テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ここは、不死沢の都。
都の真ん中に位置する広大な敷地には、帝がおわす豪華絢爛な御所があった。その何処かに在るとされる中庭は、帝しか立ち入れない秘密の場所。そこには、『不死沢』と呼ばれる水が湧き出ていて、その水を飲めば立ち所に身体の病や怪我などの憂いが全て消え去る、という噂が、都中で囁かれていた。
しかし、その沢には、帝しか近づけぬ、そういうしきたりがあるのだそうだ───。
陰陽師たちの大頭である、御ゝ守家の前に、ある時、赤い瞳を持つ赤児が捨てられていた。
御ゝ守家の当主は、その児を我が子として迎え、育てた。何故なら、異色の瞳は、能力を持つ者の証であったからだ。
この児を産んだ母は、恐らく鬼の子でも産んでしまったと、怯え慄いた事であろう。それを手放し、この家の前に捨て置いてくれたことは、御ゝ守家にとっては幸運な事であった。
赤い瞳の児は、『モトキ』と名付けられ、幼い頃より、陰陽道を叩き込まれた。齢わずか五つにして、数々の印を結び、呪詛や式神を操れる程にまで成長していた。
モトキが印を結ぶ時、それは口から旋律となって紡ぎ出され、さらに術の持つ力へと加勢する。それが、赤い瞳の力であった。
ある時、都の医業も担う御ゝ守家の当主からの命で、モトキは薬草を学びに、御所の裏手にある野原へと出かけていた。
美しい河が近くに流れる、とても綺麗な場所であった。
風がそよぎ、花が揺れ、サラサラと音が流れる。モトキは、その音たちに合わせて、口から旋律を紡ぎ出す。陰陽道の術ではなく、心から生まれ出でる旋律だ。
「すごい、おうたじょうずだねぇ。」
不意に後ろから、パチパチと手を叩く音と、幼い声が聴こえた。モトキが後ろを振り向くと、豪華な着物に身を包んだ、黄金に輝く髪を持つ子どもが立っていた。ふわりと笑うその姿は、周りのどの花よりも美しく、見るもの全てを癒すような笑顔だった。そして、その瞳の色は、黄色く輝いている。
「…ありがとう。」
「ねえ、いまのなに?」
「なにが?」
「なんのおうた?」
「べつに、なんでもないけど。いま、かんがえてうたっただけ。」
「え!じゃあ、あなたがつくった おうたなの!?すごい!」
モトキが、怪訝な目を向けても、ニコニコとこちらを見ている。
「…おまえ、だれ?」
「わたしは、リョウカだよ。」
「ふーん。ぼくは、モトキ。」
「モトキかあ、なんさい?」
「五さい。」
「わたし、八さい。」
「ふん。みえないな。」
「そう?」
「ちび。」
「そうかなあ?」
瞬間、モトキの身体が青い光と共に強い衝撃を受けて後ろへ吹き飛ぶ。咄嗟に、受け身のための印を結ぶ。赤い光に包まれ、地面を滑るようにして転がった後、止まった。下が柔らかい草地だったのも救いだ。擦り傷は負ったものの、大きな怪我には至らなかった。
何が起きたのかと身体を起こして前を見ると、リョウカの横に、また子どもが一人増えていた。茶色い髪をボサボサにして、片手を広げてリョウカを守るように立つ。こちらを鋭い目つきで睨む、その瞳は青かった。
「なんだおまえ!」
「おまえこそなんだ!リョウカさまにむかって、しっけいだぞ!」
「リョウカ…さま?」
「おまえしらんのか。リョウカさまは、おかみの『みこ』だぞ。」
「は…うそ?」
「ほんとだよ。わたし、みかどのこども。」
「…し、しつれいいたしました。」
「ふん、わかればいいんだよ。」
「…おまえだれだよ。」
「このこは、ヒロト。わたしのおともだちだよ。」
「だから、リョウカさま!ともだちじゃねーですって!」
