・200グラムほど食べるとしても、
伯爵家にいる全員に行き渡るだろう。
「何から何まで、ありがとうございます。
聞けば、ギルド長との関係改善もシンさんが
進言してくださったとか……
全く頭が上がりませんよ。
上のご子息の時も、シンさんがいれば……」
?? 上のご子息?
つまり―――ファム様やクロート様の上の兄弟の
事だろうか。
「……ああ、少しグチっぽくなってしまいましたな。
どうかお忘れください」
「いえ、それでは私はこれで―――」
こうして、差し入れと伯爵家へのお肉献上追加の
話を伝えると、私は御用商人のお屋敷を後にした。
最後に何か引っかかる事は言われたが、そこはまあ
家庭の事情ってヤツだろうし、あまり首を突っ込む
わけにも無いだろう。
そして翌日、午前中の漁を終えてから改めて、
プールと人工河川の説明をする事にした。
「フーム……
水中での高速移動か。
あれで魚は獲れないのか?」
次の日、お昼過ぎに―――
孤児院にやってきたギルド長に、水泳とプールを
説明付きで見てもらう。
今はルーチェさんとリーリエさんが、子供たちを
足の立たない深さまで誘導して、バタ足を教えている
最中だ。
その光景を見ながら、汗を拭きつつ返答する。
「さすがに捕まえるまでは……
私の世界は、あくまでも水に落ちた時のための
対応、というのが目的でしたので」
「確かにそこまでは無理か。
しかし、ルーチェたちが一緒とはいえ、
よくチビたちが怖がらずに水に入っているな」
日本でも、泳ぐ事自体が好きな子は
いただろうが―――
基本的にプールの授業は、緊急避難の訓練という
意味合いが強い。
水泳が嫌いという子も珍しくは無かった。
実際、水路ではあれだけ遊んでいた子供たちですら、
いざプールが出来たら入る事に二の足を踏んだ。
ただ、一度入れば全身が冷たくなる、という
気持ちよさと、水中は自由に動けるという面白さは
理解したらしく―――
お兄ちゃん・お姉ちゃんがいれば安心して入る、
くらいにはなっただろう。
ちなみに―――
この一週間プールでは、リーリエさん、たまに
ミリアさんやメルさんが来ると、男の子たちに
人気だったそうだが、
逆に女の子たちに人気なのは、男性陣の中でも
バン君がトップらしく―――
彼がプールに入ると、エサを投げ込まれた獣のごとく
少女が群がるのだとか。
やはり顔か、顔なのか。
王都遠征組が帰還した事で、この人気争いに
どのような変化が起こるか……
密かに楽しみにしている自分がいた。
「そういえば、もうお仕事は良かったんですか?」
ギルド支部へプールの説明をするために寄ると、
「俺が行く」と言ってジャンさんが出てきたため、
そのまま来てもらったのだが―――
孤児院と関わりが深いとはいえ、最高責任者を
呼び出してしまって良かったのだろうか。
と、考えを巡らせていると、
「2/3は終わらせた。
もう1/3はレイドにやらせている。
そもそも、アイツがギルド長代理を任せた時に
やるべき仕事だったしな。
今ごろ、ミリアにしごかれてるだろうよ」
気の毒な気もするが、ジャンさんに2/3もやって
もらったのなら、甘やかし過ぎとも思ってしまう。
何だかんだ言って、孤児院組は可愛いんだろうな、
ギルド長……
「? 何か言ったか?」
「い、いえ別に。
それより、この『魔法』が役に立つような
場面というか、仕事ってありませんか?」
私の問いに、彼は腕組みしながら深く目をつむり、
「どうだろうなあ……
お前さんも知っているだろうが、この辺は
こうまで深い川や湖なんてモンは無い。
その辺はおいおい考えておくから、
他の場所にも同じものを作ってくれんか?
涼しそうなのは確かだからな」
涼む、というのも目的の一つなので、別にそれは
問題無い。
ただ―――まだギルド長に見てもらっていない
ものがある。
「それは構いませんが……
えーと、リーリエさん?
ちょっと『クロール』を見せてもらえませんか?
