テラーノベル
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それから、三人は頻繁に野原で遊ぶようになった。ヒロトの父である、護衛隊の和甲斐家大頭が様子を見に来たこともあったが、皆が異色の瞳を持つ子どもであることを確認し、優しい笑みを湛えて、それぞれの頭をくしゃっと撫でた。
ヒロトが出せ出せと五月蠅いので、毎日、モトキが式神を出し、ヒロトがそれを倒す。お互いの訓練と称して、そんなことを野原で繰り返していた。
そして、傷だらけになった二人を、リョウカが癒す。ヒロトは最初、懸命に止めていたが、少しずつでもこの力に慣れたいの、とリョウカが柔らかく笑った。
モトキもヒロトも、この癒しの時間が何よりも好きだった。その為に、怪我をしていると言っても過言ではない。リョウカの負担を考えて、擦り傷程度にいつも済ませているのも、二人がこの時間を無くしたくないが為の配慮だった。
リョウカの周りには、たまに動物が集まった。野ウサギに小鳥、時にはタヌキなんかもやってきて、リョウカの足元に寄り添う。
かわいい〜、と言いながら、それらを愛でるリョウカの横で、目を細めてヒロトがその姿を見つめている。
モトキは、その様子を、少し離れた場所から、近くの花を手でいじり、口から旋律を紡ぎつつ眺めた。
「オレ、ぜったいリョウカさまとけっこんする。」
水辺で動物と戯れるリョウカを、モトキの隣に来て眺めているヒロトが言った。
「…ふーん。」
「ふーんて…いいのかよ、オレけっこんしちゃうぞ。」
「しらねーよ。」
「…そくしつなら、ゆるしてやるよ。」
「…っざけんな!」
モトキたちが、力を使わず、お互いの胸ぐらを掴んで対峙する。
「ぼくがリョウカとけっこんするんだ! 」
「お、まえ!あとからきたくせに!だめ!リョウカさまはオレとけっこんすんの!」
「さきとか、あととか、かんけーないね!ぼくがリョウカをすきなの!」
「いーや!オレのほうが、リョウカさまをだいすきだね!」
胸ぐらを掴んだまま、声の大きさを忘れて喧嘩をする二人の元に、ポカンとした表情のリョウカが近づいて、言った。
「わたし、どちらともけっこんできないよ?」
「「え?」」
「だって、わたし…『をのこ』だよ?」
三人の時が、止まった。
「…おまえ、なんでしらないんだよ。」
「しらねーよ、いちいち、『をのこ』か『をんなご』かなんて、かくにんしねーだろ。」
「するだろ。」
「しねーよ。」
「…なんか、ごめんね。」
モトキとヒロトが膝を抱えて座りながら、肘でお互いを突つく。リョウカが、申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえいえそんな!」
「むしろ、『をのこ』だろーとかんけーないね。」
ヒロトが、モトキの頭を叩く。リョウカは、プッと吹き出して、困ったように笑う。
「もぉ、ふたりは、なかいーんだか、わるいんだか。」
「わるい。」「わるいです。」
二人の声が重なる。
「んー、なかよくできるとおもうんだけどなぁ。」
リョウカが、二人の手をそれぞれ繋ぐ。二人を見て、ニコッと笑う。
「ほら、ふたりも。なかよし。」
ヒロトが顔を顰めてモトキを見る。明らかに嫌がっている空気だ。
モトキが、ヒロトとリョウカの顔を見比べて、しばし考えを巡らせたのち、口から小さな旋律を漏らした。
「…結い、結い、結い、結い…。」
三人の間に、さぁっと風が吹いて、リョウカの顔が輝いた。
「…なぁに?それ。」
「…ひとの、えんを、むすぶ…から、『ゆい』…。」
「…すてき。…ゆい、ゆい、ゆい、ゆい…。」
リョウカが、ヒロトの顔を見て、同じ様に口遊む。ヒロトは、赤い顔をしてリョウカを困ったように見つめ、口を小さく開いた。
「…ゆい、ゆい、ゆい、ゆい…。」
ブハッとモトキが吹き出す。