「え、おともだちじゃないの…。」
リョウカが泣きそうになる。ヒロトは慌てて手を振る。
「ちがう、ちがいます、ともだちでもあります。でも、オレはごえいですよ。おつかえする『み』です。」
「…やだぁ、ともだちがいい。」
「リョウカさまぁ。」
ヒロトはオロオロとリョウカに纏わりつく。
なんだコイツらは、と呆れた顔をして、モトキはその場を去ろうとした。
「まって!ねえ、おともだちになろーよ。モトキ。」
「…え?」
「リョウカさま、よくありません、こんなえたいのしれない…。」
「モトキだよ。おうたがすっごくじょうずなの、もうしってるよ。それに、」
リョウカがヒロトの手を引いて、モトキに近づく。そして、それぞれの瞳を指差した。
「あか、き、あお。わたしたち、みんな、めのいろがちがう。なかまだよ。」
「ほんとだ。おまえ、なんのちからがあるんだ?」
ヒロトがモトキに向かって訊く。
「ぼくは、『いん』をむすぶときに、じゅもんを『せんりつ』にのせれば、じゅつのちからが、ぞうだいするんだ。」
「んん、むずかし。」
「おまえ、あほうだな。」
「はあ?!このやろ!」
また青い光が走ったと思ったら、強い衝撃を受けて、モトキが吹っ飛ぶ…かと思いきや、今度は素早く印を結び、赤い光で衝撃を散らした。
「…おまえは…。」
「オレののうりょくは『ちから』だ。べらぼーに、つよい。」
「は…どーりで…。」
「おまえは、まもってばっかりか?よえーな。」
「…『じゅそ』や『しきがみ』をつかえば、こうげきはできるし、おまえはしぬ。」
「しなねーし!!オレつえーし!!」
「しぬ。てか、しね。」
「はい!やめ!やめ!」
リョウカが間に入って手を広げ、二人を止める。怒った顔で、ヒロトとモトキを交互に見たが、モトキの顔に傷ができていることに気づき、リョウカがそっと手をかざした。
「っなにを…。」
「うごかないで。じっとして。」
目を見開いて、リョウカの瞳が一際輝いた。と思ったら、黄色く光った手から、花びらのような光が、モトキを包む。身体の痛みがあったところが、瞬く間に暖かくなり、傷と共に痛みも消え去った。
「これは…。」
「『いやし』なんだって、わたしのちから。ちちうえさまがいってた。」
「すごい…ぼくのちちうえなんか、いらないじゃないか。」
モトキは、医業も担う父のことを言った。リョウカにこんな力があるなら、もうそれだけで都は安泰ではないか、と。
「ふざけんな、リョウカさまのちからは、そうやすやすと、つかえるもんじゃないんだ。」
「なぜ?」
「はんどうがあるんだよ、『いやし』をつかうと。リョウカさまはただでさえ、おからだがよわいんだ。」
「よわいっていわないで。 」
リョウカがヒロトを睨む。その顔には僅かばかりの苦痛が滲んでいた。
「リョウカ?もしかして、はんどう?いたいの?」
「リョウカ『さま』っていえ! 」
「だいじょうぶ…、いっしゅんなの、いたいのは。すぐに、おさまるから。」
モトキが、心配そうにリョウカの肩をさする。ヒロトがその手を払いのけるが、気にせずまた背中をさする。
「…うん、もうだいじょうぶ、ありがと。」
「こっちこそ、ありがとう。べつによかったのに、あんなけがくらい。」
「そうですよ、こんなやつほっときゃよかったのに。」
「おまえはあやまれ。」
「べーっ!」
ヒロトが赤い舌を目一杯出して、モトキに見せた。
コメント
17件
七瀬さんのお話で、ファンタジー読めるなんて嬉しすぎます🥹🫶💕 ひとまず、💛ちゃんのクスシキのアクスタ引っ張りだしました🤭
クスシキだー!またまた1話から楽しい🎶 更新楽しみに待ってまーす!!!❣