『全力』で」
「あ、はーい」
プールの中の彼女にそう言うと、ルーチェさんを
初めとした全員が上がり、水中はリーリエさん
一人となる。
「? 何だ?」
そして、私はプールの端まで寄って、
「位置について、ヨーイ……
ドン!!」
その掛け声と共に、ドバッと3メートル以上の
水柱が上がったと思うと―――
向こう側、15メートル先に水中から射出される
ミサイルのように、リーリエさんが着地した。
時間にしておよそ3、4秒ほど。
身体強化を使った『クロール』……
それがこれほどとは思わなかった。
自由形の世界記録って何秒だったっけなあ……
しかも水着など無く、薄いシャツのような上着と
ホットパンツのような半ズボンでやってコレ。
その一部始終を見たギルド長は、しばらく
親指と人差し指で眉間を押さえていたが―――
「……水の補充が必要だな」
すっかり減ってしまったプールの水深を見て、
彼はポツリと感想を漏らした。
「デスヨネー。
あ、あとリーリエさん。
子供たちにはくれぐれも、今のを真似しない
ようにと注意してくださいね。
自分で言っておいて何ですが、あれは
身体強化あってのものなので……」
こうして、プールの視察と説明を一応終えると、
彼らと別れた。
孤児院を後にした私とギルド長は―――
今度は、南側の農業地区、例の水路へ向かっていた。
「う~ん……
溺れた人の救出とか、水中に落ちた物の
回収とか……
そういうのではダメなんですかねえ」
何とか水泳の使い道を模索し、歩きがてら
ジャンさんに提案する。
「それも悪くはないが……
そもそも、水魔法に長けたヤツなら、直接水を操作
出来るから、水に入る必要が無いんだ」
「船乗りさんにはどうでしょうか。
……こっちの世界にも船ってありますよね?」
つい地球での基準で考えてしまうので、
一応確認を取る。
「物資輸送用にあるにはあるが―――
お前さんの世界にある物かどうかはわからん。
帆船の帆に風魔法を当てて推力を得るタイプだ。
船乗りたちも、水上を歩けるとか波に乗るとか、
そういう芸当が出来るヤツがその職に就くから……
特に水中は危険だからな。
深いところなんか、入るという発想そのものは
皆無じゃないか?」
だよなあ、と思う。
水上を自由に動けるのであれば、どこまでも沈む
水中に入る危険を冒す必要は無い。
むしろ遠ざけるだろう。
つーか帆船に風魔法当てて動くって、エンジン
要らないじゃん。
つまり水上移動しか発達する余地が無いわけだ。
本当に魔法が便利過ぎると、文明が進歩しないか、
偏って発展するよな……
そんな事を考えながら、水路へと足を早めた。
「おう、こっちは初めて見るな。
―――ん?」
溝の中を泳ぐ魚影を見て、彼はすぐに異変に気付いた。
あれから、漁をしつつ魚を水路に補充したのだが……
今、この人工の川には魚は50匹程度しかいない。
全長で30メートルほどの長さのそれは―――
ここらで獲れる、15cmそこそこの魚なら、
100匹くらいは入れても余裕がある計算で
作っていた。
しかし……
「おい、シン。
あんなデカい魚、この辺りで獲れたか?」
目の前の人工河川で―――
40cm以上はあろうかという魚が、その身を
ゆっくりとうねらせて泳ぐ。
大きいヤツなら50cmはあるだろうか。
まるで鮭や鯉が泳いでいるような錯覚を受ける。
発生していたとある問題、とはコレだ。
養殖用として水路に入れて1、2日はこれといった
変化は無かったのだが……
3日目あたりから、見る見るうちに大きく成長
していった。
エサが良かったのかもと思ったが、明らかに異常だ。
「何か、ココに入れてからこんなに大きく
なったんですよ。
ギルド長は、こうなった理由はわかりますか?」
「俺にわかるわけねぇだろ。
ていうか、多分誰にもわからんと思うぞ?
こんな事をするのはお前が初めてなんだし」
うん知ってた。
そもそも、魚を捕まえられる技能や魔法が
珍しい世界だもんな。
「王都では、魚をこんなふうにしているところって
無いんですか?」
「俺が知る限りでは無ぇなあ……
そもそも食うためのモンだったら、新鮮なまま
運ぼうとすれば氷魔法一択だろう」
魔法が前提であり常識の世界なら、その選択が
一番効率的で自然か。
飼う、という発想自体が無いのかも知れないし、
もし飼うとしても、生きたまま所定の場所まで
移動させる必要がある。
水ごと、という事になると手間も労力も大きい。
考えてみれば、地球では自然の力を利用、もしくは
再現して生活に役立てようと、先人が試行錯誤と
努力を繰り返してきたのだ。
それがある程度最初から使えるとなれば、発想
そのものも限られてしまうのかも知れない。
「つーか、魚がこれだけ大きくなるのなら、
あの野鳥も大きくなってくれねーかなあ」
卵用の鳥の事を言っているのだろう。
同じ『飼育』し始めた生物なので、
期待してしまうのも無理は無いけど。
「そっちはそういう事は無いので……
何がどう違うのか不思議なんですよね。
あ、あと―――
冒険者ギルド近くにあった飼育部屋はもう
使いません。こっちに統合したので。
取り壊すか、別の何かに使うかは
決めてませんので、ギルド長の方でも
何か考えて頂けますか?」
「そっか。
せっかく作った物を壊すのももったいないしな。
レイドやミリアと考えてみるとしよう」
こうして―――
孤児院のプールと農業地区の水路の視察を終えた
ジャンさんは、冒険者ギルドへと戻っていった。
「しかし、どうしたものでしょうか」
一人になった私は、頭をかきながら取り敢えず
植樹された木の木陰に入って、考えを巡らせる。
魚の巨大化の原因―――
鳥と同じく、『良かった』で済ませるのではなく、
その分析と究明はしておいた方がいい。
今後、規模を拡張するかも知れないし……
注意するべきは、やはり卵用の野鳥との違いだろう。
環境・エサ―――
人工的に用意された環境に、それほどの差があるとは
思えない。
水生生物なら確かに、水中は浮力があるため、
巨大化が可能というのは進化的に正しいのだが……
人工河川は、安全性も考えて深くは作っておらず、
周辺の川と同程度になるよう設計している。
つまり、そこまで成長する個体であれば、
周辺の川でも同じくらいの大きさのヤツが
見つかってもいいはずなのだ。
「自然の川との違いがそうそうあるとは
思えませんし……
強いていえば、水魔法で出した水だからか、
透明度が全然違う、という事くらいですかね」
と、独り言のようにつぶやいたとこで―――
自分で自分の言葉に、何かが引っ掛かった。
周辺の自然の川と、人工河川。
そして地球の養殖とは異なるもの……
地球でやるのならば、どこかの水源から水を
引っ張ってくる必要がある。
そして異世界ではその必要は無かった。
なぜなら、水魔法を使える人がいれば、大量に
確保出来るから。
その水―――
この世界でも、自然に発生する水と同じなの
だろうか?