「おまえ…ひっどいな…。」
「うるせー、おれはうたが にがてなんだよ!」
「ゆい、ゆい、ゆい、ゆい。」
リョウカが、また言い合いを始めた二人を止めるように、口遊む。二人はリョウカを見つめ、お互いを見つめ、気不味そうに目を逸らす。静かにモトキがヒロトに手を差し出し、ヒロトも目を合わさずに、乱暴に手を握る。
『ゆい、ゆい、ゆい、ゆい…。』
三人の、柔らかな声が、野原に響き渡った。
御所内の大広間に、役人たちが集められていた。玉座の近くには、大老たちが鎮座する。
「おい、モトキ、見ろこれ!すっげーだろ!」
サラサラの茶髪を靡かせて、まだ伸び悩む身長の青年、齢十四となったヒロトが、自慢気に大鉈を見せびらかす。
ヒロトより僅かに身長が高く、陰陽師らしい赤い着物に身を包み、少し長い黒髪を靡かせ、白く伸びたまつ毛を緩く下に向け、興味なさそうに横目で見つめる青年、同じく齢十四のモトキがため息を吐く。
「なんだよ。それ。」
「カッコいいだろ!父上に頂いたんだ!」
「は…また一段と阿呆らしい武器を…。」
「なんだぁ!?格好いいだろーが!あ、悔しいのか!お前悔しいんだ!俺が格好いいから!」
「黙れ、ちび。」
「おうおうおう!勝負しろこの野郎!」
「こぉら、ヒロト。だめだよ、喧嘩に武器を使ったら。」
しゃら、と荘厳な装飾を身に纏った、モトキよりも背の高い青年、齢十七となったリョウカが、ヒロトを窘める。
「リョウカ様、でもコイツちびって!!」
「モトキも、だめだよ。そんな風に人を貶しちゃ。」
「…は。」
モトキは、恭しく頭を下げる。
周りの役人や大老たちも、同じく頭を下げて、リョウカを迎え入れる。リョウカは皆を見回すと、ユラリと微笑みながら会釈をし、東宮の座へと腰掛ける。その隣に、大鉈を背に仕舞ったヒロトが立つ。
ジャラ、と一際大きな音を立てる荘厳な着物を纏って、帝が玉座へと登壇する。その横には、ヒロトの父が立つ。
皆が一斉に、頭を垂れた。
「今日、皆に集まってもらったのは、都に蔓延る流行病について、意見を聞こうと思うての事じゃ。」
皆が、少し、騒つく。
「これまで、甚大な被害が及んでいる、と耳に入って来ておるが、如何かな。」
「畏れながら…。」
モトキの父が口を開く。帝が視線を向けて、発言を促す。
「我が医家を以てして、各地に養生所を設けておりますが、日に日に患者が増えるばかり。街の者は皆、不安を抱えておりまする。」
「うむ…。」
「畏れながら大君。人手不足により、作物の不作も、甚大な被害を受けております。」
「畏れながら某も。身体が小さい故か、幼児からの死者が多数出ているとの事も。」
次々と実情が集まり、皆が騒つき始めた。
リョウカは唇を噛んで、下を向いている。まるで、自分の歯痒さを悔やんでいる様だ。モトキは、心配そうにその様子を下座から見つめていた。
「…相分かった。皆の者ご苦労。これからも、街の者の為に尽力してくれ。」
「ははっ。」
皆が、始めの様に、一斉に頭を垂れる。
帝と護衛隊長が退席し、大老たちも後に続く。部屋に残ったリョウカが、モトキを近くに呼んだ。モトキは父を仰ぎ見て、父が頷くと、リョウカの元へと駆け寄る。
「三人で、いつもの所に行こう。」
元気のない声で、リョウカが誘う。ヒロトとモトキは頷いて、リョウカの後を歩く。
『…帝は、不死沢の水を出してはくれぬのか…。』
『…噂が真なら、この様な流行病など一発だろうに…。』
誰彼ともなく、そんな囁きが漏れ聞こえた。リョウカは、顔を顰めて、足早にその場を去る。モトキとヒロトも、その後を追った。
コメント
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をのご?をんなご????
ゆいゆいかわいいよ〜!! 無意識に土下座するぐらいの神作です その衝撃でスマホ投げちゃいました笑