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 午後17時ごろ。
ベッドの上で丸くなっていたみことが、ぽつりとつぶやく。
 「……お腹すいた……」
 その呟きに、すちはすぐさま隣で目を細め、からかうように微笑んで返す。
 「ん、まだ足りなかった? ふふ……欲張りさん」
 みことはその言葉に、途端に頬をぷくっと膨らませてそっぽを向く。
 「そっちじゃないっ……ごはんの話……!」
 すちはそんな拗ねたみことの様子が愛しくてたまらず、くすっと笑いながら額にキスを落とした。
 「ごめんごめん。でも……かわいすぎて、からかいたくなっちゃう」
 「……ばか……」
 そう言いつつも、みことの表情はどこか嬉しそうで、安心したようにすちに体を預ける。
 「じゃあ、何か作ろうか。食べたいものある?」
 「んー……すちの作るオムライス……食べたい」
 「了解、すぐ作るね。みこちゃんはそのまま、待ってて」
 すちはそっとベッドを抜け出し、みことの頬を撫でてからキッチンへと向かった。
 みことはシーツを引き寄せながら、すちの後ろ姿を見つめ、小さく呟いた。
 「……こういうの、ずっと続けばいいのに」
 
 すちのぬくもりがまだ体に残るベッドの中で、みことは名残惜しそうにシーツをぎゅっと握りしめた。
 けれど、すちが傍にいない寂しさがじわじわと胸を締め付ける。
 「……やっぱり、離れたくない……」
 そう小さく呟くと、ベッド脇に置かれたすちのシャツを手に取り、ゆったりと袖を通す。自分には少し大きめのシャツからは、すちの香りがふわりと漂い、それだけで心がほんのり温かくなった。
 足音を忍ばせてキッチンに向かい、後ろ姿のすちにそっと近づいて――
 「……すち……」
 ふいに、みことはすちの背中に抱きつき、肩に額をぎゅっと擦り付けた。
 「……離れたくない……」
 その甘くて切ない声に、すちは手を止めて、ほんの少しだけ後ろを振り返る。
 「……ふふ、身動き取れないよ、みこちゃん……」
 困ったように笑いながらも、すちは腕を後ろに回し、みことの手を包み込むように握る。そして、そのまま優しく頭を撫でて、落ち着かせるように囁いた。
 「リビングで待ってて?すぐに、おいしいオムライス作るから……ね?」
 みことは名残惜しそうにすちの背中から離れたけれど、撫でられた頭のぬくもりが残っているのが嬉しくて、頷きながらリビングへ向かった。
 シャツの袖がひらひら揺れるたび、すちに包まれているようで、自然と笑みがこぼれる。リビングのソファに座りながら、みことはキッチンの方へ視線を送り、穏やかな時間に身を委ねていた。
 
 
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 オムライスのふんわりとした香りが部屋いっぱいに広がるころ、すちは火を止めて、丁寧に仕上げを済ませると、ふっと微笑んでキッチンを後にした。
 「できたよ、みこちゃん」
 リビングのソファに座っていたみことがぱっと顔を上げる。眠たげな目が、ぱっと明るくなり、すちを見つめる。
 すちはトレイに乗せたオムライスをテーブルに置くと、みことの手を取って、そのまま自分の膝の上にひょいと抱き上げた。
 「えっ……!?」
 「今日は特別だから。たっぷり甘やかすって決めてたんだよ?」
 驚きと照れが入り混じった顔のみこと。けれど膝の上にちょこんと収まると、安心したようにすちに寄りかかる。
 「……もう、すちってば……」
 すちはくすっと笑いながら、スプーンでオムライスを一口分すくって、ふうっと優しく冷まし、みことの口元へそっと運んだ。
 「はい、あーん」
 まるで子どもをあやすような声音に、みことの頬がじんわり赤く染まる。恥ずかしさに唇をきゅっとすぼめながらも、素直に口を開いてスプーンを受け取る。
 ふわとろのオムライスが口の中でほどけていく。美味しさと、すちの優しさに、胸がほわんと温かくなって――
 「……ん、美味しい……」
 「よかった。みこちゃんのために作ったからね。たくさん食べて」
 みことはこくんと頷いて、また一口。
 すちの腕に包まれながら、ひと口ごとに運ばれるオムライスを食べるひととき――
 