飲料水もお風呂に使う水も何もかも、水魔法で
用意されたものなので―――
特に気にも留めていなかったが……
本来、それは自然界には存在しないものなのでは
ないか?
もしくは、魔力で作られた=魔力で満たされた
水なのだとしたら?
考えてみれば、ここ農業地区でも……
収穫は30日に一度と聞いた。
つまり、季節の間隔を置かずに収穫出来ると
いう事になり―――
農業に欠かせない水やりも、水魔法でやって
いるから、農作物も異様に育つのだとしたら、
つじつまは合う。
鳥に関しては、給餌の水は確かに魔法でやっている
だろうが、環境についてはこれ以上魔法で介入出来る
余地は無い。
だから、魚のような巨大化は無いのだろう。
「取り敢えずは……
カニやエビは別に水路を作って、
そこに移しますか。
あれだけ魚が巨大になれば、食われるかも」
と、そこで思考が一瞬止まる。
魚にばかり目がいっていたけど、他の生物は
どうなっているのだろう。
まさかもうみんな食べられちゃったとか……
慌てて水中の岩や隠れそうな場所を探してみる。
……いた。
エビ、カニが石の隙間に器用に挟まっている。
やはり体が心持ち大きくなっているようだが、
魚の巨大化のようなインパクトは無い。
もともとが小さいからだろうか。
「あれ?」
ふと、点々と底に見える二枚貝に目がいく。
イシガイかカラスガイに似たのを捕まえて
おいたのだが……
「貝……こんなに獲ったっけ?」
確か持ってきたのは20個ほどだと記憶している。
しかし、今パッと目視で確認出来るだけでも、
10個くらいある。
ここに集中しているのか、それとも増えたの
だろうか?
気になって水路をぐるりと歩きながら
目で追うと―――
「増えてます……ね、これは……」
大きさも、獲ってきた時は手の平に3個ほど
持てそうなくらいのものだったが、今は片手に
すっぽりと1個が納まりそうな大きさだ。
私は両手で持てるだけ、4個ほどを確保すると、
そのまま宿屋『クラン』へと向かった。
「今度は何だい?
それも食べるつもりかい?」
呆れるのと驚くのと半々の目で、クレアージュさんは
疑問の声と目を向けてきた。
「えっと、すいません。
水と油を用意してもらえますか?」
ふぅ、と諦めるようにため息をついて、女将さんは
厨房へと消えていく。
私も一緒に、調理のためについていく。
まずは水を張った鍋に、二枚貝を入れる。
そしてそのまま加熱してもらい―――
熱湯に近くなってくると、
「わっ!?
ひ、開いた?」
貝の口がパカッと開く。
茹で上がった事を確認すると、取り出して水で
冷やし、貝殻から身を外す。
「うわあ……
コレの中身って、こんなふうになって
いたんだねえ」
やはり、食用・調理対象ではない食材の初めて見る
それは―――グロテスクに思えるだろう。
次に、天ぷら用の水に溶いた小麦粉で衣を付けて、
油で揚げてもらう。
いったんボイルしてしまったが、冷凍物のボイル後の
貝柱を揚げる事も、地球では普通にあったし……
何重にも加熱する分には大丈夫だろう。
そして出来上がった貝の天ぷらを見て、彼女は―――
「こうなってしまうと、見た目は問題無いね。
えっと、味の方は……」
さすがに口に入れるのは戸惑っているようで、
私は塩を少し振りかけて、
「いただきます」
じゅわっ、という感触と共に、肉汁ならぬ貝の出汁の
ような味が口に広がり、肉とも魚とも違う弾力が、
噛み千切る度に歯に伝わってくる。
独特の少しの苦みと、それを上回る身の甘さ、
それらと少しの味付けの塩が相まって―――
私が食べているのを見て、マズくはなさそうだと
様子を見ている女将さんに、片手の手の平を上に
差し出して、『どうぞ』とジェスチャーする。
彼女は意を決したように天ぷらを口に放り込むと、
「……!」
ハフハフとまだ熱いそれを、何とか噛み砕きながら
私と目が合い―――
何かに同意したかのようにお互いにコクコクと
うなずく。
新しいメニューが、宿屋『クラン』に誕生した
瞬間であった。