 みことはすちの膝の上で、スプーンを口に運ばれながら、ふとぽつりとこぼした。
 「……俺ばっかり、甘やかされてる気がする」
 その言葉に、すちは一瞬手を止め、優しく微笑む。
 「それがいいんだよ。俺はね、好きな子には――思いっきり甘えてほしいの。ぜんぶ見せてくれるのが、嬉しいから」
 みことのまつ毛がふるりと揺れた。恥ずかしさを隠すように、もじもじと身をよじってすちの胸に顔を埋める。
 「……これ以上甘えたら、だめになる……」
 「良いよ、ダメになって?」
 すちはそっと、みことの髪を撫でる。落ち着くように、愛しげに、ゆっくりと。
 「何度も体、重ねてるのにさ……毎回、まるで初めてみたいに、びくびくしたり、泣きそうな顔になったり……そういうところ、ほんと可愛くてたまらない」
 「~~っ、言わないでよ、そういうの……!」
 みことは耳まで真っ赤に染め、すちの胸元を軽くぽかぽかと叩いた。だけど叩き方もどこか甘えていて、すちはくすりと笑う。
 「照れてる顔も、うぶな反応も、全部みこちゃんでしょ? そういうところが、俺の心をぎゅっと掴んで離さないんだよ」
 「……すち、ずるい」
 「好きだから、仕方ないよ」
 そう言って、すちはもう一度スプーンを持ち直し、そっとみことの口元へ差し出した。
 「はい、次。ご褒美の続き」
 みことはほんの少し拗ねたような表情を浮かべながらも、スプーンに口を寄せて――
 甘い愛情に満ちた午後の続きを、ふたりは静かに味わっていた。
 
 みことが最後の一口を口に運び終え、ぺこりと頭を下げるようにして、ぼそっとつぶやいた。
 「……ごちそうさま」
 「うん、よくできました」
 すちはスプーンを置き、にっこりと微笑んで、みことの頬に指先で触れる。その仕草に、みことは少し照れくさそうに顔を背ける。
 すちが腕をまわし、膝の上のみことを抱きしめるようにして、ぽつりと切り出した。
 「ねえ、みこちゃん。次の長期休暇、どこか旅行行かない?」
 「……旅行?」
 「うん。せっかくふたりとも休み合うし、いつも家ばっかりでしょ。少し遠くに行って、のんびりしたいなって」
 みことはすちの胸に寄りかかりながら、ぱちぱちと瞬きをした。
 「どこ行くの……?」
 「海でも、温泉でも、みこちゃんの行きたいところ。おいしいもの食べて、きれいな景色見て……夜は、ふたりだけの時間をゆっくり過ごしたい」
 すちの低くて優しい声が、耳に心地よく響く。
 「……お外でのふたりも、なんか新鮮で……いいかも」
 「うん、みこちゃんとなら、どこだって楽しいよ」
 「……そんなふうに言われたら、選ぶのも楽しみになるじゃん……」
 みことは小さく笑って、すちの胸に顔をうずめる。
 そのまま、ふたりは静かに抱き合いながら、旅の話を少しずつ始めるのだった。
 
 
 みことがすちの胸に甘えるようにもたれたまま、ぽつりと口を開く。
 「……沖縄、行きたい」
 すちはみことの頭をやさしく撫でながら、少し驚いたように微笑んだ。
 「沖縄?いいね、なんで急に?」
 「うーん……海、きれいだし……マリンスポーツ、ちょっとしてみたいなって思って」
 「みこちゃんがマリンスポーツ?……それはぜひ見てみたいかも」
 「なにそれ、笑ってるでしょ」
 「ううん、ちがう。楽しそうって思っただけ」
 すちはそう言いながら、スマホを取り出してカレンダーを確認する。
 「8月なら……ちょうど、2人の休みが3泊4日で合わせられそう」
 「ほんと?」
 「うん。飛行機も今のうちなら早割で取れそうだし、ホテルも……オーシャンビューのいいところ探そうか?」
 「すち……めちゃくちゃ頼りになる……」
 みことは目を輝かせて嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、すちもふっと息を漏らしながら微笑んだ。
 「じゃあ、8月。3泊4日で沖縄旅行、決定だね」
 「うん……!水着も準備しなきゃ」
 「それ、俺が選んでいい?」
 「えっ……!ちょ、ちょっとだけ、相談してからにして……」
 照れながらも楽しそうなやり取りの中で、2人の夏の計画はぐんぐん具体的になっていく――
きらきら光る海と青い空の下で、また一つ、大切な思い出が生まれる予感に包まれながら。
 
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